東京大学(東大)と東北大学の両者は2月3日、複数の火星探査機の観測データを用いて、これまで南半球の夏に主に起こると考えられてきた「高高度での水蒸気増大」が、季節外れの北半球の夏にも生じることを発見し、水が宇宙へ逃げる新たな経路を見出したと共同で発表した。
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火星における静穏時(左)と砂嵐時(右)の比較概念図。静穏時は大気温度が低く、水蒸気が雲(氷)になりやすいため上空へ達しないが、砂嵐時は大気が加熱されて雲が押し上げられ、水が宇宙空間へ散逸しやすくなる。(出所:共同プレスリリースPDF)
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科のアドリアン・ブリネスJSPS外国人特別研究員、同・青木翔平講師(東北大大学院 理学研究科 地球物理学専攻 准教授兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の地球・環境・惑星科学を扱う学術誌「Communications Earth & Environment」に掲載された。
水が宇宙へと逃げる新たな経路が明らかに
火星の歴史は大きく4つに区分される。約45億年前の誕生期から約41億年前までは、「プレ・ノキアス紀」と通称で呼ばれ、次いで「ノキアス紀」(約41億年前~約37億年前)、「ヘスペリアン紀」(約37億年前~約30億年前)、「アマゾニアン紀」(約30億年前~現在)と続く。このうち、ノキアス紀は現在の地球のように大気が厚く比較的温暖な環境であり、地表に液体の水が安定して存在していたと考えられている。事実、火星表面には当時の河川や湖、海などの痕跡が間も鮮明に残されていることはよく知られている。
火星は小型のために早い段階で内部まで固まってしまったため、地球のような磁場が失われ、その結果、太陽風による大気の剥ぎ取りが進み、環境は劇的な変化を遂げた。巨大火山が集中し、火山活動が活発化したヘスペリアン紀には、急激な寒冷化と乾燥化が進行。依然として大規模な洪水などの一時的な水活動はあったものの、水は徐々に宇宙へと散逸、あるいは地下へと消失していったとされる。そしてアマゾニアン紀に入り、現在のような地球の約1/100という極めて薄い大気に包まれた、寒冷で乾燥した惑星になったという。しかし、この“水の消失過程”の詳細にはまだ多くの謎が残されている。
近年の観測から、火星の南半球の夏を迎える時期には、温暖な大気と豊富な暖かい砂塵(ダスト)の影響で水蒸気が雲(氷)として凝結しにくく、高高度まで到達しやすいことがわかってきた。このように上層に達した水は、太陽紫外線によって酸素と水素に光解離し、とりわけ質量の軽い水素原子が宇宙へと逃げ出すことで、火星から水が失われると考えられている。
そこで研究チームは今回、欧州宇宙機関(ESA)とロシア宇宙公社(ロスコスモス)の共同プロジェクト「エクソマーズ」の火星周回探査機「トレース・ガス・オービター」(TGO)など、複数の火星探査機の観測データを活用し、火星における水の挙動と気象現象の相関について、詳細な追跡調査を行ったという。
まずTGOの観測データを解析したところ、従来の定説を覆し、北半球の夏においても高高度で水蒸気が増大する現象が発見された。さらに、複数の火星探査機が取得したダスト量や大気温度、上層での水素原子量などの多角的なデータを突き合わせた検証を実施したところ、火星年37年(2023年8月21日・22日)に発生した「ロケット・ダストストーム」と呼ばれる強く局所的で短時間だけ存在する砂嵐が、その引き金となっていたことが判明した。なお、「火星年」とは西暦1955年4月11日の火星の春分を起点とした研究用カレンダーであり、現在は火星年38年である(2024年11月12日~2026年9月29日)。
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火星年35年(左:2019年3月23日~2021年2月6日)と、同37年(右)の北半球夏における水蒸気組成比の緯度-高度分布。TGOの赤外分光装置「NOMAD」の取得データの解析から得られた。火星年37年では、局所的な砂嵐の影響で、高緯度の中層大気において水蒸気が顕著に増大している。(出所:共同プレスリリースPDF)
その解析によって、砂嵐で巻き上げられたダストは太陽光を吸収し、周囲の大気を一時的に加熱する性質を持つことがわかった。この加熱によって水蒸気の凝結が抑制されるため、通常な氷の雲となって停滞する水が、水蒸気のままより高高度まで到達しやすくなることが明らかにされた。実際、嵐の発生から数日後には、北半球高緯度域において下層大気の上限に近い高度40kmを超える領域で水蒸気濃度の増加が観測された。続いて、外気圏の下端付近から宇宙へ逃げる水素の増加も検出された。これは、局地的な砂嵐が水の宇宙散逸を直接的に促進した決定的な証拠といえるという。
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2023年8月に火星で発生した局所的な砂嵐。米国航空宇宙局(NASA)の探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」の撮像装置「MARCI」により、異なる波長(437、546、604nm)で捉えられた画像を合成して作成された。(出所:共同プレスリリースPDF)
なお、火星の大気は下層(地表~約50km)、中層(約50km~約100km)、上層は(約100km~約150km)、外気圏(約150km以上)の4層構造を成す。各層の境界は、日射エネルギーによる気温変動などの影響を受けて絶えず上下動している。
これまで、火星における顕著な水散逸の増大は、全球規模の大規模砂嵐に伴うものと考えられてきた。しかし今回の研究により、より規模の小さい局地砂嵐であっても同様のプロセスが働き、季節を問わず水が失われ得る可能性が示された。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)主導の火星衛星探査計画「MMX」は2026年度の打ち上げを控えており、火星探査は新たな局面を迎えつつある。MMXは、衛星フォボスからのサンプルリターンに加え、もう1つの衛星であるダイモスや、火星とその周辺空間を観測することによる、火星大気の物質循環や水の散逸プロセスなどの解明も目指している。そのためこうした近い将来の観測を通じ、局所的な砂嵐の発生メカニズムや頻度を詳しく調べることで、火星における水消失の全容解明に迫ることが期待できるとしている。