宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月26日、独自開発したガンマ線イメージング検出器「電子飛跡検出型コンプトンカメラ」(ETCC)を搭載して2018年に実施した豪州での気球観測実験「SMILE-2+」における観測データを用いて、微弱な「宇宙MeV(メガ電子ボルト)ガンマ線」を検出する際の膨大なノイズ(背景事象)を詳しく調べた結果、宇宙線が大気物質と反応して生成される大気ガンマ線、宇宙線が検出器の物質と反応して生成された2次的なガンマ線、シンチレータ検出器内部の放射性物質からの放射線で構成されていることを明らかにしたと発表した。

  • (左)科学気球を用いた宇宙MeVガンマ線観測のイメージ。(右)ETCCで、ガンマ線がコンプトン散乱しているイメージ

    (左)科学気球を用いた宇宙MeVガンマ線観測のイメージ。ETCCはゴンドラ内に搭載。(右)ETCCで、ガンマ線がコンプトン散乱しているイメージ。ETCCはガス飛跡検出器とGSOシンチレータアレイで構成されており、電子飛跡や散乱ガンマ線のエネルギーなど、コンプトン散乱反応におけるすべての情報が収集される。シンチレータにはウラン-238放射性物質が含まれており、崩壊後に生成されるアルファ線も背景事象となる(c)JAXA(出所:ISAS Webサイト)

同成果は、京都大学大学院 理学研究科の池田智法JSPS特別研究員PD、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)・学際科学研究系の水村好貴助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する素粒子物理学や場の理論・重力などを扱う学術誌「PHYSICAL REVIEW D」に掲載された。

物理学では、ガンマ線は原子核内部、X線はそれ以外(電子のエネルギー状態遷移による)という発生起源の違いでしか区別できないが、天文学では異なる。よりエネルギーが高いのがガンマ線であり、波長も一部重なっている部分もあるが、ガンマ線が約0.01nm以下、X線が0.01~1nmと違いがある。ガンマ線、中でもX線よりも3桁もエネルギーが高いMeVガンマ線は集光が難しく、反射鏡を使った望遠鏡を使えないため、観測が容易ではない。そのため、MeVガンマ線による全天撮像に関してはこの20年間進展がないという。

しかもガンマ線は大気に吸収されてしまうので、地上では観測できず、観測衛星の活用や、大気の薄い高高度に航空機や気球などを用いて観測装置を飛ばすなどの工程を行う必要がある。しかし、特に宇宙MeVガンマ線は微弱であり、衛星軌道や高高度での観測であっても、膨大なノイズの中から目的のものを探し出すのは容易ではないとする。

1991年に、米国航空宇宙局(NASA)のコンプトンガンマ線(CGRO)衛星による「COMPTEL実験」で、衛星軌道でのMeVガンマ線の観測が実現した。しかし背景事象対策が行われていたにも関わらず、予想以上に多かったために期待していた性能を発揮できなかったとのこと。そのため今後の観測においては、必要な信号と背景事象を効率よく分別できるガンマ線イメージング検出器が求められている。

そうした中、独自に次世代のガンマ線イメージング検出器のETCCを開発してきたのが研究チームだ。その最大の特徴は、コンプトン散乱した電子の反跳方向を測定できることである。ガス飛跡検出器と、GSOシンチレータ検出器で構成されており、ガス検出器を用いた「α角検定」と呼ばれる分別手法により、入射ガンマ線のうち、コンプトン散乱したガンマ線のみを抽出することが可能だ(コンプトン散乱した際の情報がすべて記録される)。宇宙線や放射性物質由来の大半の背景事象は検出器内ではコンプトン散乱しないことに加え、ETCCではガス検出器でもって荷電粒子の飛跡が取得される仕組みで、粒子識別による背景事象の効率的な除去も可能だという。これらにより、ガンマ線の到来方向を決定可能とする。

  • (左)気球実験での背景事象のエネルギースペクトル。(右)信号雑音比のエネルギー依存の図

    (左)気球実験での背景事象のエネルギースペクトル。黒点はSMILE-2+の観測データ。赤線、青線、緑線のヒストグラムはシミュレーションで見積もられた背景事象で、それぞれ偶発事象、宇宙線、大気ガンマ線からの寄与が示されている。黒のヒストグラムはそれらの足し合わせ。(右)信号雑音比のエネルギー依存の図。ETCCにおいてコンプトン散乱した事象は信号、してない背景事象がノイズと定義されている。黒線と赤線はそれぞれα角検定を適用しない時、した時の信号雑音比(c)JAXA(出所:ISAS Webサイト)

そして研究チームは2018年、豪州においてETCCを用いた宇宙MeVガンマ線観測気球実験のSMILE-2+を実施。今回はそのフライトデータを用いて、高度約38kmにおけるMeVガンマ線帯域の背景事象の詳細な調査が行われた。また、背景事象が何から構成されているかはシミュレーションで見積もることも可能なことから、今回の研究では、気球のゴンドラや検出器などのモデリングが詳細に行われ、粒子輸送シミュレーション「Geant4」を用いて、背景事象がETCCで検出されてしまう事象数が見積もられた。

エネルギースペクトルの結果をグラフ化したところ、フライトデータの背景事象は、大気ガンマ線、宇宙線由来のガンマ線、偶発事象で説明できることが判明。なお偶発事象とは、ETCCを構成するGSO(ガドリニウム・シリコン酸化物)シンチレータ検出器に含まれる放射性物質からのアルファ線と、大気ガンマ線が同時に検出される事象を意味する。さらに、同実験を再現したシミュレーションデータを用いて、α角検定が信号雑音比を向上させるのかどうかが調べられた。すると、原理的におおよそ1桁の感度向上が可能であることが明らかにされた。

研究チームは今回の成果により、ETCCは気球実験環境における背景事象の多くを除去できる潜在的性能を持っているといえるとする。宇宙MeVガンマ線帯域はノイズがあふれているが、ETCCはこれまでにないクリーンな撮像によって、人類がまだ見たことのない宇宙の側面を映し出してくれるだろうとしている。