山形県上山市のシンボルとして親しまれている「上山城(かみのやまじょう)郷土資料館」は、城郭の外観を持った地域歴史資料館として1982年に建築され、歴史資料を中心に、美術など上山市に関する幅広い分野の資料が展示されている。
同資料館では、近年増加するインバウンド観光客への対応を目的に、NTT東日本グループと連携した「多言語ガイドシステム」の本格運用を2025年8月から開始した。
歴史的建造物としての景観や展示環境を損なうことなく、外国人来館者の理解度と満足度を高める同館の取り組みは、地方文化施設におけるインバウンド対応の一つのモデルケースとなっている。
年間約4万5,000人が訪れ、インバウンド比率は約1割に
上山城郷土資料館は、年間約4万4,000~5,000人が訪れる観光施設だ。近年は外国人観光客の来館が増加しており、その割合は全体の約10%に達している。特に台湾からの来館者が多いが、その背景には山形空港と台湾を結ぶチャーター便があるという。
外国人観光客は、まず「城」という外観に惹かれて立ち寄るケースが多い。冬季には雪景色に包まれた城の姿を目的に訪れる人も少なくない。また、刀や鎧といった展示物は、海外でも「サムライ文化」として知られており、強い関心を持って来館する観光客も多い。
「伝えたいが、十分に伝えられない」が課題
一方で、多言語ガイドシステムを導入する前は、外国人来館者への十分な情報提供が難しい状況にあった。コーナーごとに概要をまとめた簡単な英語による説明はあったものの、展示物一つ一つの詳細な解説までは用意できていなかった。
学芸員として資料の収集・保存、展示のほか、来館者への紹介まで幅広く担当する上山城郷土資料館 業務係 主任 長南伸治(ちょうなん・しんじ)氏は、「細かな質問を受けても、できる範囲での対応になり、十分に説明しきれず、相手を納得させられない場面が多かったと思います」と、当時を振り返る。文化的・歴史的背景を丁寧に伝えたいという思いがある一方で、言語の壁が大きな課題となっていた。
NTT東日本グループとの連携でアプリ不要の「多言語ガイドシステム」を導入
こうした課題を解決するため、上山市役所からの紹介をきっかけに、NTT東日本グループとの協業がスタートした。ちょうど、資料館にWi-Fiを導入する計画があり、NTT東日本の社員が打ち合わせに訪れた時期が、インバウンド対応の強化を検討していたタイミングと重なった。そこで、NTT東日本グループ会社であるNTT ArtTechnologyが、北海道の似鳥美術館に導入した実績があった「多言語ガイドシステム」を提案した。
採用された多言語ガイドシステムの最大の特徴は、「アプリのダウンロードが不要」な点だ。来館者は入口に設置されたQRコードを読み取り、Webサイトにアクセスするだけで翻訳された説明文を読むことができる。
利用者は言語を選択後、館内の展示物の番号を入力すると、該当する展示物の解説がスマートフォンやタブレットに表示される仕組みとなっている。
対応言語は日本語、英語、中国語(繁体字)の3言語だ。音声ガイドではなく、文字情報を中心とした構成とし、展示物を見ながら自分のペースで読み進められる点を重視した。
また、同システムは既存のサーバ環境を活用して構築されており、導入後の運用コストがほとんどかからない点も大きなメリットとなっている。展示内容の変更があった場合でも、館内スタッフ自身が対応できるため、業者に依頼せずに運用することが可能だ。
「今回のシステムのポイントは、Webブラウザで見られること、運用コストがかからないことの2点だと思います。利用者がアプリをインストールする必要があると手間になるので、その煩わしさをなくしました。QRコードを読めばサイトに飛んで、すぐに翻訳された説明文を読めるため、手軽に利用できるシステムになっています」と説明するのは、文化芸術のデジタル化を担当するNTT ArtTechnology デジタルアート推進事業部の小笠原茉穗氏だ。
翻訳対象となった展示物は、実物展示や壁面解説を含めて約354点に及ぶ。館内展示の90%以上が多言語で閲覧可能となり、情報量の面でも大きな改善が図られた。
日本語の原文は長南氏が作成し、翻訳はNTT ArtTechnologyが担当した。台湾からの来館者が多いことを踏まえ、地域の観光物産協会の協力を得て、台湾出身者による最終チェックも行った。こうした丁寧なプロセスにより、文化的ニュアンスを損なわない翻訳を実現している。
外国人来館者の「滞在の質」が向上
導入後は、スマートフォンを片手に展示をじっくり読み込む外国人来館者の姿が目立つようになった。QRコードを読み取って積極的に情報を取得する様子からも、展示品の理解度や満足度の向上が感じられるという。
「使い勝手が悪いと導入しても使ってもらえない可能性がありますが、使い勝手のいいシステムを作っていただけたと思います。外国の方がスマートフォンを見ながら見学している姿をよく見かけますので、明らかに見学者の満足度は上がったと思います」」(長南氏)
多言語ガイドシステムの導入に合わせ、館内のWi-Fi環境の整備も行われたことで、通信環境にストレスを感じることなく利用できる点も評価されている。
「高速Wi-Fiを利用できることは、観光客にとって当たり前だと認識しています。インバウンドの方が多言語翻訳システムを使っている姿をよく見ますので、導入して良かったというのが率直な感想です」と、上山城郷土資料館 事務局長 横戸隆(よこと・たかし)氏は語る。
高速で安定したWi-Fiは、今や観光地にとって「当たり前」のインフラであり、インバウンド対応の基盤として欠かせない存在となっている。
上山城郷土資料館は城の形状をしており構造が特殊なため、Wi-Fi設置の際は、NTT東日本が電波状況を調査しながら工事を行ったという。
教育利用や音声展開へ拡張
本稿執筆時点でも、文字情報を中心とした現行システムで十分に効果を発揮しているが、今後の展開として、音声対応やデータ活用といったさらなる利便性の向上も検討されている。
「せっかく文字テキストがあるので、AIを活用すれば、音声で伝えられると思います。この辺りのシステム拡張をNTT ArtTechnologyさんに期待しています」(横戸氏)
また、文字情報は繰り返し読むことができるため、外国人観光客だけでなく、日本の子どもたちの調べ学習や教育利用にも活用できる点が大きな魅力だ。文化財を「見る」だけでなく、「理解する」体験へと昇華させる仕組みとして、今後の活用範囲の拡大が期待される。








