東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は12月1日、Kavli IPMUも参加する「宇宙マイクロ波背景放射」(CMB)の偏光の観測を目的とした宇宙望遠鏡「LiteBIRD(ライトバード)」計画が、2025年9月に宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所での進捗確認(Key Decision Point#2=KDP2)を受け、その前進が認められたと発表した。
また、LiteBIRDグループでは役割の再編が行われ、2025年10月にKavli IPMUの松村知岳准教授が責任研究者、同・石野宏和 客員上級科学研究員(岡山大学 教授兼任)が副責任研究員に就任したことなども併せて発表された。
宇宙はビッグバンから始まったとされており、その重要な証拠とされるのがCMBである。宇宙は極めて高い温度から宇宙膨張と共に徐々に冷えていった。初期は、陽子や中性子が存在できないほどの高温で、それらを構成するクォークすらバラバラな「クォーク・グルーオン・プラズマ」の状態だったとされる。
その後、陽子や中性子が存在できるようになったが、まだ高温のため、原子核(水素の原子核である陽子、ヘリウムの原子核であるα粒子など)と電子がバラバラなプラズマ状態が長く続いた。そして宇宙誕生から約38万年後、宇宙が冷えたことで原子核が電子を捕獲できるようになり、水素やヘリウムが誕生した(極めて小数だがリチウムも生成されたと考えられている)。
宇宙全体が高温のプラズマ状態の時、光は直進できなかった。しかし、原子核が電子を捕獲したこの「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれるイベントの発生によって、宇宙は暗闇に包まれると共に、光が直進できるようになった。この最初の光は、約138億年という長い時間の宇宙膨張により波長を引き伸ばされ、現在では電波領域のマイクロ波となって、あらゆる方向から地球に届く。それこそがCMBである。CMBは、宇宙が高温でまだプラズマ状態だった時の残光であり、それゆえ、ビッグバンの強力な証拠とされる。
これまでの数多くの宇宙観測により、ビッグバン宇宙論は確立されている。しかし、宇宙がプラズマ状態だった時の光は地球に届かないため、その「宇宙の晴れ上がり」イベントよりも以前を電磁波で観測することは不可能とされてきた。だが、CMBを詳細に観測することで、約38万年前よりも古い時代の証拠を確認できる可能性があるという。
宇宙はビッグバンから始まったと述べたが、正確には「ビッグバンまでは宇宙の歴史が観測で確かめられている」ということだ。多くの研究者は、宇宙誕生直後にビッグバンを生じさせた物理現象があったと考えている。それが宇宙が急膨張したとする「インフレーション」であり、これこそがCMBに痕跡を残した可能性がある現象だ。LiteBIRDは、佐藤勝彦博士とアラン・グース博士が1980年代の同時期に独立して唱えたこの仮説を検証し、その詳細を解明することが使命となる。
インフレーションがCMBに残した痕跡とは、「原始重力波」によるものだ。インフレーション宇宙論では、「原子よりも小さかった宇宙が、次の瞬間には天の川銀河のサイズにまで急拡大した」などと例えられる。この極めて急激な宇宙の大膨張の際、時空の振動により原始重力波は生じた。この重力波は、CMBの偏光パターンに特殊な渦状の偏光である「原始重力波Bモード」を刻むとされる。LiteBIRDの具体的な探索内容は、このBモードを探すことだ。この痕跡の発見は、インフレーションの重要な証拠の1つとなる。
このメインミッションに加え、LiteBIRDは全天の精密偏光観測により、以下のような成果も期待されている。宇宙で最初に耀き出した第一世代の星々「ファーストスター」を探索するための「宇宙の再電離」の調査、宇宙の重力源(重力レンズ)の地図製作、宇宙のプラズマの地図製作、天の川銀河からの偏光放射などの精密観測だ。
LiteBIRDには広視野のミリ波偏光望遠鏡が搭載され、3年間の観測が行われる。約4000個の超伝導検出器を用い、さらに熱雑音源となる望遠鏡内壁を絶対温度5K(約-268℃)まで冷却することで、高感度観測を実現する。加えて、12の周波数帯域で観測を行うことにより、CMBと天の川銀河からの偏光放射を区別する仕組みだ。
この計画は、JAXA主導の下、フランス、イタリアなどの欧州各国、カナダの宇宙開発機関・研究機関と共に、検討が進められている国際計画だ。国内では、岡山大学なども参画し、2030年代の打ち上げを目指して開発が進められている。Kavli IPMUでは、引き続き科学成果の創出に向けた国際ハブとなり、これまで積み上げてきた観測装置の開発や、シミュレーション・データ解析センターの実現に向けて邁進していくとしている。
