金沢大学などでつくる共同研究グループは、産後の母親のメンタルヘルスの不調、いわゆる「産後うつ」を、母親の唾液オキシトシン(OT)から予測できる可能性があるという研究成果を発表。将来的に、自宅で採った唾液サンプルを用いて母親自身が不調に気付き、必要なサポートを主体的に受けることが期待される、としている。
共同研究グループは、金沢大学医薬保健研究域保健学系の南香奈助教、子どものこころの発達研究センターの辻知陽特任助教、東田陽博特任教授(研究当時)らで構成。この研究成果は、国際学術誌「Frontiers in Endocrinology」オンライン版に12月17日に掲載されている。
産後うつは、産後の母親の約10~20%で発症するとされる。発症の原因解明には至っていないが、神経伝達物質や内分泌の変調、周囲のサポート不足といった環境因子などが複雑に絡み合っていると考えられている。
産後の母親がこれを発症すると、抑うつ気分(涙もろさ・悲しみ・無力感など)や不安、意欲の低下、睡眠障害、食欲低下、自尊心の低下といった症状が2週間以上続くなど長期化し、育児や子どもの健康にも深刻な影響を及ぼす。
なお、国内の約9割の自治体では、リスクのある母親の早期発見に向け、世界60カ国以上で使われている「エジンバラ産後うつ自己評価票」(EPDS)という評価尺度を用いた産後うつのスクリーニングを導入している。
研究グループは、国内では発症を疑い支援を行う基準(9点以上)に満たない、つまり9点未満の母親のメンタルヘルスについては注視されていないほか、質問紙への回答は母親の主観に委ねられるため、生物学的な指標と合わせて検証していく必要があると指摘している。
これまでの先行研究において、産後うつはOT basalレベルとの間に関連があるとの報告が見られるものの、母親の情動刺激に対するOTの反応性に着目した十分な知見はなかったとのこと。
今回、研究グループは、乳児に関連した特異的刺激によるOTの分泌反応と、母親のメンタルヘルスとの関連を検証。OT濃度は血液サンプルではなく、唾液サンプルを用いて検証しており、グループでは「血液と唾液を同時に採取した結果、血中OTより唾液OTの方がより情動の変化を捉えることが明らか」だと説明している。なおOT(オキシトシン)とは、母性行動を助長する神経ペプチドホルモンのことを指す。
この研究では、産後うつの診断を受けていない、健康な産後1年以内の母親を対象とし、授乳や子どもとの直接的な触れ合い・子どもの動画視聴といった“乳児関連刺激”に対する唾液OT濃度の変動と、産後うつ・不安・ストレス・子どもへの愛着といったメンタルヘルス指標との関連を検証した。
その結果、授乳前と比べて、授乳中の唾液OT濃度の変動倍率と、産後うつ自己評価票(EPDS)、および状態不安(STAI-state)の尺度得点との間に、有意な負の相関を認めたとのこと。
また、EPDS 5点未満の母親では授乳中の唾液OT濃度が有意に上昇したのに対し、EPDS 5点以上の母親では有意な濃度変化を認めなかったとしている。
このOT反応性の差異は、子どもとの直接的な触れ合いや、子どもの動画視聴の刺激においても同様の結果が認められるとのこと。
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授乳による母親の唾液OT濃度の変動。産後1カ月から12カ月までの授乳を行っている母親61名において、授乳中に唾液OTの有意な上昇を認めた。一方で、唾液OTが上昇しない母親がいることも分かり(青色プロット)、その8割以上がEPDS 5点以上であった。
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授乳による母親の唾液OT 濃度の変動(EPDS 5点で分類)。上図の結果を受け、EPDS 5点で分類し分析をした結果、EPDS 5点未満の母親は授乳中に唾液OTが有意に上昇したのに対し、EPDS 5点以上の母親は有意差を認めなかった。
このように、健康な母親においては、乳児からの刺激による唾液OTの反応が、産後うつの症状や状態不安と有意に関連していることを発見。特に産後うつ症状に関しては、EPDSの5点を境に、OTの反応性に明確な差異があることが分かったという。
研究グループはこの成果について、「産後の母親のメンタルヘルスの脆弱性と、OT分泌機能の変調との関連を示唆している。これらの知見から、目に見えない産後の母親のこころの不調を、生物学的な指標で客観的に捉える可能性が期待される」としている。今後はどの時期の母親にこの反応が起こるのか(時期特異性)を検証する必要があるとのこと。また、授乳を行っていない母親を対象とした研究も継続する予定としている。

