Zoom(ZVC Japan)は11月5日、東京都内で年次イベント「Zoomtopia ON THE ROAD JAPAN 2026」を開催した。オープニングキーノートに登壇した同社CTO(最高技術責任者)のXuedong Huang(ゼドン・ファン)氏は、「From Conversation to Completion. - あらゆる会話を未来へ。」をテーマに、同社のAI戦略について説明した。
Zoomが掲げる「Conversation to Completion」とは
生成AIの活用が企業に広がる一方、その導入が必ずしもビジネス上の成果につながっているわけではない。ファン氏は講演の冒頭、AIへの投資に対する企業の関心は高いものの、実際にAIによって大規模なインパクトを得られている企業は一部にとどまると指摘した。
では、AIから実際の成果を引き出すには何が必要なのか。ファン氏がその鍵として挙げたのが、企業で日々交わされている「会話」だ。
重要な意思決定をするとき、企業では会議が開かれ、人と人が話し合う。そこで新たなアイデアや判断、次に取るべき行動が生まれる。ファン氏は「あらゆる会話から意図が生まれる」と表現し、こうした会話をAI活用の起点に据える必要性を強調した。
そこでZoomが掲げるのが「Conversation to Completion(C2C)」という考え方だ。企業間取引のB2Bや企業と消費者のB2Cではなく、会話から仕事の完了までをAIでつなぐことを意味する。
「プロンプト」だけでは企業のコンテキストが抜け落ちる
ファン氏は「現在の生成AIには企業でAIを活用するうえで欠けているレイヤがある。それはContext(コンテキスト、文脈)だ」と説く。
例えばChatGPTなどの生成AIを利用するとき、ユーザーはプロンプトを入力して質問する。しかし、そのプロンプトには、会議で交わされた過去の議論や判断、その人物が読んだ文書、社内のルールなど、仕事の背景に存在する情報がすべて含まれているわけではない。
会議中に方針を変更しようとしているとする。その方針について、1週間前の会議で上司が「変更しない」と話していたとしても、本人が忘れていれば、その情報を考慮しないまま意思決定してしまう可能性がある。しかし、AIが過去の会話まで理解していれば、その場で過去の判断を提示できる。
Zoomでは、AIに与えるコンテキストを会議やチャットからリアルタイムに得られる情報である「Dynamic Context」、社内ポリシーや業務プロセス、接続された企業向けツールなどの「Knowledge」、名前や人間関係、嗜好、過去の回答などの「Memory」の3つを「Zoom Context」と位置づけている。Zoom Contextは、Zoomが「Unified Context Layer」として展開するコンテキスト基盤の考え方につながる。
現在進行中の会話に加え、企業が蓄積してきた知識やユーザーの過去の情報を組み合わせ、AIにより広い文脈を与える考え方だ。ファン氏は、この考え方を「スティーブ・ジョブズを自分の会議に参加させる」というユニークな例えで説明した。
仮にスティーブ・ジョブズのような人物を会議に参加させられたとしても、その会議だけを聞いて助言してもらうのでは十分ではない。より的確な判断を求めるなら「過去6カ月で参加したすべての会議を聞いてもらい、すべてのメールと文書を読んでもらう」必要がある。
人間がそれを行うのは現実的ではない。一方、AIであれば、大量の情報をコンテキストとして利用し、現在の会話と結び付けられる。Zoomが描くAI活用は「Conversation」から「Context」を形成し、そのコンテキストを使って「Completion」へつなげるというものだ。Conversation → Context → Completion。ファン氏は、この一連の流れをエンド・ツー・エンドで提供することがZoomのAI戦略だと説明する。
「My Notes」と「ZoomMate」で会話から業務実行へ
その具体的なサービスの1つが「My Notes」だ。My Notesは会話を記録、整理するための機能で、Zoom Meetingsだけでなく、Microsoft TeamsやGoogle Meetで行われる会議、対面での会話などでも利用できる。Zoomtopia ON THE ROAD JAPAN 2026でも、会議や対話から得た情報を整理し、その後の業務につなげる機能として紹介されている。
さらに、AIチームメイトとして位置付けるのが「ZoomMate」だ。ZoomMateはOpenAIやAnthropicなどのAIモデルを活用しながら、ユーザーが参加した会議やアクセス可能な文書などの情報を横断的に扱い、業務を支援する。
ファン氏は、単に高性能なAIモデルを利用するだけではなく「どのコンテキストをAIに与えるか」が重要になるとの考えを示した。
ZoomのAI基盤では、OpenAI、Anthropic、GoogleのGeminiなど複数のAIモデルを組み合わせるとともに、Zoom自身が持つ音声認識技術などを利用する。そして、Conversation、Context、Completionの各レイヤを通じて、会話の取得から実際の業務実行までを支援する。
会話を捉えるConversationのレイヤでは、Zoomの音声認識技術を活用する。ファン氏は、同社の音声認識モデルがHugging FaceのOpen ASR Leaderboardで首位を獲得した実績を紹介。騒音の大きい環境でも高い認識性能を実現していると強調した。
また、日本語についても基調講演の前日に日本の音声認識ベンダーについて聞き、当日の朝にベンチマークを実施したという。ファン氏は、その比較でもZoom AIが高い結果を示したと説明した。
Zoomが買収したOnyx、企業ナレッジをAIのコンテキストに
Contextの強化で重要な位置を占めるのが、Zoomが2026年10月に買収を発表したAIスタートアップの「Onyx」だ。Onyxは、社内の文書やWiki、チケット管理システム、顧客情報などを横断して検索・活用できるオープンソースのエンタープライズ検索/ナレッジ管理基盤を手がけており、Zoomは同社の技術をZoom AI Servicesへ取り込む。
企業で生成AIを利用する際には、社内の機密情報を外部のクラウドへ送信することへの懸念もある。Onyxはセルフホストにも対応しており、オンプレミス環境で企業ナレッジを扱うこともできる。ファン氏は「AIはデータが存在すべき場所にとどまることが重要だ」と述べ、企業や政府機関がデータの管理権を維持したままAIを利用できる環境の重要性を訴えた。
他方、CompletionのレイヤではAIによって得られた情報を、実際の業務へとつなげる。一例として、カスタマーサービスでは「Zoom Virtual Agent」、営業領域では営業時の会話を分析してインサイトを得る「Zoom Revenue Accelerator」を用意する。My NotesやZoomMateも含め、会話を記録、要約するだけで終わらせず、その後の意思決定や実際のアクションまでAIで支援しようとしている。
また、自社に合わせたAIを構築したい企業に向けては、Zoom AI ServicesのAPIも提供する。2026年のZoomtopiaではAI Services APIやMCPサーバなど、Zoomが持つAI機能やコンテキストを外部のAIツールやアプリケーションから利用するための仕組みも打ち出されている。
「意思決定するのは人間」、AIで個人の能力を増幅
ファン氏が最後に強調したのは、こうしたAIの目的が人間を置き換えることではないという点だ。同氏は「スティーブ・ジョブズをすべての会議に参加させ、すべてのメール、チャット、文書を読ませることはできる。しかし、意思決定するのはあなた自身だ」と語った。
そのうえで、スティーブ・ジョブズやアインシュタインなど、優れた知見を持つ人物を集めた「委員会」のような存在をAIによって作る未来を説明。日本の「3人寄れば文殊の知恵」にも触れながら、1人の人間が持つ知識や経験だけで判断するのではなく、AIによって利用可能なコンテキストを広げることで、人間の意思決定能力そのものを増幅できるとの考えを示した。
ビデオ会議を中心に会話を支えてきたZoomが、次に狙うのは会話の先にある仕事の完了、ひいては未来だ。
AIモデルそのものの性能競争だけではなく、企業の中で日々生まれている会話をいかにコンテキストとして蓄積し、既存の企業ナレッジと結び付け、次のアクションへつなげるのか。Zoomが掲げる「Conversation to Completion」は、同社がAI時代にビデオ会議サービスの枠を越えようとする戦略を端的に示している。




