宇宙空間から地球上を見守る地球観測衛星は、ミッションの目的や用途に応じてさまざまな形状にデザインされている。その中でも、米国とインドの宇宙機関が手を組んだミッション「NISAR」の衛星は、地球の表面の変化をセンチメートル単位で調べるために、丸く平べったいカゴのような大型アンテナ反射器を備えており、かなりユニークな見た目をしている。

  • 軌道上のNISARのイメージ。直径12mのレーダーアンテナリフレクターを使い、地球の表面の変化に関する情報を収集する (C)NASA/JPL-Caltech

    軌道上のNISARのイメージ。直径12mのレーダーアンテナリフレクターを使い、地球の表面の変化に関する情報を収集する (C)NASA/JPL-Caltech

そんなNISARの機体には、長年にわたり宇宙向けに信頼性を高めたコンピューティング技術開発を手掛けてきたAMDの半導体技術が盛り込まれているという。今回、AMDのスペース・システム・アーキテクトであるKenneth O’Neill氏にメールインタビューを試みる機会を得たので、ここで紹介しよう。

  • AMD Versal AI Edge XQR Series

    AMD Versal AI Edge XQR Series

NISARはどんな地球観測ミッションなのか

まずはNISARの概要をかんたんに見ておこう。NASA(米航空宇宙局)とISRO(インド宇宙研究機関)による共同ミッションで、「NASA-ISRO Synthetic Aperture Radar」の頭文字を取ってNISARと名付けられている。

  • NISARのCGイメージ (C)NASA/JPL-Caltech

    NISARのCGイメージ (C)NASA/JPL-Caltech

最大の特徴は、NASAのミッションで打ち上げられた中で最も高度なレーダーシステムを搭載している点にある。雲や森林の樹冠層を透過できるLバンドと、同様に雲を透過できるが、より軽い植生や雪中の水分に対する感度が高いSバンドという、ふたつの異なるレーダー周波数の合成開口レーダー(SAR)システムを使って、センチメートル単位という高解像度で地球上のさまざまな変化を測定していく。ちなみに前者の担当はNASAで、後者がISROだ。

  • NISARを構成する各種装置 (C)NASA/JPL-Caltech

    NISARを構成する各種装置 (C)NASA/JPL-Caltech

NISARから得られるデータには、地球の生態系や氷床、植生、海面、自然災害の変化を観測し、災害対応やインフラ監視、農業管理など、さまざまな分野の意思決定者に実用的な情報を提供することが期待されている。

7月にインドから打ち上げられたNISARは、8月にはNASAのミッションとして最大級となる直径12m、重量64kgというアンテナ反射器の展開に成功し、地球表面の最初のレーダー画像を取得したことを発表済みだ。9月中旬には高度747kmの運用軌道を行う軌道に移行しており、11月から科学観測フェーズを開始することになっている。

  • 8月21日に撮影された、NISARのLバンドレーダーからの画像。米メイン州のマウントデザート島が写っており、緑は森林、マゼンタは裸の地面や建物などの硬い表面や規則正しい表面を示す。島の北東端にあるマゼンタ地域はバーハーバーの町 (C)NASA/JPL-Caltech

    8月21日に撮影された、NISARのLバンドレーダーからの画像。米メイン州のマウントデザート島が写っており、緑は森林、マゼンタは裸の地面や建物などの硬い表面や規則正しい表面を示す。島の北東端にあるマゼンタ地域はバーハーバーの町 (C)NASA/JPL-Caltech

「はやぶさ2」にも携わったケン・オニール氏の横顔

次に、メールインタビューに応じたKenneth O’Neill(ケン・オニール)氏の人物像を紹介しよう。

現在、AMDのSpace Architect(スペースアーキテクト)という立場で製品開発に携わるかたわら、顧客や業界パートナーなど社外との連携においても重要な役割を担っているというO’Neill氏。これまで宇宙産業を支援する分野で約25年の経験があり、3年前にAMDへ入社する前は、宇宙対応の製品に注力する他の半導体企業で勤務していたという。

  • Kenneth O’Neill(ケン・オニール)氏

    Kenneth O’Neill(ケン・オニール)氏

O’Neill氏は、「これまでは“非常に高価なカスタムデバイス”でしか実現できなかったアプリケーションを可能にする、高度な再プログラム可能な宇宙グレードのデジタル製品の開発に携わってきた」と述べ、その事例をふたつ紹介している。

「一例として、NASAの火星探査車にコンピュータービジョンとAIを導入したことが挙げられる。探査車は過酷な環境下での自律走行や、生命の痕跡を探すための岩石や土壌サンプルの収集・調査・処理を実現した。もうひとつの例は、低軌道通信コンステレーション向け再構成可能ペイロードプロセッサだ。これにより、従来のセルラー通信や有線通信が利用できない地域からでも、大容量データ通信が可能になった」(O’Neill氏、以下同)

ちなみにO’Neill氏は、AMD以外では、今回のNISARミッションで手を組んだNASAやISROのほか、ESA(欧州宇宙機関)、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が運用する民間・科学分野の宇宙ミッションに携わってきたこともあるといい、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡や、冥王星探査機「ニューホライズンズ」、そして小惑星サンプルリターンミッション「はやぶさ2」などを代表的な例として挙げている。

地球観測衛星を支えるAMDのテクノロジー

ロケットや人工衛星、探査機の活躍といった“目に見える部分”は華々しく報じられ、人々の耳目も集めやすいが、そうした華々しさを支えるテクノロジーやデバイスの詳細が伝わってくることは少なく、興味を持つ人も限られている。それでも、そうした話題を深掘りできるはめったに訪れない。貴重な機会ということで、O’Neill氏にはAMDがカバーする領域を含めて、いろいろたずねてみることにした。

まずNISARには、AMDのどのようなデバイスや技術が盛り込まれていて、どんな役割を果たしているのだろうか?

O’Neill氏によると、「(NISARでは)打ち上げ後でも制限なく再プログラム可能な、AMDのアダプティブデバイスを活用している。AMDのデバイスは、地上局に送信する前のレーダーデータの処理や圧縮に使われている」とのこと。NISARミッションにおける衛星データ取得のキーデバイスとして、AMD製品が活用されているわけだ。

高性能なSAR衛星は、雲を透過して地表や海洋といった地球上の様子を、高い解像度の画像として取得できるのが強みだ。そのためには膨大なデータが生成されるはずだが、衛星と地上をつなぐ通信帯域の幅は限られており、そのまま衛星から地上へデータをおろす(ダウンリンク)わけにはいかない。

そこで、地球観測衛星のSARデータを軌道上でオンボード処理し、画像化する技術が各所で採用されている。AMDも同様の技術を持っており、「効率的なデータ送信のためにFPGA(Field Programmable Gate Array)やアダプティブSoC(System on a Chip)を活用している」とO’Neill氏は説明。ダウンリンク前にデータのリアルタイム圧縮や操作を実現しており、送信されるデータ量を大幅に削減することで、限られた帯域幅に最適化しているのだという。センサーの解像度が向上し続ける中でも、衛星運用における長年のボトルネック解消に取り組んでいるのだ。

  • AMD Kintex Ultrascale XQR

    AMD Kintex Ultrascale XQR

そしてもうひとつ大事なのが、衛星のプログラムを軌道上で書き換えられる点にある。

「AMDは、宇宙飛行ミッションを支援するために、複数世代にわたるFPGAおよびアダプティブSoCを提供しており、それぞれに固有の利点がある。たとえば、最新製品の『AMD XQR VersalアダプティブSoC』は、アプリケーションプロセッサ、リアルタイムプロセッサ、ベクトルプロセッサ、DSPブロック、従来型FPGAプログラマブルロジックなどを含む異種コンピューティング・アーキテクチャを採用している」

このSoCではさまざまな計算リソースを用意しており、たとえばビームフォーミングを効率的に実行するならベクトルプロセッサ、Linuxを実行するにはアプリケーションプロセッサ、というように、特定のミッション要件に最適なプロセッシングエレメントを柔軟に選べるのが特徴だという。

宇宙向けのFPGAやアダプティブSoCはいずれも、機体の開発から軌道上での運用時にいたるまで、プログラムの書き換えに対応しており、衛星運用者はリモートセンシングや通信アプリケーションにおいて、打ち上げ後でもアルゴリズムを変更できるのも強みだと説明している。

そうしたプログラムの書き換えが必要になるシチュエーションについて、O’Neill氏は「たとえば合成開口レーダー(SAR)衛星では、新たな画像取得要件への対応や、地上セグメントの制約変化に応じたデータスループットの最適化のために、ソフトウェアの調整がしばしば必要になる」と述べている。

  • NISARが8月23日に撮影した、米ノースダコタ州北東部のフォレスト川に隣接する土地の様子。明るい色の湿地と森林が川岸に並んでおり、画像全体の円形と長方形のプロットは、土地が牧草地またはトウモロコシや大豆のある農地である可能性があることを示す色合いで表示されている (C)NASA/JPL-Caltech

    NISARが8月23日に撮影した、米ノースダコタ州北東部のフォレスト川に隣接する土地の様子。明るい色の湿地と森林が川岸に並んでおり、画像全体の円形と長方形のプロットは、土地が牧草地またはトウモロコシや大豆のある農地である可能性があることを示す色合いで表示されている (C)NASA/JPL-Caltech

軌道上に打ち上げられた衛星のプログラムに何か変更を加えたい場合、遠隔でそれを書き換えて再び展開できるようになれば、衛星運用者はミッション寿命を延ばし、投資収益率を高められ、科学チームや運用チーム双方のニーズに動的に対応できるようになる。

「打ち上げ後に衛星を再プログラムすることは、特にミッションパラメータが変化したり、軌道上で予期しない状況が発生した場合に、重要な柔軟性をもたらす。多くの場合、展開後に観測された実際の状況に基づいて、オンボードアルゴリズムを改良したり、予期しない動作を修正したり、システム全体の性能を向上させるためのアップデートが必要になる。また、科学的目標や環境入力の変化に対応するために、センサーのロジックを再構成したり、新しい機械学習モデルをアップロードしたりする必要が生じることもある」

ちなみに、FPGAやアダプティブSoCの再プログラムに必要となるデータサイズはどの程度なのだろうか?

O’Neill氏は、再プログラムに必要なデータ量は、デバイスの容量や統合プロセッサ用の実行コードが含まれるかどうかによって異なる、と前置きした上で「FPGA単体の場合、再プログラムには数十メガビットから数百メガビットのデータが必要となる。プロセッサ用の実行コードを更新する場合は、メガビットからギガビットの範囲になることもある」と説明している。

衛星のプログラムの書き換え頻度はさほどひんぱんには発生しないとしても、それなりに大きなデータサイズになることが分かる。AMDでは実際に衛星の再プログラムを行う前に、地上側で動作テストや検証が行えるようにフルツールスイートを提供。また、サードパーティベンダーの追加ツールを活用することもできるとしている。

衛星に搭載されるAIエンジンの役割

宇宙機向けの半導体デバイスにも、機械学習技術は組み込まれている。AMDの宇宙向け製品群は、衛星内でのデータ処理やAI推論を可能にすることで、飛行中においても“かつてないレベルの再構成性”を提供し、過酷な宇宙環境下でのミッションの更新や継続的な開発を可能にしているという。

「XQRシリーズには、オンボード処理ペイロードアプリケーションをサポートするためのAIエンジンが搭載されている。システムロジックセル、オンボードSRAM、マルチギガビットトランシーバ帯域幅の大幅な強化により、リアルタイム解析、異常検知などの高度なベクトルベースアルゴリズムや高速信号処理が実現されている」

  • AMD Versal AI Edge Space Grade

    AMD Versal AI Edge Space Grade

こうした機械学習技術は、先に述べたような観測データのオンボード処理だけでなく、衛星自身の状態監視や姿勢制御などにも利用されているそうだ。

「宇宙における機械学習の応用例のひとつとして、リカレントニューラルネットワーク(RNN)、特に長短期記憶(LSTM)モデルを用いたテレメトリアノマリ検出がある。これらは、電圧・電流や温度、機械的ストレス、磁場レベルなど、重要だが変化の遅い宇宙機パラメータの監視に使用される」

「これまで、このようなテレメトリデータは地上にダウンリンクされ、地上で解析されていた。(機械学習技術を盛り込んだ)衛星は、オンボードの機械学習により、パラメータが臨界値を超える前に異常なパターンをリアルタイムで検出できるようになり、オペレーターは障害が深刻化する前に、予防的な対応を取れるようになる」

O’Neill氏によると、外部パートナーとのデモンストレーションでは、AMD最小クラスの7nmアダプティブSoCのひとつにLSTMベースのモデルを実装し、コンパクトなハードウェアでも実用的なAI推論が可能であることを実証したとのこと。

異常検知機能を直接搭載すれば、衛星運用者はミッション寿命を延ばし、リスクを低減できるようになる。そうした実用的なメリットだけでなく、O’Neill氏は「衛星のさらなる自律化への道筋も示している」とも付け加えた。

過酷な宇宙空間、半導体に求められる対策とは

宇宙機の開発に関心を寄せる人であれば、過酷な宇宙空間でどのようにミッションを遂行させるか、どのような対策をとるべきなのか、考慮すべきさまざまな問題がすぐに頭の中をよぎることだろう。

その重要性は、O’Neill氏の「衛星の製造は非常に複雑で高コストであり、その宇宙機に搭載する電子部品が最高水準で認定されていることを確実にしたいはずだ」という言葉にも表れている。

「AMDの宇宙グレードのFPGAやアダプティブSoCは、低軌道(LEO)から静止軌道(GEO)、地球-月間軌道、さらには深宇宙軌道に至るまで、宇宙で遭遇する電離放射線に十分な耐性を備えている。米国国防総省が宇宙グレードチップ向けに定めた仕様であるMIL-PRF-38535規格に適合しており、高放射線や真空、極端な温度環境下における信頼性がテストされ、実証されていることを意味する」

そうした性能と信頼性の両立にあたり、AMDの宇宙グレード部品は、放射線耐性に優れた特性を持つ商用シリコンを基盤として採用。さらに技術や個々の製造ユニットの厳格な認定、試験、スクリーニングによって他社製品との差別化を図っていることも強調した。

また、AMDでは三重化モジュール冗長(TMR)などのフォールトトレラント設計手法をサポートしており、システムの制約やミッションの重要度に応じて、単一のFPGA内または複数デバイス間で実装できることもアピールしている。