慶應義塾大学(慶大)は12月4日、アルマ望遠鏡による、天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」7年間分の公開データの電波強度を解析した結果、降着円盤の傾斜角が約172°と制約され、地球からはいて座A*を「ほぼ真下から」観測していることが判明したと発表した。
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(a)アルマ望遠鏡が取得した2015年~2022年のいて座A*の光度曲線。観測のギャップを取り除き、周期的な変動が検出された部分が色分けされている。(b)2021年7月22日に得られた非常に鮮明な正弦波振動。色の違いは観測周波数で、赤:229.5GHz、緑:231.2GHz、青:231.9GHz、シアン:232.6GHzを示す。(c)ホットスポットモデルの模式図。左は降着円盤を真上から、右は横から見たもの。赤い点がホットスポット、LoSは観測者の視線方向を示す(出所:慶大プレスリリースPDF)
同成果は、慶大大学院 理工学研究科の柳澤一輝大学院生、慶大 理工学部 物理学科の岡朋治教授、慶大大学院 理工学研究科の有山諒大学院生(研究当時)、同・栁原一輝大学院生(研究当時)、国立天文台 水沢VLBI観測所の岩田悠平助教、東京工業高等専門学校 一般教育科の高橋幹弥助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
ホットスポットによる変動から解明
21世紀初頭、いて座A*でフレアに伴う「準周期的変動」が初めて報告された。準周期的変動とは、一般的にX線連星などで検出される、周期が徐々に変化する周期的変動のことである。その発生メカニズムとして、「ホットスポット(加熱されたガスの塊)」モデルを始めとするさまざまなモデルが提唱されていた。
その後、2018年に赤外線観測中にいて座A*の周囲を回転するホットスポットが実際に観測され、さらに2020年にはミリ波帯(周波数約30~300GHzの電波)での周期的変動が報告された。こうした状況を受け、研究チームは今回、ミリ波帯の周期的変動とホットスポットの運動の関係を確かめ、周期的変動メカニズムの解明を目指したという。
今回の研究は、まずアルマ望遠鏡が観測したいて座A*の公開データの解析から始まった。その結果、約52分周期の非常に鮮明な正弦波的変動の検出に成功。この変動は、いて座A*からわずか0.3天文単位(約4500万km)という、太陽系なら太陽~水星間の平均距離よりも短い距離を、光速の約3分の1という高速度で周回するホットスポットによる「相対論的ドップラービーミング」で生じていると解釈された。相対論的ドップラービーミングとは、光速に近い速度(相対論効果が現れる速度)を持つ放射源が観測者の方向に運動する際に、その放射が明るく観測される効果のことである。
大質量ブラックホールの赤道上空には、重力に引き寄せられたガスが光速に近い極めて高速度で回転する降着円盤が存在する。今回の解析の結果、いて座A*の降着円盤の傾斜角は172°と導き出された。これは、地球からはいて座A*をほぼ真下から見ていることを意味する。
なお「真下から」とは、いて座A*の回転軸に対する視線方向がほぼ一致しているという、幾何学的な意味を示す。一般に、天体は自転軸の両極のうち、上空から見下ろした時に自転方向が反時計回りに見える側が「北極」と定義されており、またその北極側が「上」と定義されているなる。今回の解析では、地球からはいて座A*の降着円盤の回転方向が時計回りに見えるため、南極側(下)、それもかなり自転軸に近い角度で見えていることになる。
ちなみに、銀河中心の大質量ブラックホールの降着円盤の傾斜角度、つまりその自転軸の傾きと、属する銀河の円盤面の角度が一致しないことは、多くの銀河で見られる一般的な状態だ。銀河の星々が大質量ブラックホールを中心に公転しているのは事実だが、中心域の一部を回る星を除き、大半の星は光年単位の極めて遠方を公転する(たとえば太陽なら、中心からの距離は2万7000光年)。これは、太陽系においても、8つの惑星はほぼ太陽の赤道面上を公転しているが、海王星よりも外側の太陽の重力が弱くなってくる領域では、冥王星のように軌道傾斜角の大きい天体が増えるのと同様の現象といえる。いくら強大な重力を持つ大質量ブラックホールといえど、降着円盤と同じ角度で円盤面の角度をそろえることはできないのである。
今回の成果について研究チームは、大質量ブラックホールの周囲の構造やそこで起きる相対論的な物質の運動を直接とらえた貴重な観測的証拠だ。ブラックホールの物理を理解する上での大きな一歩となるとする。
さらに今回の成果は、いて座A*における多波長での統一的な光度変動モデルの検証と、幾何学的構造の高精度化の契機になるといい、今回得られた高精度な値を用いることで、一般相対性理論を用いたシミュレーションの精度が向上する可能性もあるとした。
研究チームは今後、いて座A*の長時間・高頻度の観測を目指す予定とする。この観測が実現すれば、短期的な周期性の発生・進化・消失を捉えることができ、ガスがブラックホールを周回しながら吸い込まれていく様子を観測できることも期待されることから、これらの研究を進めることで、ブラックホールの降着現象の理解に大きく寄与するだろうとしている。
