東京科学大学(科学大)と科学技術振興機構(JST)の両者は11月19日、「ナトリウム(Na)イオン電池」(SIB)の高エネルギー密度化に資するハードカーボン(HC)負極内でのNaクラスター形成とNaイオン拡散に関する新たな機構を、分子動力学計算で実証したと共同で発表した。
同成果は、科学大 総合研究院 化学生命科学研究所の館山佳尚教授、同・林哲安研究員らの研究チームによるもの。詳細は、発電やエネルギーの変換・貯蔵などの材料を扱う学術誌「Advanced Energy Materials」に掲載された。
炭素負極内のNaクラスタ形成に新機構を提唱
商用化が進むSIBは汎用元素を用いるため、リチウムイオン電池(LIB)のような資源制約のない次世代電池の1つだ。しかし、一般にLIBよりも低い定格電圧や電極材料の容量不足などから、エネルギー密度が不十分という課題がある。
そうした中、標準的な負極材料のHCの容量を1.5倍以上にする技術が開発された。HC負極の充放電曲線のプラトー領域で主要となるナノ孔が、容量増加に関わると想定された。しかし別の研究では、適切なサイズのナノ孔にナトリウムの準金属クラスターが効率的に形成されることで起こる可能性も示唆された。つまり、ナノ孔内でのナトリウムのクラスター形成様式や、ナノ孔へのNaイオンの到達様式などが未解明であり、高エネルギー密度化のためのHC負極の設計指針が未確立なことが、SIB普及のボトルネックの1つとなっていた。
そこで研究チームは今回、HC内のナノ孔のシンプルなモデルを構築し、高精度な密度汎関数理論(DFT)に基づく電子状態計算を用いた分子動力学シミュレーション(DFT-MD)を実施。これにより、ナノ孔でのNaクラスター形成機構とNaイオン拡散機構の解明を目指したという。
まず、ナノ孔モデルとして、平行に並べたカーボン層(C層)に欠陥などを導入した原子構造が構築された。続いて、ナノ孔内にさまざまな量のNaイオンを導入し、徐々に集まるNaイオンの平衡位置がシミュレートした結果、従来の想定であるNaイオンがC層上に二次元シート状に吸着するという挙動とは異なり、早い段階で三次元的なクラスター形状へと成長モードが変化することが示された。
さらに詳細な解析の結果、その変化過程でNaイオンへの電子移動が進み、Naイオン同士の引力相互作用が強化され、最終的に準金属的なクラスターが形成されるという新たな機構が確認された。また、Naイオン貯蔵に最適なナノ孔径は、実験データとよく合致する1.5nmであることも示された。
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(上段)HCナノ孔モデル(C224)にNaイオンを4、9、18、36個挿入した際の、Naイオンの電荷(横軸)とz方向(C層積層方向)の平衡位置の分布(縦軸)。(下段)計算から導き出されるHCナノ孔内でのNaクラスターの形成機構(出所:科学大Webサイト)
次に、Naクラスター形成時のNaイオン供給に関わる、HC内でのNaイオンの拡散性が評価された。その結果、C層に欠陥で部分的にトラップされても、Naイオンの自己拡散係数は約10-5cm2/sの高い値であると導き出された。しかし、これは従来の実験で得られていた約10-11cm2/sよりも5~6桁も高い。したがって実際のHCでは、今回のモデルとはまったく異なる構造がNaイオンの拡散性を支配していることが間接的に実証された。その構造を探るべくさらに解析した結果、C層間隔の遷移部分でNaイオンの拡散が阻害される兆候が示された。
その兆候の実証のため、C層間隔がより大きく変化し、かつ分岐や結合を伴うHCモデルが構築された。ただし、従来のDFT-MDでは扱えないサイズのため、新たに「ユニバーサルニューラルネットワークポテンシャル」(UNNP)に基づくMDシミュレーション(UNNP-MD)が実施された。その結果、C層の分岐や結合などのボトルネックを伴う方向では、Naイオン自己拡散係数の著しい低下が判明した。一方、Naイオン量を増加させることでボトルネックが解消し、拡散性が向上する可能性があることも解明された。
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(左)C層分岐・結合モデルにNaイオン数34、68、84を挿入した際のUNPP-MDにおける平均二乗変位(MSD)。この傾きは自己拡散係数に相当。(右)C層結合部分に生じるNaイオン拡散のボトルネックの模式図(出所:科学大Webサイト)
以上の結果から、HCバルク中でのC層間隔の急激な変化が、Naイオン拡散を遅延させる主要因の1つであり、ナノ孔やグラファイト状領域では局所的に高い拡散性が維持されていることが理論的に実証された。従って、良好なレート特性まで考慮してHC負極を設計するためには、C層間隔が急激に変化する領域を極力回避することが望ましいという指針が得られた。この高エネルギー密度化に向けた原子・イオンスケールでの機構解明と指針提案は、SIBのさらなる高性能化した電極材料、特に新規HC負極の開発に大きく貢献するものとした。
さらに、今回は計算コストの関係から、大幅に簡略化したHC負極モデルしか扱えなかったという。実物はより複雑な構造で、多様な不純物も内包するため、完全な理解を得るには、より大規模なHC負極モデルによる計算シミュレーションが必要とした。研究チームは今後、計算精度と計算コストを両立させうるUNNPを今回以上に活用し、現実的な不純物を含む大規模HC負極モデルでの解析を行う予定としている。
