東京大学(東大)は2月27日、フッ素の起源天体に関して、これまで有力視されていた太陽の数十倍の質量を持つ「ウォルフ・ライエ星」(WR星)の寄与を検証するため、アルマ望遠鏡を用いて初期宇宙にある銀河のフッ素信号を探索したところ有意な信号は検出されず、銀河の性質に合わせて構築した理論モデルとの比較により、WR星が宇宙初期におけるフッ素合成の主要な起源ではない可能性を示したと発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 天文学専攻の辻田旭慶大学院生、英・ハートフォードシャー大学の小林千晶教授、東大大学院 理学研究科 附属天文学教育研究センターの吉村勇紀大学院生、同・河野孝太郎教授、同・江草芙実准教授、同・諸隈佳菜助教、北海学園大学 工学部の但木謙一教授、大阪電気通信大学 通教育機構 数理科学教育研究センターの前田郁弥講師、名古屋大学大学院 理学研究科の梅畑豪紀特任助教、同・黄爍研究員、同・田村陽一教授、国立天文台の廿日出文洋准教授、筑波大学 数理物質系の西村優里助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国天文学会が刊行する天体物理学を扱う学術誌の速報版「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
現在、人類は118種類の元素を確認しているが、ビッグバン直後には、最も軽い水素とそれに次ぐヘリウム、そして極めてわずかだがリチウムの3種類だけが存在していたと考えられている。原子番号4のベリリウム以降のより重い元素は、その後の長い宇宙の歴史の中で徐々に合成されていった。生命や身の回りの物質を形作る炭素や窒素、酸素、あるいは鉄といった元素の多くは、星の内部での核融合や超新星爆発、中性子星同士の合体といった、激動する星々の営みによって生み出されたものだ。
しかし、現在も起源が不明瞭な元素も存在しており、その1つが原子番号9のフッ素だ。理論的には、WR星、重力崩壊型超新星爆発、「漸近巨星分枝星」(AGB星)の3種類が起源候補として考えられている。このうちWR星は、数百万年程と短い寿命の、太陽の数十倍の大質量星が進化末期に迎える高温の星だ。強い恒星風によって表面のガスを激しく放出するのが特徴で、初期宇宙から存在していたことが確認されている。
重力崩壊型超新星とは、太陽質量の約8倍以上の大質量星が生涯の最期に起こす超新星爆発のことだ。大質量星内で合成された鉄までの多様な元素を宇宙空間に放出すると同時に、爆発の衝撃によって、恒星内の核融合では合成されないコバルト以降の重い元素の多くを合成した可能性が考えられている。この爆発現象も、宇宙の初期から幾度となく繰り返されてきた。
そしてAGB星は、超新星爆発を起こさない太陽質量のおよそ8倍以下の中・小型星が赤色巨星を経て生涯の終盤に迎える段階の1つだ。内部で作られた元素を恒星風として宇宙空間に放出しており、天の川銀河の星々を対象とした分光観測からは、フッ素を放出していることも確認されている。そのため、現在の宇宙におけるフッ素の主な供給源はAGB星であると考えられている。
この3つの候補のうち、初期宇宙でフッ素を合成できる可能性があるのは、WR星と重力崩壊型超新星爆発の2つに絞られる。中・小型星は寿命が長いため、AGB星が出現するには誕生から少なくとも約10億年を要し、それ以前の初期宇宙にはほぼ存在できないからだ。一方で、WR星による寄与については、星内部の物理状態や星の自転などの影響を強く受けるため理論的な予測に大きな不定性があり、その寄与の大きさは長年の謎となっていた。
これらの特徴から、AGB星がほぼ存在しない極めて初期の宇宙でフッ素を発見できれば、寿命の短い大質量星、つまりはWR星か超新星爆発のどちらかによって合成されたと結論づけられる。しかし、初期宇宙に存在する古い星では含まれるフッ素の量は極めて少ないため観測例は非常に少なく、これまでは有意な結論は得られていなかった。
そうした中、近年の先行研究において、約124億年前の銀河からフッ素を含む分子(フッ化水素)の吸収線が検出され、その観測量を説明するためには、WR星がフッ素生成に寄与している可能性が高いと解釈された。しかし、その銀河は性質が十分に解明されていなかったため、実際には重力崩壊型超新星だけでも観測量を説明できる可能性も残されていた。
そこで研究チームは今回、WR星の寄与をより高精度に検証するため、観測対象を慎重に選定。進化段階が詳細に判明している極めて希な銀河であり、かつ強い重力レンズ効果により通常の約70倍の明るさで効率良く観測可能な129億年前の活発な星形成銀河「G09.83808」に着目し、アルマ望遠鏡を用いて観測したという。
G09.83808の性質に即した理論予測を行い観測結果と比較することで、WR星がどの程度フッ素を供給しているのかを精度良く検証することが可能だ。もしWR星がフッ素合成の主要な起源であれば、理論上、今回の観測でフッ化水素が検出されるはずだった。しかし、高感度な観測を実施したものの、フッ化水素の有意な信号は検出されなかったとのこと。この結果は、最遠方宇宙におけるフッ素存在量の最も厳しい上限値を与えるものとなった。
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アルマ望遠鏡による観測結果。(上)各輝線の空間分布。一酸化炭素と水は明確に検出され、重力レンズ効果によって銀河の像が2つに分かれているが、フッ化水素の信号は非検出となった。(下)各分子のスペクトル。一酸化炭素と水では明瞭な輝線が見えるが、フッ化水素の吸収線は確認できない。(出所:東大Webサイト)
今回の観測結果により、少なくともG09.83808においては、WR星がフッ素合成の主要な供給源ではないことが示唆された。これは、初期宇宙においてWR星がフッ素を効率良く供給していたとする従来説を見直す必要があることを示す。今後、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡も用いた観測を行い、今回の研究同様に詳細な性質が判明している遠方銀河の観測例を増やしていくことで、フッ素の起源やWR星内部の物理状態の理解がさらに進むことが期待されるとしている。

