宇宙航空研究開発機構(JAXA)と筑波大学の両者は3月26日、「JAXA-NASA 共同低重力ミッションが解き明かす、生体応答における重力依存性」に関する記者説明会を実施した。

  • JAXA 有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センターの芝大研究開発マネージャ。「小動物飼育装置」(MHU)の開発を指揮し、同装置を利用した研究をマネジメントしてきた

    JAXA 有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センターの芝大研究開発マネージャ。「小動物飼育装置」(MHU)の開発を指揮し、同装置を利用した研究をマネジメントしてきた

  • 筑波大 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 遺伝子改変マウス分野の高橋智教授。今回の研究「MHU-8」には国内外あわせて4人の研究責任者がおり、高橋教授は日本側で唯一の研究責任者を務める

    筑波大 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 遺伝子改変マウス分野の高橋智教授。今回の研究「MHU-8」には国内外あわせて4人の研究責任者がおり、高橋教授は日本側で唯一の研究責任者を務める

説明会には、JAXA 有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センターの芝大(しば・だい)研究開発マネージャ、筑波大 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 遺伝子改変マウス分野の高橋智(たかはし・さとる)教授、筑波大 同部門 再生医学分野の藤田諒(ふじた・りょう)准教授の3人が登壇。

  • 筑波大 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 再生医学分野の藤田諒准教授。今回の研究の中核を担った1人だ

    筑波大 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 宇宙医学部門 再生医学分野の藤田諒准教授。今回の研究の中核を担った1人だ

国際宇宙ステーション(ISS)に設置された日本独自の実験装置を活用し、マウスを用いた動物実験による「どれぐらいの重力があれば健康を維持できるのか」という問いに迫る実験成果について、解説を行った。

なお今回の研究成果は、米国科学振興協会が刊行する学術誌「Science」系のオンライン学術誌「Science Advances」にて発表されている。

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宇宙の怖さは「真空」だけではない

SF作品において、宇宙では呼吸できる空気さえ確保すれば、微小重力のために体重を感じることもなく、きわめて楽に暮らせる環境のように描かれることが多い。

しかし、ISSなどでの宇宙飛行士たちの献身的な長期滞在の結果、微小重力は生体に悪影響を及ぼすことがわかってきた。また、月は地球の約6分の1(約17%)の重力として知られるが、重力がこれだけ弱いと身体に悪影響を及ぼすことがすでに明らかにされている。

2030年代には月面に恒久的な有人活動拠点が建設され、宇宙飛行士が常時滞在するようになると思われる。そして、将来的にそれが都市規模へと発展し、民間人が月に滞在するようになれば、「月に住む」ということを実現するためにも、この弱い重力の問題を解決する必要がある。また、NASAを中心としたアルテミス計画では、最終的に2040年代頃には火星への有人探査が計画されている。この探査を安全に実現するためにも、微小重力・低重力の影響の詳細と、その対策方法を明確にすることはきわめて重要な研究だ。

宇宙は長期滞在するには生体に過酷な環境であるため、ISSの宇宙飛行士たちは1日に2時間のトレーニングを行って健康維持に努めている。しかし、それでも半年の滞在に及ぶと、全身の筋肉、中でもふくらはぎのヒラメ筋などの重力に抗って姿勢を保つ「抗重力筋」を中心に筋量・筋力が減少し、機能が低下してしまう。また骨密度が低下し、骨粗鬆症のような状態も誘発される。そのほか、目の異常や循環器系の機能低下なども報告されている。つまりヒトは、1G環境から長期間切り離されると健康に生きていくことはできず、生命維持すら黄色信号が灯ってしまうことがわかってきているのだ。

  • 欧州宇宙機関(ESA)のサマンサ・クリストフォレッティ宇宙飛行士が、ISSのT2トレッドミルで走っている様子 (C)ESA/NASA (出所:NASA Webサイト)

    欧州宇宙機関(ESA)のサマンサ・クリストフォレッティ宇宙飛行士が、ISSのT2トレッドミルで走っている様子 (C)ESA/NASA (出所:NASA Webサイト)

これが火星有人探査となると、地球と火星の移動だけで片道半年から9カ月はかかるとされる。地球との位置関係の都合上、地球への帰還の途に着くのは火星到着から約500日後と見積もられている。人類の宇宙空間連続滞在記録は437日18時間だが、火星有人探査は間違いなく、人類がこれまでに誰も経験したことのない長期間、微小重力および低重力環境にさらされることになる。何の対策も打たなければ、宇宙飛行士は地球帰還時に身体がボロボロになっている恐れがある。

それに加え、宇宙空間や火星表面は、DNAを破壊する宇宙放射線や紫外線の問題もある。火星有人飛行は、到達可能な輸送力のあるロケットを開発できたとしても、現状では、宇宙飛行士が健康な状態で火星上に降り立ち、そして地球に帰還できるかがまったく保証されていないのが現状だ。

ISSで行われたマウスによる動物実験

JAXAでは、微小重力や低重力の生体への影響を確かめるべく、ISSの「きぼう」日本実験棟に設置された装置を利用し、2016年からマウスを用いた動物実験を行っている。また、近年は日米共同研究も行われている。

その研究は、JAXAが独自開発した「小動物飼育装置」(MHU)を用いた、宇宙でのマウスの飼育を通じたヒトの健康長寿に関連する研究「MHUを使用した健康長寿研究支援プラットフォーム」と呼ばれるものだ。MHUの開発は2013年からスタートし、芝研究開発マネージャらが中心となって、数多くの実験を行いながら部品をひとつひとつ開発し、完成に至ったという。

  • MHUの外観。この中でマウスが1匹ずつ飼育される

    MHUの外観。この中でマウスが1匹ずつ飼育される

  • マウスのエサ。MHUの奥に配置される

    マウスのエサ。MHUの奥に配置される

  • MHUの各部の解説 (出所:JAXAプレゼン資料)

    MHUの各部の解説 (出所:JAXAプレゼン資料)

火星有人探査などの長期間の微小重力や、低重力環境での生体への影響の研究に加え、MHUを活用した研究では、超高齢社会に突入している日本の大きな課題である「健康長寿」への取り組みも重要な施策のひとつとして行われている。

宇宙環境では、骨量減少や筋萎縮、内耳機能(バランス感覚)低下、免疫機能低下といった、地上の高齢者や寝たきりの状態に類似した生物影響の加速的な変化を提供できる。そのため、「きぼう」ではこれまでさまざまなモデル生物を用いて、地上の加齢様現象の機序解明や対策法確立等を目的として、微小重力による生体への影響に関する研究が行われてきた。

2016年度開始の「マウス飼育ミッション」は、世界初の遺伝子ノックアウトマウス、中枢神経系の炎症疾患モデルマウスなどを含め、これまでISSでの長期飼育後、ほぼすべてのマウスを生存させて地球に帰還させる実験を連続して成功させている。同時に、加齢様疾患などの対策法の検証や疾患関連因子の同定の研究推進など、健康長寿研究支援プラットフォームの中核としての有効性を示してきた。

  • マウス飼育ミッションから得られた身体の機能維持・有人探査に剥けた科学知見の一覧 (出所:JAXAプレゼン資料)

    マウス飼育ミッションから得られた身体の機能維持・有人探査に剥けた科学知見の一覧 (出所:JAXAプレゼン資料)

このようにマウス飼育ミッションはすでに数々の成果が出ており、今回の研究は第8回(NHU-8)の成果だ。近年はNASAと連携しての研究が行われており、MHU-8はNASA側の3人の外国人研究者と、筑波大の高橋教授による4名の責任者による共同研究として行われた。筋肉に関しては、これまでの研究で微小重力や月の低重力環境ではすでに問題が出ることが確認されていたため、今回は、どれだけの重力があれば筋量・筋力を維持できるのかが調べられた。

MHUは、マウスを個別飼育できる装置だ。動物が苦手な宇宙飛行士でもマウスに一切触る必要がなく、水やエサを容易に一定期間ごとに補給するだけで済む。また、飼育されているマウスも微少重力環境下でもMHU内が排泄物まみれにならないよう、気流を利用して尿や糞を一方のフロアの下へと送り出し、そこで尿はシートに吸収、糞は掃除機で吸引できる仕組みとなっている。さらに、各MHUにはカメラが設置されており、マウスの観察が可能だ。カメラには汚れが付着しても視認性を確保できるよう、ワイパーも備わっている。

  • MHU内のマウスの様子。微小重力から1G環境まで、6匹ずつ4種類の重力環境で合計24匹が約30日間飼育された (出所:JAXAプレゼン資料)

    MHU内のマウスの様子。微小重力から1G環境まで、6匹ずつ4種類の重力環境で合計24匹が約30日間飼育された (出所:JAXAプレゼン資料)

MHUは、6個を接続してドーナツのような円形にでき、それを遠心機付き生物実験装置に2組ずつセット。この装置は2基あるので、合計4セット設置できる。同装置のひとつ目の上段は微小重力区画で、下段が遠心機が備わった人工重力区画。もうひとつの装置は上下段共に遠心機を備えており、回転数によって目的の重力を生成することが可能だ。今回の実験では、微小重力、0.33G(火星重力に近い設定)、0.67G(火星の約2倍相当)、1Gという4種類が設定され、合計24匹のマウスが供試された。

  • MHUを遠心機付き生物実験装置にセットする様子。このサイズで1Gを出すには、かなりの高回転を行う必要がある (出所:JAXAプレゼン資料)

    MHUを遠心機付き生物実験装置にセットする様子。このサイズで1Gを出すには、かなりの高回転を行う必要がある (出所:JAXAプレゼン資料)

火星相当の重力では筋肉の種類が変化、機能低下も

この実験の結果、わかってきたことのひとつが、重力が十分でないと、筋繊維のタイプが「遅筋」から「速筋」に変化することだった。遅筋とはマラソンなどに適した持久力に優れた筋肉であり、速筋は短距離走などに適した瞬発力に優れた筋肉だ。重力が弱い環境は、筋繊維が細くなって筋量を減らすだけでなく、筋繊維を速筋タイプに変えてしまうため、パワーが出なくなる上に疲れやすい筋肉になることが判明した。

  • 微小重力や低重力は、筋繊維を細くするだけでなく、そのタイプを変化させ、遅筋を速筋に変化させることがわかった (出所:JAXAプレゼン資料)

    微小重力や低重力は、筋繊維を細くするだけでなく、そのタイプを変化させ、遅筋を速筋に変化させることがわかった (出所:JAXAプレゼン資料)

次に、筋肉の変化を抑制するために必要な最低限の重力が調べられた。その結果、0.33Gでは筋萎縮が軽減されることが確認された。健康な筋肉に対し、萎縮した筋肉は筋肉繊維が細くなってしまう。ヒラメ筋の筋繊維を詳しく調べたところ、微小重力では萎縮が確実に生じる一方、0.33Gと0.67Gでは萎縮が大幅に抑制されていた。地上対照実験よりも1G(疑似)の時点で若干細く、0.67Gや0.33Gはさらにそれよりもわずかに細いものの、1Gに近い筋繊維径が維持されていたという。

  • 4種類の重力環境下での、マウスのヒラメ筋の観察。微小重力(μG)では筋繊維が明らかに細くなっているが、0.33Gと0.67Gは疑似1G環境からわずかに細くなっただけだった (出所:JAXAプレゼン資料)

    4種類の重力環境下での、マウスのヒラメ筋の観察。微小重力(μG)では筋繊維が明らかに細くなっているが、0.33Gと0.67Gは疑似1G環境からわずかに細くなっただけだった (出所:JAXAプレゼン資料)

では、火星の重力であれば地球と同様に過ごせるのかというと、そうはいかないことも明らかにされた。握力を調べた結果、0.67Gは1Gと同等だったが、0.33Gは微小重力と同程度にまで減弱していたのだ。

さらに、筋繊維の遅筋から速筋への変化がどこで生じるかが調べられた。ヒラメ筋の筋繊維タイプは、0.67Gでは微かに速筋化が見られる程度だったが、0.33Gでは微小重力ほどではないにしろ、明らかに速筋が増加していた。

つまり、0.33Gでは筋タイプの変化と機能低下を完全には抑制できないということが突き止められたのだ。火星の重力は実際には0.38Gだが、0.05Gの違いで劇的な変化が出るとは考えにくく、火星の重力では筋肉を機能的に地球と同等には保てない可能性が高いことが示された。

  • 0.33Gでは機能の低下(握力の減少)と筋繊維のタイプ変化は完全には抑制できないことが判明した。筋量と筋タイプ、そして筋機能の維持には、少なくとも0.67Gは必要であることがわかった (出所:JAXAプレゼン資料)

    0.33Gでは機能の低下(握力の減少)と筋繊維のタイプ変化は完全には抑制できないことが判明した。筋量と筋タイプ、そして筋機能の維持には、少なくとも0.67Gは必要であることがわかった (出所:JAXAプレゼン資料)

この結果を受けて、人類は火星でまったく健康を維持できないことが証明されたのかというと、必ずしもそうではない。火星では抗重力筋にゴムバンドなどにより常時負荷をかける「加重スーツ」を着用し、トレーニング時はISSでのトレーニングメニューを改良して、より高負荷や衝撃をを与えるメニューをこなすことで、筋量・筋力の低下を防げる可能性はある。ただし、現時点では必要なトレーニング量などは解明されていない。

さらに、計11種類の血中代謝産物が、重力変化を反映することも発見された。重力低下によって増える代謝産物は7種類、逆に減るのが4種類である。特徴的なこととして、ある閾値を超えると急に増加するまたは減少するというのではなく、重力の強弱に対してリニアに反応している点だという。よって、さらにデータを取ることで、これらの血中代謝産物をマーカーとして、トレーニング量をどれだけ増やす必要があるかといったことがわかる可能性もあるとしている。ただし、今回はこれらの増減が筋肉由来なのかは分かっていないとのことだ。

  • 重力変化を繁栄する11種類の血中代謝産物。このうち、7種類が重力低下で増加し、逆に重力低下で4種類が増えることがわかった (出所:JAXAプレゼン資料)

    重力変化を繁栄する11種類の血中代謝産物。このうち、7種類が重力低下で増加し、逆に重力低下で4種類が増えることがわかった (出所:JAXAプレゼン資料)

今の技術で、火星探査を終えた宇宙飛行士を待つのは……

火星の重力は地球のわずか約3分の1の0.38Gしかなく、微小重力や月よりは“マシ”というレベルに過ぎない。今回の研究では、火星の重力に近い0.33Gの環境でも明確に問題が生じることが示された。健康維持の限界値が0.33Gと0.67Gの間にあるとしても、それが都合よく0.38Gである可能性は低いだろう。

筋肉に関してようやくこれだけの知見が得られたわけだが、これまでにも述べてきた通り、微小重力・低重力の影響は筋肉だけに出るわけではない。骨密度の低下や目の異常、循環器系の機能低下などについても、同様に重力の限界値を見きわめる必要がある。

何の対策も講じずに、月探査の技術のまま火星へと送り出せば、地球へ帰還するまでに宇宙飛行士はきわめて危険な状態に陥る。ISSに半年間滞在するだけで筋量・筋力の低下、骨密度の低下、目の異常、循環器系の機能低下などが生じることはすでにわかっているが、火星有人探査では、地球から火星までの片道だけで約半年から9カ月の期間を要するのだ。

火星の0.38Gは、弱った身体には負担が少ないかもしれないが、宇宙飛行士はきわめて高いリスクを抱えた状態で探査活動を行わなければならない。抗重力筋の筋量や筋力が低下するということは転倒しやすいということであり、そして骨も脆くなっているのであれば、転倒時に足を骨折、かばった手も骨折などということも危惧される。

救援の望めない火星で、地球帰還のために出発するまでにそのようなリスクを抱えたまま500日間を過ごす必要があるのだ。微小重力よりは身体が回復する可能性もあるが、未知の健康問題が発生する懸念も拭えない。

さらに、弱った身体で火星からの打ち上げ(4G前後)に耐えなければならず、骨折のリスクも懸念される。帰路も再び長期間の微少重力環境に置かれ、地球帰還時の衝撃もまた大きな脅威となるだろう。

宇宙航行で疑似重力を生み出すには?

宇宙空間において、現状の技術で実現可能な疑似重力は、円筒形の宇宙船を自転させ、その遠心力を利用する方法だ。アニメ『機動戦士ガンダム』のスペースコロニーと同様の原理である。

理想は1Gの維持だが、遠心力で1Gを生むには巨大な直径か高速回転が必要となる。たとえば、直径20mの宇宙船で1G発生させるには、1分間に約9.5回転(rpm)させる必要がある。しかし、快適な生活には2rpm以下が望ましいとされ、4rpmを超えるとコリオリの力によるめまいや吐き気が激しくなり、訓練を受けた宇宙飛行士でも長期間その環境に滞在することは困難だ。

では、4rpmで1Gを発生させるにはどれだけの規模が必要か。その直径は約112mにも及ぶ。0.67Gに抑えたとしても、約76mが必要だ。SpaceXのスターシップですら直径は約9mであり、これほど巨大な構造物を地上から打ち上げるのは現状では不可能に近い。つまり、今の技術の延長線上では、宇宙飛行士を安全に火星へ送り出すことは困難だといえる。

宇宙で低い回転で疑似1Gを生み出すには?

宇宙船単体で0.67G以上を生むのは難しいが、2基の宇宙船をテザーやワイヤーで連結し、中間を軸に回転させれば、4rpmでも1Gを発生させられる。この手法は、アポロ宇宙船を打ち上げたサターンV型ロケットの開発者ヴェルナー・フォン・ブラウンも構想していたことで知られる。さらに、テザーやワイヤー約1.8kmまで伸ばせば、1rpmというきわめて穏やかな回転で1Gを実現可能だ。これなら、宇宙飛行士も体調不良に悩まされることなく火星へ向かえる。

ただし、テザーやワイヤーを長くするほど、微小天体やデブリなどとの衝突による切断リスクが高まるため、多重化などの対策が不可欠だ。また、回転体はジャイロ効果により方向転換が困難になるため、軌道修正時には1度連結を切り離すなどの運用上の工夫も求められる。

テザーやワイヤーの強度を確保し、船内での1Gを実現できれば、筋肉や、目、循環器への微小重力による悪影響の多くを回避できる。さらに、船体(居住区画)を水で覆うなどの宇宙放射線対策も組み合わせれば、宇宙の脅威に対抗できるはずだ。

一方、火星滞在時の低重力の問題は残る。火星上では宇宙空間の遠心力を得ることはできない。鹿島建設と京都大学が、ワイングラス型の回転都市のコンセプトを発表しているが、火星の過酷な環境下での建設は容易ではない。そのため、加重スーツの着用や高負荷トレーニングなど、0.38G環境下において身体機能を維持する方策を、今後も模索し続ける必要がある。

  • 火星探査のイメージ (C)NASA (出所:NASA Webサイト)

    火星探査のイメージ (C)NASA (出所:NASA Webサイト)

火星有人探査は無理ではない、しかし入念な準備が必要

今回の研究により、筋肉に関しては少なくとも0.67Gあれば、1Gに近い状態を維持できる可能性が示された。しかし、骨密度や目の異常、循環器系など、他の要素についても低重力の悪影響を検証しなければならない。最終的には0.67Gでも不足し、0.8〜0.9G、あるいはやはり1Gが必要という結論に到る可能性も否定できないだろう。

微小重力・低重力の長期的影響に加え、宇宙放射線や火勢の強い紫外線への対策も不可欠だ。これらを解決しなければ、人類史に残る長期の宇宙ミッションを成功させることは叶わない。

宇宙飛行士が健康を維持するための知見はまだ限定的であり、今後さらなる影響評価と対策の立案が必要だ。今回の研究は、火星がいかに遠く、そこへ向かうことがどれほど危険であるかを再認識させる、きわめて重要な成果といえる。「無事に火星へ到達し、滞在し、帰還する」ための具体的な基準が、今後早期に明確化されることに期待したい。