第229回から17回にわたり、航空事故についていろいろ紹介した。そして、前々回および前回には無人機について書いた。この2つの流れが一体化したのが今回のお話。題して「救難用無人機」である。

ヘルメス900の救難型を提案

救難機とは、墜落した飛行機の乗員・乗客を救出するための機体。自衛隊も含めて、軍事航空の分野ではポピュラーな機体である。以前に「軍事とIT」の第137回で、救難ヘリコプターについて紹介する記事を書いたことがある。

事故はどこで起こるか分からないから、救難機が「滑走路がないところには降りられません」では仕事にならない。だから、救難機にはヘリコプターを使うのが通例。海上自衛隊のUS-2飛行艇は例外中の例外だが、これは洋上救難の事例が多いからだ。米英でも第2次世界大戦中には、飛行艇で洋上救難をやっていた。

  • 海上自衛隊のUS-2飛行艇 引用:海上自衛隊

    海上自衛隊のUS-2飛行艇 引用:海上自衛隊

その救難のうち、洋上救難で無人機を使ってはどうか、といいだしたのが、イスラエルのエルビット・システムズ。同社はさまざまな無人機製品を手掛けているが、その中でも大型で航続距離が長い、いわゆるMALE UAV(Medium-Altitude, Long-Endurance Unmanned Aerial Vehicle)として、ヘルメス900という機体を擁している。

ヘルメス900は全幅15m、最大離陸重量1,180kg。ペイロードは350kg、航続時間は30時間。見た目の形はMQ-9リーパーの一族に似ているが、機体の規模はMQ-1プレデターに近い。

  • エルビット・システムズのMALE UAV「ヘルメス900」。MQ-9リーパーの一族に似ている 引用:エルビット・システムズ

    エルビット・システムズのMALE UAV「ヘルメス900」。MQ-9リーパーの一族に似ている 引用:海上自衛隊

そのヘルメス900のバリエーションとして、洋上哨戒用のセンサーを搭載したヘルメス900マリタイムというモデルがある。これが救難型のベース機になった(参考:ヘルメス900マリタイムのブローシャ)。

洋上哨戒の機能を活用する

洋上哨戒型ヘルメス900の主な用途は、海上を行き交う艦船の監視である。だから、それに合わせて以下のようなセンサー機材を搭載する。

  • 合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)
  • 船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)受信機
  • 電子光学/赤外線センサー
  • AES210V ESM(Electronic Support Measures)装置
  • Skyfix/Skyjam通信傍受装置

艦船の存在はSARで探知して、それぞれの探知目標の正体はAISで把握する。そして、AISが必ずしも正しく設定されているとは限らないから、怪しい艦船については目視確認のために電子光学/赤外線センサーを使う。艦船が電波を出していれば、ESMや通信傍受による情報収集も行う、といった按配になる。前回と前々回に取り上げた、シーガーディアンと同じだ。

これらのセンサーを駆使すれば、洋上で艦船が沈没したり、航空機が墜落したりして遭難者が発生した時の捜索も可能になるかもしれない。小さな人間までSARで探知できるかどうかは分からないが、電子光学/赤外線センサーによる捜索は可能だろう。

また、もしも遭難者が位置標定用の発信器を持っていれば、そこから出す電波をESMで受信できると期待できる。それがあれば、遭難者のところに駆けつけるのに余計な時間を使わずに済む。

ここまでは洋上哨戒型でも実現できることだが、わざわざ救難型と謳うモデルを出してきたのは、それが翼下に救命装備を搭載しているから。つまり、洋上哨戒用のセンサー群を駆使して遭難者を見つけた時に、その場で直ちに救命具を投下して、救難担当の航空機や艦船が駆けつけるまで生存できるように時間を稼ぐ。それが救難型ヘルメス900の運用コンセプト。

いくら「救難用」といっても、元が無人機で人が乗っていないのだから、現場に救難員を連れて行って降ろすことはできない。あくまで、救難隊が駆けつけるまでの時間を稼ぐためのもの。高い航法精度があるから投下地点は確実に把握できるし、情報を衛星通信経由でリアルタイム送信することもできる。航続時間が許せば、救難隊が駆けつけてくるまでの間、上空を周回しながら状況を見張り続けることもできる。

ヘルメス900はペイロードがそれほど大きくないし、その多くをセンサー機材にとられるので、搭載できる救命具の数や量はたいしたことにならないと思われる。せいぜい左右の主翼に1つずつぐらいだろうか。しかし、遭難者が少人数なら、これでも役に立つかもしれない。

「対象を見つけたらその場で直ちに……」というと、RQ-1プレデターにAGM-114ヘルファイア対戦車ミサイルを搭載して「対象を見つけたら直ちに交戦できるようにした」という話に通じるものがある。ただしヘルメス900が投下するのは、ミサイルではなく救命具だが。

スーパーダンボという前例

よくよく考えたら、過去にも似たような飛行機があった。第2次世界大戦中の話だが、米軍ではB-17フライングフォートレスやB-29スーパーフォートレスみたいな爆撃機の胴体下面に救命ボートを取り付けて飛ばしていた。撃ち落とされた機体の乗員を洋上で発見したら、救命ボートを投下するためだ。

とりあえず救命ボートに乗り込むことができれば、海面上でプカプカしているよりは生存の可能性が高くなる。そして、後は救難担当の艦船や飛行艇が来るまで頑張ってくれ、というわけ。この手の、救難装備を投下するための爆撃機のことを「ダンボ」あるいは「スーパーダンボ」と呼んでいたそうである。なぜそんなネーミングになったのかは、しかとはわからない。

  • ノーズアートにちなんでDocと名付けられたB-29スーパーフォートレス。世界で飛行可能なスーパーフォートレス2機の1機 写真:U.S. Air Force

    ノーズアートにちなんでDocと名付けられたB-29スーパーフォートレス。世界で飛行可能なスーパーフォートレス2機の1機 写真:U.S. Air Force

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。