慶應義塾大学(慶大)は2月24日、アルマ望遠鏡を用いて、地球から約1万光年離れた天の川銀河の円盤部にある分子雲中に発見された、「野良ブラックホール」の通過によって形成された可能性が指摘されている秒速約120kmの超高速度分子ガス成分「Bullet」について詳細な電波観測を行った結果、その周囲に8つの高速成分「Petit-Bullets」を新たに発見し、これらの空間分布および速度構造を解析した結果、Petit-BulletsはBulletと共通の起源を持つと考えられ、単一の天体ではなく、複数の点状重力源が集団として分子雲に突入した可能性が示されたと発表した。
同成果は、慶大大学院 理工学研究科の蒔田桃子大学院生、同・大学 理工学部 物理学科の岡 朋治教授、同・大学院 理工学研究科の辻本志保大学院生(研究当時)、同・小谷竜也大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米国天文学会が刊行する天体物理学を扱う学術誌の速報版「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
英語で弾丸を意味する語が名付けられたBulletは、直径約2光年というコンパクトな領域に収まった超高速度ガス成分で、天の川銀河の回転方向とは完全に逆行しながら、秒速約120kmにも及ぶ異常に広い速度幅を持つ。これは音速に換算するとマッハ約353に達し、最速のライフル弾の120倍以上という驚異的な速度である。太陽から離脱した探査機の中で最速級のボイジャー1号(秒速約17km)と比較しても、その圧倒的な速度が際立つ。
また、Bulletの質量は太陽の約7.5倍、ガスの膨張速度と大きさから算出される年齢は5000~8000年と見積もられている。運動エネルギーは1048erg(1041J)に達し、これは太陽(約2×1030kg)が、天の川銀河内を公転(秒速約220km)する際の運動エネルギーの約2倍に相当する。こうした巨大なエネルギーは、超新星爆発など、これまでに確認されている既知の天体現象では説明が困難なものとされてきた。
天体がどの領域において、どの速度で運動しているのかを視覚的に理解するために用いられる「位置-速度空間」は、天体やガスの「天球面上での位置」と「視線方向の速度」を同時に表した概念図のことである。この位置-速度空間において、Bulletは明瞭な「Y字型」構造を示すことも大きな特徴だ。
こうした観測結果から、Bulletは、伴星を持たずに単独で浮遊する「野良ブラックホール」が分子雲の高密度層に突入し、重力で引き寄せられたガスが加速されることによって形成された可能性が指摘されてきた。そこで研究チームは今回、アルマ望遠鏡を用いてBulletが存在する領域を高い空間分解能で観測したという。
その結果、Bullet周辺に新たに8つの超高速度分子ガス成分を発見し、「Petit-Bullets」と命名された。Petit-Bulletsはいずれも空間的に非常にコンパクトで、位置-速度図において「V字型」の広い速度構造が確認された。この特徴は、主成分であるBulletが示す「Y字型」構造とよく似ており、共通の形成過程を持つことを示唆しているとした。
これらの空間分布と速度構造を詳しく解析した結果、ガスを駆動したのは単一の天体ではなく、複数の点状重力源が集団として分子雲に高速で突入した可能性が高いことが判明。Petit-Bulletsの速度分散から推定される質量スケールは、典型的な球状星団と同程度となる。なお球状星団とは、数万~数百万個の恒星が、強い重力で球状に集まった天体集団のことをいう(太陽質量の数万~数百万倍)。天の川銀河の周囲にも多数が存在している。
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アルマ望遠鏡による一酸化炭素(CO)スペクトル線の積分強度分布(a)。中央は、既知の超高速度分子ガス成分「Bullet」の位置。マゼンタ色の×印は、今回発見された8つの高速成分「Petit-Bullets」の位置。黒矢印は、(a)の周囲に配置された位置-速度図(b~f)を作成した銀経・銀緯の位置が示されている。(b~f)銀経・銀緯ごとのCOスペクトル線強度の銀緯-速度図。色の違いはガスの分布を、速度方向の広がりはガスが非常に高速で運動していることが示されている。これらの図から、8つのPetit-Bulletsが共通して示す「V字型」の広い速度構造が確認された。(出所:慶大プレスリリースPDF)A@アルマ望遠鏡による一酸化炭素(CO)スペクトル線の積分強度分布
一方、Bulletの主成分については、ガスの運動量保存に基づく質量下限の推定により、単独のブラックホールによって形成された可能性が高いことが示された。これらの結果は、ブラックホールを含む高速天体集団が分子雲と相互作用した痕跡を初めて捉えた観測例といえるとした。
今回の成果は、銀河内に潜む見えない天体集団の探索に新たな手法を提案すると共に、天の川銀河内に数多く存在すると考えられている恒星級の単独ブラックホールの分布や、銀河進化の理解に重要な示唆を与えるものとする。
研究チームは今後もアルマ望遠鏡を駆使し、より高密度なガスを追跡する分子輝線観測を行い、Petit-Bullets内部の速度構造やガスの物理状態を詳細に解析する予定とした。これにより、各高速成分の運動方向や形成過程をより厳密に制約できることが期待されるという。
さらに、近赤外線による深い撮像観測を行うことで、Petit-Bulletsに対応する恒星や星団の直接検出も試みるとした。これが実現すれば、高速で運動する重力天体が分子雲に突入することで特異な分子ガス構造が形成されるというシナリオを観測的に検証できるだけでなく、分子ガスの運動を手がかりとして見えない重力天体を探る新たな手法としての有効性を確立することに寄与するとしている。
