はじめに

水晶発振器は、電子システムの正確なタイミング制御に不可欠なものです。多くの技術者は、その基本原理についてはすでに把握しているでしょう。実際、「臨界相互コンダクタンス(Critical Transconductance)」と「最適相互コンダクタンス(Optimum Transconductance)」に関する公式は、設計の現場で広く用いられているはずです。しかし、なぜそれらの公式が成立するのかということを完全に理解している方は少ないのではないでしょうか。そこで、本稿ではそれらの公式が成り立つ理由を明らかにします。

それに向けて、まずは水晶振動子のインピーダンスやピアス発振器のトポロジといった基本的な概念の解説から始めることにします。その上で、水晶発振器における帰還理論にも触れつつ、段階的に公式を導出していきます。それを通して、回路の解析結果からどのようにして公式が導き出されるのかを明らかにします。本稿を読破すれば、単に公式を使用するのではなく、それらがどのようにして導出されたのか、なぜ重要なのかということを正しく理解できるはずです。

周波数の設定

水晶は小さな石英片です。圧電効果を利用することで水晶を振動子として機能させることが可能になります。具体的には、電界を加えることによって機械的な振動が誘発され、機械的な応力によって電気的な応答が生成されます。水晶振動子は、図1に示すような形で電気的にモデル化することができます。

  • 水晶振動子の等価電気モデル

    図1. 水晶振動子の等価電気モデル

水晶振動子では、以下の式で表される周波数で直列共振が生じます。

  • 数式

また並列モードでは、以下の周波数で反共振が生じます。

  • 数式

水晶振動子に対し、コンデンサCLを並列に追加したとします。すると、CLという負荷が加わることにより、水晶振動子の発振周波数は次のようになります。

  • 数式

通常はCm ≪ CSなので、直列共振周波数(fS)と並列共振周波数(fP)は非常に近い値になります。興味深いことに、負荷が加わった際の発振周波数は必ずfSとfPの間にあります。

水晶発振器で広く用いられているトポロジとしては、図2に示すピアス発振器が挙げられます(図2)。

  • 図2. ピアス発振器

    図2. ピアス発振器

図2の回路において、抵抗RFはインバータが線形領域で動作するようバイアスする役割を果たします。同抵抗により、ACループの挙動に大きな影響を与えることなくDC動作点が設定されます。その影響はAC解析においては無視できるので、ここでは触れません。本稿では、インバータを理想的な相互コンダクタンス(Gm)としてモデル化することにします。

2種類の発振器

高調波発振器は、主に2つのカテゴリに分類できます。1つは「正帰還型の発振器」です。もう1つは「負性抵抗型の発振器」です。

正帰還型の発振器では、出力信号の一部を、バルクハウゼン安定基準を満たす適切な振幅と位相で入力に帰還します。それによって発振動作が得られます(以下参照)。

  • 数式

ここで、Aはゲイン、Bは帰還伝達関数です。このタイプの発振器は、ウィーンブリッジ発振器やリング発振器のように、ゲインと帰還経路が明確に定義されている場合によく使用されます。

一方、負性抵抗型の発振器は、回路内の抵抗性の素子(損失を伴う素子)の影響を打ち消し、リアクタンス素子の間でエネルギーを自由に転送できるように構成します。発振の条件は以下のとおりです。

  • 数式

この考え方については、LCタンク回路や水晶振動子のような共振器が存在する場合、より直感的に理解できるはずです。一般的な例としては、ハートレー発振器、コルピッツ発振器、クラップ発振器などが挙げられます。

正帰還型の発振器と負性抵抗型の発振器は概念的に異なるものです。また、それらの解析に当たっては異なる視点に基づくことになります。ただ、どちらの方式でも同様の物理現象が実現されます。

水晶発振器において臨界相互コンダクタンスが重要である理由

水晶発振回路の主要な設計パラメータの中で中心的な役割を果たすのは、相互コンダクタンス(Gm)です。Gmが小さすぎると、発振器は起動しません。これは目に見えない不具合であり、気づきにくい問題だと言えます。高い信頼性で起動を確保するには、Gmが臨界相互コンダクタンスと呼ばれるしきい値を超えている必要があります。

経験則の罠

臨界相互コンダクタンスの値を推定する際には、以下のような簡略化された式が使われることがあります。

  • 数式

この近似は、大まかに言えばバルクハウゼン安定基準と共振の動作に基づいています。直列共振では、水晶振動子のインピーダンスはZ≒Rmと簡略化されます(CSは無視します)。また、ループ・ゲインはA×B = Gm×Rm > 1と近似されます。ただし、このモデルはピアス発振器のトポロジを反映していません。そのため、これらの近似は誤った結果をもたらします。というよりも、意図した挙動とは正反対の結果が得られます。後述しますが、Rmを大きくするには、より大きなGmが必要になります。

負性抵抗の生成

先述したように、水晶発振器には共振器が含まれているので、負性抵抗のアプローチを用いた解析がより適しています。負性抵抗を生成する簡単な方法は、トポロジの入力インピーダンスに注目することです(図3)。

  • 負性インピーダンスの生成

    図3. 負性インピーダンスの生成

図中のVXで観測される動的インピーダンスを計算すると、次の式が得られます。

  • 数式

これにより、以下の式に等しい負性抵抗が生成されます。

  • 数式

水晶振動子から見たAC回路は、図4の回路と等価です。

  • 水晶振動子から見たAC回路の等価回路

    図4. 水晶振動子から見たAC回路の等価回路

運動分岐(Motional Branch)のみを考慮すると(CSは無視できると仮定します)、発振が生じるのはGm > 4×Rm×(CL×ω)2が成立する場合です。

従来のアプローチ

CSを考慮するための便利な方法は、それを水晶振動子から見たインピーダンスZxに取り込むことです(図5)。

  • 水晶振動子から見たインピーダンス

    図5. 水晶振動子から見たインピーダンス

基本的なインピーダンス変換を用いれば、次の式を導出できます。

  • 数式

インピーダンスを表すこの式の実部は、以下のように表すことができます。

  • 数式

抵抗性の素子による損失を相殺するには、負性抵抗がRm(動作抵抗:Motional Resistance)と等しくなければなりません(以下参照)。

  • 数式

この式から、次の2次方程式が導き出されます

  • 数式

以下に示す判別式Δを計算することで、実数解(∈ℝ)が存在するか否かを判定できます。

  • 数式

判別式Δが負の値になる場合、システムには実数解は存在しません。一方、Δが正の値になる場合には、2つのGmの値が式を満たし、その間の任意の値で発振が生じます。その下限値が臨界相互コンダクタンス(Gm_CRIT)と呼ばれるものです。臨界相互コンダクタンスは起動に必要な最小値です。一方の上限値は最大相互コンダクタンス(Gm_MAX)と呼ばれます。これを超えると安定した発振を維持できなくなります。正確な値は数値ソルバを用いることで求められます(以下参照)。

  • 数式

ここで、以下の条件を解きます。

  • 数式

それにより、最適相互コンダクタンスが求められます。同コンダクタンスは、水晶振動子から見たインピーダンスの負の実部が最大になる点に相当します。これについては以下の式が成り立ちます。

  • 数式

Gmが0から+∞に向かって増加すると、水晶振動子から見たインピーダンスは複素平面上で変化します(図6)。この変化は、臨界相互コンダクタンスから最適相互コンダクタンスを経て最大相互コンダクタンスに至るまでの遷移を表します。この範囲外では損失を補償できず、システムは発振を維持できません。

  • 複素平面におけるインピーダンス

    図6. 複素平面におけるインピーダンス

通常、関心のある値は臨界相互コンダクタンスです。Gm×CS2 ≪ 4×(CS×CL + CL2)2×ω2と仮定すると、インピーダンスZxは次のように近似できます。

  • 数式

この近似は、微小コンダクタンス近似と呼ばれることもあります。直感的には、Rmの値は小さく(水晶振動子のQ値が1万~10万と非常に高いため)、それに伴う損失は最小限に抑えられます。したがって、負性インピーダンス回路(Gm)の寄与分は最小限に抑えられるはずです。この仮定の下では、臨界相互コンダクタンスをより簡潔な形で表すことができます(以下参照)。

  • 数式

洞察をもたらす迂回路

ここまでは、抵抗成分とリアクタンス成分を区別せず、水晶振動子を一般的なインピーダンスとして扱ってきました。それに対し、導出には多少時間がかかりますが、より深い洞察と実用的なメリットをもたらす別のアプローチが存在します。

まず、水晶振動子の誘導性の要素と容量性の要素を単一のリアクタンスの項Xにまとめます。それにより、水晶振動子の運動分岐を簡略化します。表記の一貫性を保つために、CSのリアクタンスをjXSと定義します。つまり、XS = -1/(CS×ω)です。

  • 別のアプローチで用いる水晶振動子のモデル

    図7. 別のアプローチで用いる水晶振動子のモデル

水晶振動子(AとBの間)のインピーダンスは次のように表すことができます。

  • 数式

ノードAと同Bの間の実効抵抗は、これらの点から見たインピーダンスの実部に対応します(以下参照)。

  • 数式

水晶振動子を負荷容量に接続すると、回路は図8のように表すことができます。

  • 負荷を加えた水晶振動子の別のモデル

    図8. 負荷を加えた水晶振動子の別のモデル

共振が生じている際には、リアクタンスの成分が互いに打ち消し合います。そのため、次の式が得られます。

  • 数式

この結果を先ほど示したREQの式に代入すると、次の式が得られます。

  • 数式

この式は次のように簡略化できます。

  • 数式

以下の仮定が成立するとします。

  • 数式

その場合、アンプから見た水晶振動子の等価抵抗は、次のように近似できます。

  • 数式

これは、水晶振動子の内部の消費電力、動作抵抗Rm、容量比CS/CLの関係を表す有用な式です。水晶振動子については許容可能な最大消費電力が規定されています。その値を超えると長期的な信頼性が損なわれる可能性があります。水晶発振器が安全な駆動レベルで動作していることを検証する際、消費される実効電力はPrms = REQ×Irms2として推定できます。

残念ながら、REQのことを等価直列抵抗(ESR: Equivalent Series Resistance)と表記している例は少なくありません。また、この用語は発振器の設計において一貫性なく使用されます。文脈によっては、ESRはアンプから見た実効抵抗(REQと呼ばれるもの)のことを指します。

また別の文脈では、水晶振動子の本質的な損失に対応する動作抵抗Rm(電気的な直列抵抗)のことを指す場合もあります。一部のベンダーはRmをESRと表記していることから、さらなる混乱が生じています。その一方で、ドキュメントによっては重要なGmの計算においてRmをESRと表記していることがあります。通常、CSはCLよりもはるかに小さいので、RmとREQは近い値になります。両者の違いがしばしば見過ごされる理由は、上記の内容によって説明できるかもしれません。

以上の説明が、両者の違いを理解する上での一助になれば幸いです。それにより、起動条件の計算、共振周波数の計算、駆動レベルの推定などを行う際、いずれかの適切な値を使用できるようになることを願っています。

話を等価回路に戻すと、水晶発振器は図9のように表すことができます。

  • 水晶発振器の別の等価回路

    図9. 水晶発振器の別の等価回路

この場合も、発振を持続させるには、アンプによって生じる負性抵抗が、水晶振動子から見た等価抵抗を打ち消す必要があります(以下参照)。

  • 数式

この式を整理すると、臨界相互コンダクタンスについて先に導出した式と同じ式が得られます(以下参照)。

  • 数式

安全係数は「4」

結論として、臨界相互コンダクタンスは持続的な発振に必要な正確な数学的閾値を表します。それにより、水晶振動子で消費されたエネルギーがアンプによって正確に補償されます。ただ、現実の条件下で信頼性の高い起動を保証するために、通常はGmとしてより大きな値が設定されます。すなわち、Rmのばらつき、駆動レベルの依存性、起動時のダイナミクスを考慮した値が用いられるということです。温度、経年変化、プロセスのばらつきに対する堅牢な性能を確保するために、一般的には安全係数として「4」という値が用いられます。

まとめ

本稿では、水晶発振器の起動と安定性にとって、なぜ臨界相互コンダクタンスの値が重要なのかを明らかにしました。また、Rm、CS、CLの依存関係について検討し、1/Rmだけに依存することが落とし穴につながることを指摘しました。さらに、問題を解決するための2つの補完的なアプローチを提示しました。

それぞれの方法は固有の知見を提供します。1つ目の方法からは動作範囲の全体像が得られます。もう1つの方法は駆動レベルとの重要な関係を明らかにします。重要なのは、現実の条件下で信頼性の高い起動と堅牢性の高い性能を確保できるようにすることです。本稿で説明した原則を理解することが、そのような結果につながります。つまり、経験則にとらわれることなく、正確な計算を実施できるようになるということです。

参考資料

Marvin E. Frerking「Crystal Oscillator Design and Temperature Compensation(水晶発振器の設計、温度補償)」Litton Educational Publishing, Inc.、1978年
Behzad Razavi「The Crystal Oscillator(水晶発振器)」IEEE Solid-State Circuits Magazine、Vol. 9、2017年6月
Eric Vittoz、Marc Degrauwe、Serge Bitz 「High-Performance Crystal Oscillator Circuits: Theory and Application(高性能の水晶発振回路、その理論と応用)」 IEEE Journal of Solid-State Circuits、Vol. 23、1988年6月

本記事はAnalog DevicesのTECHNICAL ARTICLE「The Crystal Clear Truth About Critical Transconductance」を翻訳・改編したものとなります