東京大学(東大)は2月9日、月表面におけるH2O(水分子)の生成メカニズムについて、月の土壌粒子内部に存在する「空隙」という微細構造に着目した分子動力学シミュレーションを行い、太陽風の照射によって陽子(水素イオン/水素原子核)が月の土壌中の酸素と結合することで水が生成される新たな仕組みを提案したことを発表した。

  • 月土壌粒子内の「空隙」が効率的な水分子形成の場となっている可能性が判明

    シミュレーションにより、月の土壌粒子内にある直径数nmから数十nmの「空隙」が、効率的なH2O形成の場となっている可能性が判明した。(出所:東大Webサイト)

同成果は、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の庄司大悟特任研究員によるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

太陽風に起因する新たな水生成メカニズムを解明

月面は極めて高い真空状態にあり、日中は約120℃、夜間は約-170℃と300℃近い激しい温度変化にさらされる過酷な環境だ。そのため、かつては完全に乾燥した天体と考えられていたが、近年では、南極のクレーター内にある永久影などに、氷の形で水が存在する可能性が繰り返し指摘されている。実際、複数の探査機による観測では、H2Oまたは「OH」(単独で存在する場合はヒドロキシラジカル、他の分子中に存在している場合はヒドロキシ基(水酸基))の存在を示すシグナルが検出されてきた。ただし、現在のリモートセンシング技術では、両者の区別は困難であり、月面における水の正確な形態や分布の全容は依然として謎に包まれている。

月における水の起源については、マグマ中に含まれていた可能性や、隕石・彗星による外部供給など複数の説があるが、中でも有力視されているのが太陽風に含まれる陽子の関与だ。月の土壌を構成する鉱物には酸素原子が含まれており、そこへ降り注いだ陽子が土壌中で減速・静止して酸素と結合することで、まずOHが形成されると考えられている。

しかし、H2Oを生成するには、1つの酸素原子に対して2つの水素原子が結合しなければならない。単に陽子が降り注ぐだけでは、H2Oの生成効率は極めて低いからだ。そのため、太陽風でOHが形成されたところに、さらに微小隕石が衝突することで反応を促進する説や、OHが表面へ拡散して互いに結合してH2Oになる説などが提唱されてきたが、決定的な結論には到っていなかった。

こうした背景の下、庄司特任研究員は今回、月の土壌粒子内に存在する直径数nmから数十nmの微小な「空隙」に、H2O分子が多く集まっているという近年の分析結果に着目。減速した水素原子が空隙付近に近づいた際の挙動を分析するため、分子動力学シミュレーションを用いて詳細な反応プロセスを検証したという。

原子が存在しない空間である空隙の壁面には、「ダングリングボンド」と呼ばれる、結合相手のいない不安定な電子を持つ酸素原子が露出している。このダングリングボンドは科学的な反応性が非常に高く、粒子内に侵入した水素原子を強力に捕捉する性質を持つ。その結果、空隙の壁面では他の領域に比べて水中が集中的にトラップされ、局所的に個数密度の高いOHが形成される現象が起きる。

通常、OHの酸素にさらなる水素原子が結合してH2Oとなる頻度は極めて低いと見積もられてきた。しかし、空隙壁面のようにOHが密集する特殊な環境下では、2つ目の水素と結合する確率が向上する。これにより、外部からの特殊エネルギー供給がなくとも、効率的な水分子の生成が可能になるという。

月の主要鉱物である「斜長石」を模したシミュレーションの結果、月での数日間(地球でのおよそ数か月)に掃討する太陽風照射によって、空隙周辺には重量比で数%に達する多量のH2O分子が形成されることが判明した。これは、微小隕石衝突などのプロセスを経ずとも、土壌粒子内の空隙という「場」が機能することで、十分な量のH2Oが生み出され得ることが示されている。一方で、月面の粒子内にこうした空隙が形成される具体的な過程については、今後のさらなる研究が必要とした。

  • 空隙壁面での水分子形成プロセス

    斜長石(アノーサイト)を想定したシミュレーションによる空隙壁面でのH2O形成プロセス。赤が酸素原子、青が水素原子、灰色がケイ素原子、緑がカルシウム原子、黄色がアルミニウム原子を表す。(a・b)ダングリングボンドを持つ壁面の酸素原子に減速された水素原子が近づくと、水素がトラップされOHが形成される。(c・d)空隙壁面にOHが密集することで、2つ目の水素原子がトラップされる結合確率が上がり、H2Oが形成される量も増える。(出所:東大Webサイト)

また、粒子中の空隙には、壁面の一部が外部に開通しているものと、内部に完全に閉じているものの2種類が存在することが観測されている。外部に開いた空隙の壁面で形成されたH2Oは粒子外へ脱出しやすく、最終的に極域などの低温地域へ運ばれて氷として凝縮する可能性がある。対照的に、閉じられた空隙内のH2Oはその場に長期間留まるため、空隙の構造によってはH2Oの輸送プロセスや保存状態が変化することが示唆されるとした。

  • 空隙の構造による水分子の挙動の違い

    空隙の構造によるH2O分子の挙動の違い。閉じた空隙内で形成されたH2Oは粒子内に留まり、サンプル分析で観測されたH2やH2Oはこれらの分子と考えられるとした。一方、開いた空隙で形成されたH2Oは粒子外に放出され、低温領域で氷として凝縮する可能性があるという。(出所:東大Webサイト)

月における水の存在形態は、将来の有人探査において現地資源を利用する上で極めて重要な要素となる。今回の結果は、「月の水」がどこで生まれ、どのように蓄積・移動するのかという循環メカニズムの理解を大きく前進させるものだとする研究チームは、将来の有人探査や月面基地建設における水資源確保の戦略立案にも直接的に寄与することが期待されるとしている。