沖縄科学技術大学院大学(OIST)は4月3日、タコのオスが生殖に用いる特殊な腕である「交接腕」が、触覚による味覚ともいうべき化学的な手掛かりを感知する感覚システムを用いて交尾相手を探し出し、視覚情報が遮断された状況でも交接腕を伸ばして精子の入った「精包」をメスに渡すことが可能であるなど、複数の役割を担う多機能器官であることを明らかにしたと発表した。

  • カリフォルニア・ツースポットタコの交尾の様子

    カリフォルニア・ツースポットタコのオスが、仕切りの隙間から交接腕を伸ばし、メスの外套腔内にアプローチして交尾している様子。(c) Anik Grearson, Harvard University(出所:OIST Webサイト)

同成果は、OIST 計算行動神経科学ユニットのサム・ライター准教授が参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会(AAAS)が刊行する世界最高峰の総合学術誌「Science」に掲載された。

視覚なしでも交尾相手を腕で見つけるタコの特殊能力

タコは極めて優秀な頭脳を有しており、柔軟な腕と吸盤を巧みに使ってエサの入った瓶のフタを開けられるなど、水棲動物の中でも唯一無二の存在として知られる。一般的には「足」と表現されるが、解剖学的には腕であり、計8本のうちの1本が交尾に特化した特殊な交接腕となっている。

タコは交尾の際、この交接腕を「外套腔」へと伸ばし、卵管を探し出して、精子を含む「精包」を送り込む。外套腔とは、主要な臓器を収めた体内の空間であり、エラ呼吸するために水を取り込むスペースでもある。つまり、メスは交尾の際、呼吸しづらくなる上、内臓をまさぐられるという極めて侵襲的な状況となるのである。

また、タコの腕はヒトの舌のように筋肉質で柔軟性が高く、海底の探索に重要な役割を果たす。吸盤1つにつき約1万個もの感覚細胞が存在し、獲物を探知する機能も備わっている。さらに、タコは5億個のニューロン(神経細胞)を持つが、その大部分が腕に分布している点も特徴だ。脳が頭部に集中するヒトとは異なり、腕もある意味では脳といえ、脳から独立して自律的に動作できる分散型のシステムを採用している。

通常、オスは交接腕を身体の近くに巻き付けており、海底を探るためなどに用いることはほとんどない。それにも関わらず、交接腕にも他の腕と同様に感覚細胞が確認されたことから、研究チームは今回、アメリカ大陸の太平洋沿岸に生息する「カリフォルニア・ツースポットタコ」の交尾行動を詳細に観察したという。

実験では、腕が通る程度の小穴を設けた不透明な仕切りで水槽を二分し、両側にオスとメスが配置された。すると、オスは視覚的な手がかりがない状態でも、仕切りの向こう側へ腕を伸ばしてメスを探し当て、交接腕の先端をメスの外套腔に挿入したという。これは、タコが化学感覚のみでメスを認識し、全身を接触させずに交尾できることを示す明確な証拠といえるとする。別のオスとメスの間でも同様の黄道が確認された。

続いて、完全な暗闇という条件下でも同様の実験が行われたところ、やはり正常な交尾行動が観察された。一方、オス同士の組み合わせでは、交尾を試みる行動は見られなかったとした。これらの結果から、メスが特有の性的シグナルを発している可能性が高いと判断された。

そこで、メスの生殖器官から採取した組織サンプルを分析した結果、メスのステロイド性ホルモンである「プロゲステロン」の前駆体分子が豊富に含まれていることが判明。これを受け、プロゲステロンの作用を確認する2つの追加実験が実施された。1つ目の実験では、摘出したオスの交接腕をプロゲステロンにさらしたところ、その腕が激しく反応して動く様子が確認されたとした。

2つ目の実験では、交尾直前に仕切りの向こう側のメスを、プロゲステロンを塗布したチューブに置き換えた。するとオスは、メスの外套腔を探るかのような動作で、そのチューブを盛んに調べる様子が観察された。一方、他の化学物質が塗布されたチューブにはまったく関心を示さなかったとする。

次に、電子顕微鏡を用いてオスの交接腕が観察された。すると、先端付近に他の腕と同様の微小な吸盤が点在していることがわかった。さらに、染色法と単一細胞シーケンシング技術による解析から、これらの組織には神経と感覚細胞が高密度に分布していることも明らかにされた。これらの治験は、この腕が重要な感覚機能を兼ね備えていることを裏付けるものといえる。

さらに、この感覚システムが系統学的・地理的に普遍的なものなのかどうかを調べるため、沖縄海域に生息する「ウデナガカクレダコ」を対象とした調査も行われた。組織サンプルのトランスクリプトーム解析および行動観察の結果、同種もまた視覚なしで交尾可能であることが判明した。世界各地の多様なタコ類が、共通の感覚ベースの交尾システムを利用している可能性が示唆されたのである。

  • 沖縄に生息する「ウデナガカクレダコ」の交尾の様子

    沖縄に生息する「ウデナガカクレダコ」の交尾の様子。視覚情報が制限された環境下でも、オス(仕切りの左側)は正確にメスを感知して交接腕を伸ばしている。(c) Sam Reiter(出所:OIST Webサイト)

また、メスの性ホルモンを検出する接触化学受容体の特定も実施された。その結果、プロゲステロンを含む性ステロイドに強く反応したのは、受容体「CRT1」のみだったとする。この受容体は、獲物の表面にある微生物を感知する役割が知られていたため、交尾においても重要な機能を果たしている事実は驚きを持って受け止められた。

  • オスの交接腕の吸盤内に存在する化学触覚受容体を可視化した顕微鏡画像

    オスの交接腕(青色)の吸盤内に存在する化学触覚受容体(白色)を可視化した顕微鏡画像。(c) Pablo Villar, Harvard University(出所:OIST Webサイト)

プロゲステロンは、進化の歴史を通じて保存されてきた古代のホルモンとされる。しかしタコ類では、その受容体が種ごとに独自の変化を遂げている点が極めてユニークだ。触覚化学受容体に、近年の急速な進化の痕跡が認められたことから、これらの性ステロイドが、同種の交尾相手を識別し、近縁種との交雑を避けるための重要な鍵となっていると考えられるとした。

今回の研究は、感覚生物学の観点から、種間の生殖的隔離がどのように維持され、いかにして新種が誕生するのかという進化上の大きな問いに迫るものだ。この性シグナル伝達システムは、生物学における「分化選択」の典型例であり、近縁種間の差異をより鮮明にするものとしている。