今回のお題はフラッター試験。 ところで、「フラッター flutter」というと何を思い浮かべるだろうか。スマートフォン用のソフトウェア開発に用いるフレームワークで「フラッター」というものがあるそうだが、もちろんそれとは関係ない。飛行機の主翼などで発生することがある、機体の破壊につながる振動現象のことだ。

空力弾性体

本連載の第1回で「主翼や、そこに吊るしたエンジンがユサユサ揺れている」という話を書いた。強固な、変形を許さない構造にすれば、主翼の揺れは起きなくなるが、それでは機体が重くなるだけでなく、実はかえって危険である。空力によって外部から加わる荷重を “受け流す” ことができなくなり、耐えられなくなるといきなり壊れてしまう。

ことに近年の旅客機は、燃費性能向上のために主翼に起因する抵抗を減らす観点から、以前の機体と比べると主翼が長く、よくしなるようになってきている。その典型例がボーイング787だが、エアバスA350の主翼もけっこう細長い。そこで主翼に弾性を持たせることで、かえって安全に飛行できる機体ができる。

  • 空力弾性体という言葉を視覚的に見せてくれるということでは、やはり787の主翼が最も分かりやすい

ただし、どんなものにもついて回る固有振動数の問題は避けて通れない。固有振動数とは、構造物が持つ固有の共振周波数を意味しており、形状・素材・構造によって数字が変わる。外力によって発生した振動が固有振動数と同じ周波数になると、その後は外部から力を加えなくても、自ら振動を続けてしまう。

飛行機の場合、外力は機体の外側を流れる空気の流れに起因する。しかも厄介なことに、速度によって条件が変化する。

もしも、空気流に起因する振動の周波数が、機体構造側の固有振動数と一致してしまったらどうなるか。振動が発散して制御できなくなり、最後には機体構造が破壊されたり、空中分解に至ったりする。これがフラッターで、実際、フラッターに起因する空中分解事故はいくつも起きている。

だから、新しい飛行機を開発するときには、フラッターが起きないかどうかの試験も必要になる。昔と比べれば、空力弾性学に関する知見は蓄積されているが、特に難しいのが超音速機だという。ただし、速くなればなるほど条件が厳しくなる、というわけではないのが興味深いところ。

まず、超音速機は主翼が薄くなるから剛性が下がる、つまり、バネとして見ると柔らかいものになるから変形しやすい。しかも、速度が上がって音速に近付く、いわゆる遷音速域になると、主翼に迎角を与えたときに発生する空気力が一気に増えるという。つまり、主翼にかかる外力が大きくなる。面白いことに(面白がっている場合ではないが)、その空気力は、超音速になるとかえって減るのだそうだ。

ところが、超音速で飛ぶには遷音速域を通過しないといけない。だから、超音速機を作ろうとすると、フラッターの問題をどう解決するかが大問題になる。まずは机上の計算から話が始まるのだが、遷音速域では空気力の計算が困難になるのだという。どういう手法で、どのように計算するのが適切なのか、というところから話が始まる。

また、模型を作って風洞に持ち込んで試験を実施するが、模型の構造や素材と実機の構造や素材は同じではないから、完全な再現は難しい。以前に書いたように、風洞にはさまざまな種類のものがあり、その一つに遷音速風洞がある。そこで実施する試験項目の中には、フラッターに関するものも含まれる。

そして結局のところ、計算や模型試験で追い込んでおいて、最後は実機を飛ばして検証するしかない。そこで、高度や速度などの飛行諸元を細かく変えながら、瀬踏みをするようにして試験を進めていく。加振するときは、操縦桿を叩いたり、少量の火薬を取り付けて起爆させたりする。

特に軍用機は手間がかかる

軍用機、特に超音速戦闘機は、先に述べたように、薄い主翼を備えた機体で遷音速域を突破して加速する。また、世間一般に思われているのとは違い、任務飛行や戦闘機動の多くは遷音速域で行われるから、最も面倒な速度域を多用することになる。

さらに厄介なことに、戦闘機のように武装する軍用機は、主翼や胴体の下に兵装や燃料タンクを吊るす。どこに何をどれだけ吊るすかで重量バランスが違ってくるし、吊るしものが加われば、当然ながら空気の流れが変わる。しかも、吊るしもの単体の問題ではなくて、吊るしものを取り付けるために使用する兵装パイロンの強度・剛性・形状といったものも影響する。

  • 吊るしものを大量に並べて地上展示されたJAS39Cグリペン。吊るしものが多種多様ということは、フラッター試験の手間もそれだけ増えるということである

そうした事情があるため、軍用機、とりわけ戦闘機・攻撃機・爆撃機といった機体では、フラッター試験だけでもべらぼうな手間がかかってしまう。クリーン状態だけでなく、想定している搭載兵装の組み合わせすべてについて、さまざまな飛行諸元でテストを積み上げていかなければならない。

裏を返せば、新たに超音速戦闘機を開発しようというメーカーや技術者は、超音速で飛べる飛行機を作るという課題だけでなく、フラッターに関わる計算や試験をどのように組み立てて、どのように実行していけばよいか、という課題にも直面することになる。我が国の場合、それが起きたのが三菱T-2練習機の開発だった。

T-2の開発では、フラッター試験を無事故で乗りきることができた。もちろん、ぶっつけ本番ではなくて、事前の計算と風洞試験による検証を経た上でのことだ。ただし試験の課程で、射撃訓練用の曳航標的を後方に繰り出したら振動が発生して、対策が必要になった場面はあった。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。