2026年になって早々、トランプ米大統領は中国系企業「HieFo」(ハイフォー)に対し、米航空関連部品大手「EMCORE」(エムコア)から買収した半導体事業の売却を命じる大統領令に署名した。
これは、単なる一企業の買収劇の破綻ではない。それは、米国が長年かけて構築してきた「国家安全保障のための経済封鎖」という精緻なシステムが、今まさに牙を剥いていることを象徴する出来事だ。
なぜトランプ氏は、一度完了したはずの民間取引を“遡って”無効化するという決断に至ったのか。その背景には、対中包囲網を維持するための「制度化」された仕組みが存在する。
逆転の売却命令:CFIUSという名の「番人」
今回の売却命令の根拠となったのは、「対米外国投資委員会」(CFIUS:シフィウス)による審査である。CFIUSは、外国企業による米国企業への投資が「国家安全保障に与える影響」を調査する権限を持つ。
特筆すべきは、今回のハイフォーによる買収が2024年4月に一度完了していた点だ。通常、契約が成立し資産が移転すれば、取引は確定する。しかし、米国の制度上、CFIUSへの届け出を怠った取引、あるいは審査の結果“重大な脅威”と見なされた案件については、大統領の権限で取引禁止や強制的な事業売却を命じることができる。
トランプ氏が署名した大統領令は、ハイフォーが中国政府の支配下、あるいは中国国籍の個人によって実質的にコントロールされていると断定した。エムコアの半導体事業が扱う技術、特にインジウムリン(InP)関連のウェハー設計や加工技術は、航空宇宙や防衛分野においてきわめて重要な価値を持つ。こうした「戦略的資産」が中国側に流出することは、米国の軍事優位性を根底から揺るがしかねない、というのがホワイトハウスの理屈だ。
(編注:EMCOREは現地時間1月5日付の声明で、同社はこの大統領令発令には関与しておらず、「関連する政府機関と完全に協力しており、すべての規制を遵守する」とコメント。事業運営は通常通り継続する、としている)
制度化された「対中締め付け」の正体
今回の措置が「突発的なトランプ氏の気まぐれ」ではないことは、バイデン前政権から続く法整備の流れを見れば明らかだ。米国では、2018年に成立した「外国投資リスク審査現代化法」(FIRRMA)により、CFIUSの権限が大幅に強化された。さらに2024年から2025年にかけては、対外投資規制(アウトバウンド投資規制)の導入や、重要技術に関する輸出管理の厳格化が矢継ぎ早に行われてきた。
つまり、トランプ氏が今回の大統領令を繰り出したのは、あらかじめ用意された「制度という名のレール」の上を走ったに過ぎない。米国は今や、ハイテク分野において「中国とのデカップリング」(切り離し)を、スローガンから“法的制度”へと昇華させている。一度システムに組み込まれた規制は、政権が交代しても容易には揺るがない。今回のハイフォーへの売却命令は、その強固なシステムが正常に作動した結果、歴史の濁流に飲み込まれた事例と言えるだろう。
経済安全保障が最優先される新時代
ハイフォーは今後180日以内に、手に入れたはずの資産を第三者に売却しなければならない。この180日間という猶予も、制度に基づいた厳格な手続きの一部である。今回の件が示す教訓は、米国市場で活動する、あるいは米国の技術を扱う企業にとって、「中国との関係性」がビジネス上の最大のリスク要因となったことだ。
かつて自由貿易の旗手であった米国は、今や国家安全保障を盾に、民間取引にまで直接介入する「経済安全保障の監視者」へと変貌を遂げた。ハイフォーとエムコアの事例は、米中対立が法制化・制度化された構造的な問題であることを改めて世界に知らしめた。今後、半導体やAI、航空宇宙といった重要分野において、中国資本が米国の技術にアクセスする道は、この「制度の壁」によって徹底的に封鎖され続けることになるだろう。