東京大学(東大)、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の3者は3月7日、強誘電体「ヨウ化硫化アンチモン」(SbSI)において、フォノン(格子振動)起源のテラヘルツ領域における巨大な「光起電力効果」を実現し、テラヘルツ光の周波数に対する電流への変換効率を初めて定量的に解明した結果、同誘電体のテラヘルツ領域の変換効率が、可視光や近赤外領域を含めた既知の光起電力効果の中でも、最大級の光-電流変換効率を示すことがわかったと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の岡村嘉大助教(現・東大 先端科学技術研究センター(RCAST) 准教授/理研 創発物性科学研究センター(CEMS)強相関物性研究グループ 客員研究員兼任)、同・高橋陽太郎准教授(CEMS 強相関物性研究グループ 客員主管研究員兼任)、CEMS 強相関物性研究グループの十倉好紀 グループディレクター(東大卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する学術誌「Science」系のオンライン学術誌「Science Advances」に掲載された。
高効率デバイスの開発に新たな光
フォトニクスは、光子(フォトン)の振る舞いを制御・応用する学問分野であり、情報通信、医療、計測など、現代社会の多様な分野を支える基盤技術の1つだ。このフォトニクスにおいて近年注目されているのが、赤外線と電波の境目に位置し、両方の性質を併せ持つテラヘルツ光である。テラヘルツ光は、毎秒約10^12(1兆)回振動する周波数を持つ電磁波で、新しい通信方式や高感度センシングへの応用が期待されている一方で、光源や検出器をはじめとする基礎技術の整備がまだ十分とはいえない状況にある。
一般的に光を利用するためには、安定した光源に加え、照射された光を検出・定量する技術がなければ困難である。可視光や近赤外光の領域では、光を高効率かつ高速に検出する技術体系がすでに確立されているが、テラヘルツ光ではそれらが発展途上にある。とりわけ、テラヘルツ光を直接電気信号へ変換することで検出や定量をする手法は未成熟であり、その確立が大きな課題だった。可視光などと同等の性能を有するテラヘルツ光の検出技術を実現することが、現在のフォトニクス研究における重要な目標の1つとなっている。
可視光領域では、光照射によって物質中に電流や電圧が生じる光起電力効果が光検出の基本原理として広く利用されている。しかし、この現象は「電子励起」を介する必要があるため、可視光の1000分の1程度のエネルギーしかないテラヘルツ光では電子励起がそもそも起こらず、従来の原理をそのまま適用することは困難とされてきた。
この課題に対し研究チームでは、電子の波としての性質の位相が持つ幾何学的な性質が物理現象に与える「量子幾何効果」を利用したテラヘルツ帯の光起電力効果の実証研究を進めてきたとする。しかし、光起電力効果としての性能指数の定量評価や、周波数に対する応答特性については十分に解明でてきていない点が課題となっていた。そこで今回の研究では、代表的な強誘電体の1つであるSbSIを用いて、テラヘルツ光照射時における光電流測定を行ったという。
強誘電体とは、外部から電場を印加しなくても、電荷の偏り(自発分極)が物質全体にわたって特定の方向に現れる性質を持つ物質のことだ。また光起電力効果とは、光を物質に照射した際、光エネルギーを電気エネルギーに変換し、電流や電圧などの起電力を生じさせる効果のことを指し、その代表例には太陽光発電が挙げられる。
今回の研究では、テラヘルツ光パルスをSbSI試料に照射したところ、瞬時に強誘電分極の向きに反平行な方向に光電流が生成されることが確認され、光起電力効果に特徴的な挙動が明瞭に観測されたとした。
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(a)SbSIの結晶構造。(b)テラヘルツ光電流の測定配置。サンプル(赤茶色の直方体)にテラヘルツ光パルス(緑色の円錐)を入射し、極性方向に発生する光電流が測定された。(c)得られた光電流の時間波形。強誘電状態(275K(約2℃))では、分極方向(+P/-P)に応じて反転する光起電力効果特有の振る舞いが確認された(赤・青線)。一方、分極方向が揃わないマルチドメイン状態では、光電流の信号が消失している(灰色線)。(出所:東大プレスリリースPDF)
研究チームは次に、この光電流応答の周波数特性を定量的に評価する新手法を開発。その結果、観測された周波数依存性はフォノン励起に対して期待される挙動とよく一致しており、この現象がフォノン励起に起因していることが明確に示されたとした。固体中の原子は規則正しく配列しているが、それがわずかに変形すると、その変形は振動として原子から原子へと波のように伝播する。フォノンとはこの格子振動のことをいう。
また、今回得られた光電流の生成効率は、これまでに報告されてきた光起電力効果の中でも最大級の大きさを持つことが判明。第一原理計算に基づいた理論的な性能指数の評価も、実験で得られた値とよく一致することが確認された。このことから、今回観測された光起電力効果は、フォノン励起によって電子の波動関数が変調されることが本質であり、そこに量子幾何効果が重要な役割を果たしていることが明らかにされた。
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各種物質における光起電力効果の性能指数(グラス係数)の比較。今回のSbSIによるテラヘルツ光起電力効果は、既知のあらゆる物質・波長領域と比較しても最大級の値を記録した。(出所:東大プレスリリースPDF)
テラヘルツ光は、6Gや7Gなどの次世代通信の基盤技術として注目される周波数帯であり、その高感度・高速検出の実現は重要な課題だ。今回の研究成果で見出された巨大な性能指数を活かすことで、テラヘルツ光を高速かつ高効率に電気信号へ変換する、まったく新しい原理の検出器の開発につながることが期待されるという。
現在主流の熱感知型検出器は応答速度に限界があるが、今回の手法はそれを大きく上回る高速応答を可能にするポテンシャルを秘める。今回の成果は、テラヘルツ帯を用いた通信・計測・センシング技術の高度化に向けた新たな指針を与えるものであり、次世代光デバイス創成への重要な一歩になるとしている。
