ここ数年、世界中の自動車産業を悩ませてきた半導体不足の中、最近になって中国政府がオランダに本社を置く中国資本の半導体メーカー・Nexperia(ネクスペリア、中文表記:安世半導体)に対し、輸出規制を解除する方向で合意したとされる。

ネクスペリアは自動車用半導体、特にパワー半導体の分野で重要な役割を果たしており、今回の動きは世界的な供給混乱の緩和に向けたポジティブな兆候として受け止められている。しかし、この一見純粋な経済的な決定の裏側には、先端半導体をめぐる地政学的な緊張と、中国の巧妙な「圧力調整戦略」が深く関わっている。

  • Nexperiaのニュースリリース <br />(出所:Nexperia公式サイト)

    Nexperiaのニュースリリース
    (出所:Nexperia公式サイト)

“対中包囲網形成”と連動する、中国の「圧力調整戦略」

ネクスペリアは、電子機器の基本的な部品であるディスクリート半導体や、電気自動車(EV)などで需要が高まるパワー半導体の分野で主要なサプライヤーだ。これらの半導体は、自動車の安全システム、エンジン制御、バッテリー管理など、多岐にわたる機能に不可欠であり、世界の自動車生産に大きな影響を与えてきた。

2020年頃から始まった半導体不足は、主に新型コロナウイルスのパンデミックによる需要の急増と供給能力の逼迫によって引き起こされた。その中で、特定の企業や製品に対する輸出規制や貿易摩擦は、すでに不安定な供給網にさらなる打撃を与えてきた。ネクスペリアへの規制もそのひとつであり、自動車メーカーは代替品の確保に奔走し、生産計画の抜本的な見直しを迫られてきた経緯がある。今回の規制解除の動きは、自動車産業界にとって、特に「レガシー半導体」と呼ばれる成熟した技術を用いた半導体の安定供給に向けた、重要な一歩となることが期待される。

しかし、この問題を地政学的観点から捉えることが重要となる。今回の規制解除は、単なる経済的な配慮としてのみならず、先端半導体をめぐる米中間の覇権争いと、その中で欧州が果たす役割という、より大きな地政学的文脈で捉える必要がある。近年、米国は先端半導体技術とサプライチェーンにおける中国の影響力を削ぐため、輸出規制や同盟国との連携による「対中包囲網」の形成を強力に推進している。これに対し、中国政府が最も懸念しているのは、欧州が米国と完全に足並みをそろえ、対中包囲網に参加することである。

欧州は、半導体製造装置大手ASMLを擁するオランダなど、特定の分野で世界的な技術的優位性を持つ国々を抱えている。そのため、中国は、欧州が米国と対中国で協力するのか、それとも一定の距離を置く「戦略的自律」を保つのかをきわめて注意深く注視している。先端半導体をめぐる競争が激化する中、中国は諸外国による対中包囲網形成を最も懸念しており、欧州が米国と対中国で協力するか、もしくは距離を置くかを注視している。欧州が半導体覇権競争で米国と協調すれば欧州への圧力を強め、そうでなければ欧州にかける圧力を弱めるという戦略を維持している。

Nexperia問題の緩和は、欧州への「融和的なシグナル」

今回のネクスペリアへの輸出規制解除の報道は、この戦略の一環として解釈できる。ネクスペリアはオランダ(EU加盟国)の企業であり、中国による規制解除は、欧州への「融和的なシグナル」を送るものと見られる。これは、欧州に対して「米国と組むよりも、中国との経済関係を維持する方が利益になる」というメッセージを送り、対中包囲網への参加をちゅうちょさせる狙いがあると考えられる。中国は、欧州との間に“楔”を打ち込み、米国の対中戦略の足並みを乱すことを意図しているのだ。

自動車向け半導体の供給安定化は経済的に朗報だが、その背景にある地政学的な駆け引きは今後も激しさを増すであろう。欧州は、経済的な利益と、安全保障上の懸念、そして同盟国である米国との関係の間で、困難なバランスを取ることを強いられている。中国の圧力調整戦略は、この欧州のジレンマを巧みに突くものである。今回の輸出規制解除が自動車産業界に一時の安堵をもたらす一方で、世界の半導体サプライチェーンは、今後も米中間の地政学的対立という、より大きな波に翻弄され続けることになると予想される。