大阪大学(阪大)と東京大学(東大)の両者は2月27日、月の希薄な大気である「月外気圏」におけるイオンの時間変化を、月周回衛星「かぐや」の長期データを詳細に解析した結果、昼側の外気圏に存在する炭素、窒素、酸素のイオンが主に太陽風によって生成されていることを解明したと共同で発表した。
同成果は、阪大大学院 理学研究科 宇宙地球科学専攻・質量分析センターの寺田健太郎教授、同・横田勝一郎准教授、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の野津翔太助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の地球・惑星科学を扱う学術誌「Nature Geoscience」に掲載された。
月の大気イオンの時間変化を発見
月にはヒトが呼吸できるほどの濃厚な大気は存在せず、真空であると教わる。しかし厳密には、月面から放出された原子や分子が微弱な重力によって引き留められた、「外気圏」と呼ばれる極めて希薄な大気層が形成されている。地球では地表から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏と続き、太陽活動によって上下するが、約500~700kmから上が宇宙と直接接する外気圏となる。しかし月では、月面そのものが外気圏に相当するほど気圧が低いのが特徴だ。
過去の観測から、この月外気圏には多様なイオンの存在が確認されていた。だが、これらのイオンは数十秒から数分程度で消失してしまうため、恒常的に外気圏を維持するにはイオンの継続的な生成メカニズムが不可欠となる。
これまでは、太陽光による光イオン化や、太陽風の水素イオンが月面に衝突して原子をたたき出す「スパッタリング」、さらに微隕石の衝突によるイオン化などが生成過程として提唱されてきた。しかし、各プロセスがイオン供給量にどの程度寄与しているのかを定量的に評価するには至っていなかった。
そこで研究チームは今回、宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって2007年9月から2009年6月まで運用され、大きな科学的成果を上げた月周回衛星「かぐや」に搭載されたイオン質量分析器が取得した長期データを活用し、新たな解析手法の確立を試みたという。
今回の研究では、イオン質量分析器の取得データを月面の昼夜や太陽・地球・月の位置関係(位相)ごとに分類し、マススペクトルのピーク分解と組み合わせることで、元素ごとの時間変動を詳細に追跡できる新たな解析手法が確立された。
特に着目されたのが、月が地球の磁気圏を通過する期間だ。磁気圏内では地球磁場が太陽風を遮へいするため、この特性を利用すれば、太陽風がイオン生成に与える影響を他のメカニズムから切り離して評価することが可能になる。さらに今回の解析では、太陽風だけでなく、流星雨のような突発的なイベントが月面環境に与える動的な影響についても、長期データからその痕跡を抽出することに成功したという。
今回の解析の結果、月の夜間と磁気圏内の昼間(満月)のイオン強度は低く、ほぼ一定であるのに対し、磁気圏外の昼間におけるイオン強度は大きく変動することが判明。また、月外気圏の炭素、窒素、酸素のイオン強度が太陽風の水素密度と強い相関を湿すことが確認され、外気圏の昼側のこれらのイオンは主に太陽風によって生成されていることが確認された。
さらに、炭素イオン(C+)/酸素イオン(O+)比の変動を精査したところ、流星雨の直後に月面大気が一時的に「炭素リッチ」な状態に変化するという現象が初めて発見された。これは、恒常的に月面に供給される小惑星起源の微隕石よりも、彗星由来の塵(出すと)の方がC/O比が高いことを示唆する重要な知見とする。
また、窒素イオン(N+)/O+比の変動との相関から、月面には「N+/C+比の高い成分」と「窒素を含まない一酸化炭素や二酸化炭素由来の成分」という起源の異なる2系統が存在することが判明した。これらが太陽風の照射を受けることで、月面上空の高度100km付近に各イオンが供給されるプロセスが浮き彫りとなった。
今回の成果は、生命に不可欠な元素である炭素・窒素・酸素が、月面でどのように循環しているのかの理解を大きく進展させた。これは、近い将来の恒久的な月面有人活動拠点の建設における資源利用や環境理解の基盤を築く上で、極めて重要な成果といえるとする。
さらに今回の研究は、太陽風や流星雨といった外的要因が、月面環境における元素分布に与える影響を観測的に解明した点において、学術的にも大きな意義を持つとのこと。惑星科学の観点から見た場合、月と地球は物理的にも化学的に共進化してきた、一心同体ともいえるシステムである。月という身近でありながら未解明の部分も多い天体への理解を深めることは、地球環境の本質を捉える手がかりにもつながるという。研究チームは、今回の成果が、自然現象への新たな眼差しや科学的探究心を社会に広く呼び起こす契機となることを期待するとしている。




