今日、中東情勢の緊迫化はエネルギー価格の高騰という目に見える形だけでなく、世界の製造業の深部を支える血流とも言うべき原材料供給に深刻な影を落としている。
米イスラエルによるイラン攻撃と、それに対するイラン側のホルムズ海峡封鎖という応酬は、現代文明の存立に欠かせないヘリウムとナフサという二つの重要資源の供給ルートに深刻な影響を与えている。この事態が世界の産業界にどのような影響を及ぼし、どのようなリスクを孕んでいるのかを冷静に捉えなければならない。
半導体製造や先端医療に欠かせないヘリウム、日用品の原材料ナフサ
まず、半導体製造や先端医療の現場で静かなる危機として進行しているのがヘリウムの供給途絶だ。ヘリウムは空気中にはほとんど存在せず、天然ガスの採掘時にのみ抽出されるきわめて希少な資源であるが、その世界供給の約3割をカタールが担っている。
現在、イランによるカタールのガス生産施設への攻撃や、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に伴う物流網の遮断により、カタールからの出荷は事実上の停止状態に追い込まれた。半導体製造プロセスにおいて、ヘリウムは露光装置や冷却工程で代替不可能な役割を果たしており、この供給不足は、世界的なデジタルインフラの供給を根底から揺るがす事態に直結する。かつてのヘリウムショックとは異なり、今回は供給元の物理的破壊や地政学的な物流封鎖を伴っているため、回復のメドが立ちにくい点がきわめて深刻である。
一方で、より広範な消費財や工業製品の基盤を揺るがしているのが、化学製品の母とも称されるナフサの不足だ。
日本の化学産業はナフサの4割以上を中東からの輸入に依存しており、原油の精製過程で得られるこの原料が途絶えることは、プラスチック、合成ゴム、合成繊維といったあらゆる化学製品の生産が停止することを意味する。
すでに国内の化学メーカーは、原料価格の急騰と供給不安を理由に、食品包装材から自動車部品に至るまで、広範な製品の減産や値上げを余儀なくされている。これは単なるコスト増の次元を超え、最終製品の供給そのものが止まる物資欠乏の入り口に立っていると言っても過言ではない。
求められる「生産計画の抜本的な見直し」と「脱中東の調達ルート開拓」
さらに事態を複雑にしているのは、日本においてはこのふたつの資源の入手方法が、いずれも中東という一点に極端に依存したサプライチェーンの上に成立しているという事実だ。
代替供給源の確保には数年単位の時間と莫大な投資が必要であり、現在の軍事衝突という緊急事態において即応できる手段はきわめて限られる。特にナフサ不足は、エチレンやプロピレンといった基礎化学品の減産を招き、それが川下のあらゆる製造業へと波及するドミノ倒しのような供給不足を引き起こしつつある。
今後の展望としては、中東情勢の長期化が避けられない中、日本企業には“脱中東”の調達ルート開拓という中長期的な課題だけでなく、目の前の原材料枯渇に備えた生産計画の抜本的な見直しが求められている。
ヘリウムにおいてはカナダや米国からの優先調達交渉、ナフサにおいてはバイオ原料への転換加速や代替ルートの確保が急がれるが、それでも現在の供給ギャップを埋めるには至らない可能性が高い。我々は今、エネルギー供給のみならず、高度工業社会を支える微細な素材の脆弱な依存構造が露呈した瞬間に立ち会っているのである。