AI-RAN活用に向けたシミュレーションツールセットの提供を開始

キーサイト・テクノロジーは12月18日、同社の6Gへの取り組みに関する説明会を開催し、AI-RANシミュレーションツールセット「S6221A」を活用した6G開発ならびに運用に向けた提案を行った。

携帯電話の通信規格として5Gの普及が進む中、3GPPでは2025年3月に開催されたワークショップ以降、標準化に向けた活動が本格的に動き出し、ITU-Rでも要求条件に関する議論が進められるようになるなど、実現に向けた具体的な動きが加速しつつある。タイムライン的には、最初の公式的な技術仕様は2029年3月に確定する予定で、2030年に最初の何らかの商用展開が始まることが期待されている。しかし、その前の2028年に米国ロスアンゼルスで開催される夏季五輪で、何らかの取り組みが披露されるというコンセンサスが業界内にあるという。

  • 6Gロードマップ

    6Gのロードマップ。2030年以降の商用展開に向けて徐々に仕様の策定に向けた動きが加速しつつある (資料提供:キーサイト。以下すべてのスライド同様)

そうした6Gの実現に向けた取り組みの1つとして、日本が中心になって動いている技術が、AIを無線アクセスネットワーク(RAN)に統合する次世代アーキテクチャ「AI-RAN」の研究開発である。Keysight TechnologiesのVice President/General ManagerであるGiampaolo Tardioli氏は、「AIは6Gのキラーアプリになる」と説明する。背景には、6Gが継続的に新しいデータを必要とすることが挙げられ、そうした新しいデータを生成し続ける最良の方法が、位置情報に加え、アップロードや共有されるコンテンツに関する情報、ユーザーの好みなどを同時に利用できるモバイル端末が生み出すデータを取り込み続けることにあるという。

  • Keysight TechnologiesのVice President/General ManagerであるGiampaolo Tardioli氏

    Keysight TechnologiesのVice President/General ManagerであるGiampaolo Tardioli氏

「こうした進化により、携帯端末はネットワークインフラや通信システムという役割に加え、周辺環境を感知できるセンサとしての役割も担うようになる」(同)という。こうして生み出されるデータは、ネットワークの最適化に活用されるのみならず、ユーザーには利便性を提供する形で返されることとなるが、そのためにはエッジのAIエンジンの活用が必要となる。

これらの仕組みはまだ現実的なものへと落とし込まれているわけではなく、研究開発の途上にある。そのため、さまざまな周波数や帯域、基地局同士の相互運用性の確保など、さまざまな未知なる領域を開拓していく必要がある。そのためには、エコシステムが形成され、複数のパートーナーやベンダが協力して、相互運用性をはじめとするソリューションを試すことができるオープンなラボ(テストベッド)を構築することが必要となってくる。

  • キーサイトがパートナーを結び付けてエコシステムを形成

    まだ仕様が定まっていない未知の技術を生み出すために、さまざまな計測ができるソリューションを有するキーサイトがパートナーを結び付けてエコシステムを形成する手助けを推進しているという

これを実際の物理空間で構築しようとすると、さまざまな意味で莫大なコストが必要となる。そこでAI/機械学習(ML)とデジタルツインを活用したソリューションを活用することで、そうした課題の解決を図る必要があると同氏はシミュレーションの重要性を強調する。

デジタルツインのシミュレーション空間の基盤となるS6221A

すでに同社は、先行する形で2025年3月にデジタルツインによる電波シミュレーション環境「RaySim(レイシム)」を開発し、MWC2025にてデモを公開している。RaySimはレイトレーシングを活用して、3Dマップなどの情報をもとにして作られた現実そっくりのデジタルツインの仮想空間上にてモバイルネットワークを構築。特定の位置や時間帯での電波の反射や回析などの影響を実世界と同じように検証することを可能とするツールだが、そのベースとなるデジタルツインのシミュレーション空間を構築するために活用されるのがAI-RANシミュレーションツールセット「S6221A」だという。

  • Balaji Raghothaman氏

    KeysightのChief Technologist-6GであるBalaji Raghothaman氏

同社Chief Technologist-6GのBalaji Raghothaman氏は、「AIとRANの関係性には3つの柱が存在する」という。1つ目は「AI for RAN」で、これまで無線エンジニアや通信エンジニアがネットワークにおけるAIについて話す時に想定していたもので、スペクトル効率やコスト、無線アクセスネットワーク自体に実際に関連するさまざまな要素の観点から、ネットワークパフォーマンスをAI/MLを活用してどのように向上できるかというものとなる。

2つ目は「AI and RAN」で、データセンターやコンピューティングサーバなどを活用、もしくは通信側のコンピューティング基盤において、RANとは直接関係のないAI処理やソフトウェアの処理と、無線通信の信号処理を同じシステム上で行おうというものであり、「AI関連のコンピューティングニーズと無線アクセスネットワーク関連のコンピューティングニーズの両方に対応しようという観点のものとなる」(同)とするほか、「すでに4Gや5Gで、無線信号処理の多くの部分がソフトウェア化されており、現在ではあらゆるサーバに配置可能なソフトウェア仮想化コンポーネントは膨大な数になっている。そうしたモデルを6Gに移行できれば、より多くの付加価値を生み出すことができるという認識が広がりつつある」(同)と、コンピューティングパワーの有効活用にもつながるとする。

そして3つ目が「AI on RAN」であり、基地局にAI処理能力を持たせ、近くのユーザーやデバイスへ低遅延でサービスを提供するものとなる。それにより「AIが膨大な量の新しいタイプのトラフィックを生み出すことになる。それがどういったタイプのトラフィックになるかは未知数だが、すでにAI推論関連のトラフィックは存在しており、これが世代が進むにつれて爆発的に増加すること自体は割けることができない事実」(同)だとする。

  • AI-RANの3つの柱

    AI-RANの3つの柱

  • AI-RANのエコシステム

    AI-RANのエコシステム

S6221Aは、これらの中でもAI for RANに焦点を据えたツール。「ベンダー間のAIをシームレスに連携したり、機能性を最大限に高めたいといったニーズが常に存在しているのが無線通信の世界。しかも6Gになれば、携帯電話という形だけではなく、AI機能を備えたXRグラスのようなフットプリントが非常に小さいデバイスなども考慮する必要がある。そのため、あらゆる効率を最大化することが求められる」(同)わけであり、それを実現するために、AI-RANのソリューションワークフローである「データマネジメント」「モデルの学習と評価」「ベンチマークと説明可能性」の3つすべてに対応している。

  • キーサイトのAI-RANソリューションのワークフロー

    キーサイトのAI-RANソリューションのワークフロー

また、そこで用いられるデータはデジタルツインとして現実世界から取り込んだものであっても、エミュレートされたテストベッドから生み出されたものを取り込んだものであっても対応できる。「つまり、我々のシミュレーションツールセットにはデジタルツインも、エミュレートされたテストベッドも含まれており、取り込んだデータをデータストレージエンジンに保存でき、かつ公開されている主要なストレージアーキテクチャやデータレイクアーキテクチャもサポート済みで、これらの中にはNVIDIA Aerial Data Lakeのようなアーキテクチャも含まれ、それらを相互運用することができる」とするほか、実際のデータ管理プロセスにおいても、変換やノイズの注入などの方法を含めてデータを拡張することが可能であるともする。「ここで重要なのは、AIプラットフォームやこれらのモジュールは、単なる汎用的なMLオペレーションモジュールではなく、RANに特有のドメイン要素とユースケース特有の要素も含まれているという点にある。サポートするユースケースが増えるにつれて、それらのユースケース特有の要素がこれらのモジュールに追加されることとなる。いわゆるモデル管理エンジンであり、それを活用することで、モデルの作成から保存、カタログ化、データセットの保存とラベル付け、ワークフロー内を移動するデータセットの追跡、モデルのトレーニングに使用されたデータセットの識別、リンクの作成などを行うことができるようになる。さらに、ベンチマークとしてパフォーマンスのテストも可能である」と、一連のすべての作業をシミュレーション上で実施できるとするほか、GUIでの利用に加えて、スクリプトベースの自動化にも対応するとしている。

  • AI-RANシミュレーションツールセットの概要

    AI-RANシミュレーションツールセットの概要

なお、同社では6GとAIは密接な関係で組み合わさり、技術の進化の過程で、ネットワーク内の多くの機能が次々にAIに置き換えられていくとの予想を示す。「すべてを完全に標準化してしまうとイノベーションが失われてしまうという課題が生じる。イノベーションを失わないために、どのように相互に連携をすれば良いのかという問題がでてくる。相互運用性を確保するために標準化を進める必要がある一方で、イノベーションを可能にして実際に価値を付加することで競合よりも優れた6Gネットワークソリューションであることを示すことが求められることとなる」と、より付加価値の高いネットワークソリューションを実現していくためには、より技術同士の相互連携を可能にしていく必要があり、そのためには同社の計測装置などをリアルな空間で活用して物理現象を理解しつつ、デジタル空間上でその結果との比較を高速に行うことが求められることとなる。そういった意味では、同社はデジタルツインを推進しつつ、実世界でのさまざまな測定ニーズに対応できる計測ソリューションについても積極的に展開していくとしており、研究機関やコンソーシアムなどと協力して、今後もそうした求められる計測ソリューションの提供を推進していくとしている。

  • AI-RANシミュレーションツールセットら

    AI-RANシミュレーションツールセットのデータの流れのイメージ

S6221Aは現在、PC上で動作するが(レイトレーシングなども行うため)かなりのコンピューティングパフォーマンスが必要なため、将来的にはクラウドでの提供も検討していくとしている。また、最初のソリューション提供ということで、「High Scale」「High Fidelity」「Module Validation」という3つのモードのうち、High Scaleモードを中心としたユースケースの対応を増やしていくことを目指していくとしている。

  • AI-RANシミュレーションツールセットの方向性

    AI-RANシミュレーションツールセットの方向性は大きく3つ。このうち、まずはHigh Scaleモードにフォーカスし、対応するユースケースを増やしていくことを目指すとする

  • 実際の街中をデジタルツイン上で再現

    実際の街中をデジタルツイン上で再現し、基地局と端末との通信を日時などを変えて行うことが可能。PC上で動作可能なソフトとして提供されるが、相当なパフォーマンスを有するGPUを積む必要などがあり、高性能なPCでないと処理にかなり時間がかかるという話であった