国立天文台は3月18日(ハワイ現地時間)、複数のレーザーガイド星を用いることで大気の揺らぎをより高精度に測定し、可視光での星像をさらにシャープにすることを目指して開発が進められるすばる望遠鏡の次世代補償光学装置「ULTIMATE-Subaru」のプロトタイプとして、東北大学と国立天文台が共同開発している補償光学装置「ULTIMATE-START」の試験観測を2025年12月に実施し、良好な結果を得られたと発表した。
同成果は、東北大学大学院 理学研究科 天文学専攻 天文学講座の秋山正幸教授と国立天文台の共同研究チームによるもの。
「開発中レーザーガイド星生成システムからの試験射出」。(c)国立天文台(出所:YouTubeすばる望遠鏡公式チャンネル)
地上望遠鏡の最大の課題は、分厚い大気の底から観測を行うため、「大気の揺らぎ」によって星からの光が歪み、像がぼやけてしまう点にある。たとえば、すばる望遠鏡の理論的解像力(回折限界)は、波長2マイクロメートルの近赤外線では0.06秒角だが、大気揺らぎの少ない、4000m以上の高地であるハワイ・マウナケア山山頂に建設されているにも関わらず、0.6秒角と10倍も悪化してしまうのが実情だ。
この課題を解決するため、近年の地上望遠鏡には「補償光学装置」と「レーザーガイド星生成システム」が装備されている。これは大気の揺らぎをリアルタイムで測定し、特殊な鏡の形状を瞬時に変形させることで像の歪みを打ち消すことで、本来の性能に近いシャープな像を得る技術である。科学番組などで、夜空に向かってオレンジ色のレーザー光を放つすばる望遠鏡の姿が紹介されるが、あれこそが人工のガイド星を作り出し、補償光学を稼働させている場面にほかならない。
国立天文台は、1990年代後半に第1世代の「36素子補償光学装置」を開発し、2000年12月にファーストライトを達成。その後、2006年には後継機となる第2世代の「188素子波面補償光学装置」と「レーザーガイド星生成システム」を組み合わせた、通称「AO(Adaptive Optics)」が始動し、現在も第一線で活躍している(なおAOとは補償光学装置のことであり、36素子補償光学装置もAOと呼ばれていた)。
AOでは、レーザーを上空に照射して人工の「レーザーガイド星」を1つ作り、それを基準に大気の揺らぎを測定する。これにより、明るい自然のガイド星がない領域でも補償光学が利用可能になった。しかし、ガイド星が1つでは測定できない領域が存在しており、十分な補正ができず、望遠鏡の性能をフルに発揮できないという課題があった。
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レーザーガイドによる人工星を活用した大気揺らぎ補正の模式図。左の従来型の1つに対し、右のレーザートモグラフィ補償光学では複数(図では4つ)の人工星を使用する。緑の線は観測天体からの、オレンジの線は高度90km付近に生成された人工星からの光を示す。灰色の円盤は天体からの光が通過する大気の領域(上から高度10km付近の高層、5km付近の中間層、地表付近の地表層)。4つの人工星を使うことで、大気揺らぎの測定領域(斜線の円盤)が広がり、異なる高度の揺らぎを断層撮影のように分解・推定が可能となる。(c)東北大学・秋山正幸(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
そうした中、すばる望遠鏡では現在、次世代システムへの「すばる2」アップグレード計画が進められている。その1つが、次世代の補償光学とレーザーガイドシステムを組み合わせた「レーザートモグラフィ補償光学装置」を利用する「ULTIMATE-Subaru」だ。ULTIMATE-Subaruは2020年代後半の完成を目指して開発が進められており、今回の「ULTIMATE-START」は、そのプロトタイプとして位置付けられている。
レーザートモグラフィ補償光学装置では、複数のレーザーガイド星からなる人工の「星座」を上空に生成し、その光を複数の波面センサで測定する。そのデータを断層撮影(トモグラフィー)の手法で高さ方向に分解して推定することで、最適な補正を行う仕組みだ。これにより、従来の1つのレーザーガイド星だけでは突破できなかった性能限界を超え、鉛直方向に広範囲かつ高精度で補正が可能になるという。
ULTIMATE-STARTでは4つのレーザーガイド星が生成される。「回折光学素子」を用いてレーザー光を4方向に分割し、上空に正方形の「星座」を構築する。このシステムは国立天文台で開発され、2025年3月に試験を開始。今回の試験観測では、人工の星座の直径を10秒角から40秒角まで切り替えながら大気揺らぎの測定実験が繰り返された。
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4つの人工星の「星座」(左上)と、それらを計測する4台の波面センサの画像(右)。1~4番の星が対応する各波面センサで測定される。左下はその一部の拡大像。波面センサ上の点は大気揺らぎにより刻々と動くため、そのズレを測定して補正に用いる。なお、各センサに見える3本の射線は、計測の妨げとなる他の人工星の散乱光。(c)東北大学・秋山正幸(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
4つのレーザーガイド星は、すばる望遠鏡の「ナスミス焦点」に設置された波面センサで測定される。センサは、1秒間に500回の大気揺らぎを捉えることが可能だ。今回の試験観測では、4つのレーザーガイド星を4台のセンサで同時に捉えることに成功した。
「4つの人工星を作る レーザーガイド星」。(c)国立天文台(出所:YouTubeすばる望遠鏡公式チャンネル)
さらに、今回は明るい星を用いた自然ガイド星での補償光学試験も実施された。補償光学では、波面センサが測定したデータをもとに補正信号を送り、表面の形状を変えられる可変形鏡を高速で変形させることで、大気揺らぎの影響を打ち消す。32×32(1024点)で揺らぎを測定する波面センサと、60×60個の制御点を持つ可変形鏡の組み合わせにより、波長589nm(オレンジ色~黄色の辺り)という可視光において、0.09秒角のシャープな星像が達成された。
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オリオン座カッパ星を自然ガイド星とした試験観測の画像(波長589nm)。補償光学がない状態(左)では0.82秒角までぼやけていた星像が、補償光学の稼働(右)により0.09秒角まで劇的に改善された。1秒角は満月の直径の約2000分の1に相当する微細な角度だ。(c)東北大学・秋山正幸(出所:すばる望遠鏡Webサイト)
レーザートモグラフィ補償光学の波面センサユニットの開発は、2017年から東北大学において始まった。プロトタイプとなる波面センサ1台での試験観測を経て、4台の波面センサからなるユニットが完成し、2023年夏にハワイ観測所の山麓施設に輸送された。そこでの調整作業を経て、2025年夏にすばる望遠鏡の赤外ナスミス焦点に設置された。
「ULTIMATE-START波面センサーユニットの設置(タイムラプス)」。(c)国立天文台(出所:YouTubeすばる望遠鏡公式チャンネル)
大気揺らぎのトモグラフィー推定について研究を進め、2026年2月に修士論文を取りまとめた東北大学の田邊ひより大学院生は「学部生のころから波面センサの調整・設置作業に関わってきたので、自分が在学中に試験観測まで行うことができて非常に嬉しいです。装置に星の光が入ってきた瞬間は忘れられません。今後、レーザートモグラフィ補償光学装置がたくさんの人の研究の一助になることを願っています」とコメントしている。
今後は、レーザーガイド星でも自然ガイド星と同等の補償性能を実現することを目指し、トモグラフィー手法による補償試験が進められる予定だ。この技術が確立されれば、これまでレーザーガイド星では難しかった可視光での高精度な補償が可能になり、望遠鏡の性能を最大限に引き出した観測の実現が期待される。これにより、宇宙空間から観測したかのような鮮明な天体像を地上で実現できる可能性があるとしている。