はじめに
世界の人口は2050年までに100億人近くに達すると予想されています。生活水準が世界中で向上していることを踏まえると、食料の生産量を70%も増加させなければなりません1。ところが、農業の分野は前例のない課題に直面しています。多くの先進国や発展途上国では農業の分野の労働力が減少しているのです。実際、若い世代は伝統的な農業から距離を置くようになりました。その一方で人件費は上昇し続けています。さらに、気候変動が原因でより深刻な問題が引き起こされています。予測が不可能な気象パターン、土壌の劣化、水不足などは、世界中の農家にとって死活問題です。農業に携わる人や企業は、競争力を維持しつつ、拡大する需要に応えなければなりません。つまり、収穫量を最大化し、廃棄物の量を削減してコストを最適化する必要があります。そのためには、技術の力を最大限に活用しなければならないことは明らかです。
AIや機械学習(ML:Machine Learning)、ロボット工学、IoT(Internet of Things)といった先端技術は農業の分野でも活用できます。さまざまな作業を自動化したスマート農業は、より有用で費用対効果に優れるものになります。スマート農業に移行した農家は、より良い意思決定を行うために、データに基づく洞察を利用できるようになるのです。
スマート農業では、収穫用のロボットや監視用のドローンなどを用いた自動化システムが活用されています。それにより、手作業の負荷が軽減され、農作業の迅速化と効率化が実現されました。農業向けの高精度の技術は、土壌の健全性、種まき、作物の生育の改良にも役立ちます。その結果、単位面積当たりの収穫量が増加します。また、灌漑/施肥用のスマート・システムを導入すれば、水と肥料の無駄を最小限に抑えることも可能になります。このことは、コストの削減と資源の保全につながります。
「慣性センサー」は、上述したようなスマート農業の世界で重要かつ多様な役割を果たします。慣性センサーを使用すれば、加速度、方向、位置に関するリアルタイムのデータを取得できます。それらの情報を活用すれば、自律型/半自律型(自動操舵型)の農業用機器の効率を高められます。また、GPSを活用したIMUは、トラクタ、ロボット、ドローンといった陸上/空中を移動する機器のナビゲーションや操縦、姿勢などの慣性状態の監視に使用されます。その結果、それらの機器は、種まき、耕起、散布を実施するための正確な経路をたどれるようになります。このことは、最終的にはコストの削減と農業の持続可能性の向上につながります。
加えて、慣性センサーは家畜の管理にも使用されます。同センサーを利用すれば動物の動きや行動を追跡できるからです。例えば、動物の群れの活動パターンに異常が生じたとします。慣性センサーを活用すれば、その異常を検出できます。つまり、群れの健全性を監視することが可能になるということです。
さらに、AIをベースとする技術と慣性センサーを組み合わせれば、農業用の機器を対象としてより優れた予知保全を実現できるようになります。その結果、ダウンタイムと保守にかかるコストが削減されます。
MEMSベースのIMU
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の技術は大きく進化しました。それにより、MEMSをベースとするIMU(以下、MEMS IMU)の性能も大きく向上しました。現在、MEMS IMUはスケーラブルな自律走行車(AV:Autonomous Vehicle)のプラットフォームにおいて非常に重要な要素となっています。
多くの場合、MEMS IMUはモーション・コントロール・システムにおけるフィードバック用のセンシング素子として機能します。自律走行車の誘導航法制御(GNC:Guidance Navigation Control)システムや、スマートな農業用機器(散布機、種まき機、シャベル、ブレード)のポインティング制御システムで使われるということです。このような目的で使用される場合、MEMS IMUの性能がシステムの精度に直接影響を及ぼすことになります。
Analog Devices(ADI)の「ADIS16576」はMEMS IMUの最近の例です(図1)。この製品は、機能の統合とセンサーの性能の面で進化を実現したものだと言えます。
性能の面で最も注目すべきこととして、ジャイロ・スコープの振動整流誤差(VRE:Vibration Rectification Error)性能が従来の10倍、加速度センサーのVRE性能が従来の50倍のレベルに改善されています。MEMS IMUの最も基本的な機能は、互いに直交する3軸(ロール、ピッチ、ヨー)の周りの3軸角速度の値を提供することです。それだけでなく、同じ3軸に沿った3軸直線加速度の値も取得できます。加速度センサーは、平均(または静的)角度の推定値を提供します。それに対し、角変位についてはジャイロ・スコープの測定値を積分することでリアルタイムの値が生成されます。
システムのプロセッサは、これら2つの角度の推定値を組み合わせることにより、GNCシステムやポインティング制御システムのフィードバック制御に向けた信頼性の高い情報を生成します。では、それらの機能によってどのくらいの精度が得られるのでしょうか。例えば、4g rmsの振動が生じている場合にVREが1.3mgの加速度センサーを使用すると、GNCのプラットフォームは他のセンシング機能の力を借りることなく0.1°よりも優れた姿勢角を維持することができます。このことは、推力のレベルに応じて振動が変化する可能性がある無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)にとって有用です。
ジャイロ・スコープでは、VREによってバイアスに急激かつ持続的な変化が生じる可能性があります。それによって誤った動き補正が行われてしまうかもしれません。最悪の場合、プラットフォームが不安定な状態に陥るおそれもあります。前世代のMEMS IMUでは、VREの応答は8g rmsの振動の下で300°/時を超えることがありました。それに対し、ADIS16576では12°/時の応答が得られます。そのため、他のセンシング・モダリティによって推定/補正を行う負担が軽減されます。
ADIS16576で改善された非常に重要な機能の1つは、スケーラブルな外部同期が可能になったことです。つまり、ユーザがプログラム可能なクロックのスケーリング機能を備えています。このことから、GPSやビデオ・シンクといったより低速なシステム・レベルのリファレンス信号を用いて、IMUのデータを4000Hzでサンプリングできるようになりました。つまり、PPS(Pulse Per Second)や知覚のセンシングに用いるリファレンス信号をベースとして緊密な連携を実現できます。加えて、より高速なサンプリングを実行して取得したデータを必要とするあらゆるデジタル処理に対応可能です。
図2に示したのは、自律走行車のプラットフォームでADIS16576を使用する場合のシグナル・チェーンです。
この例では、GPSの20Hzのリファレンス信号と200倍のスケーリング・ファクタを使用することで、4000Hzの内部サンプル・レートを生成します(図3)。また、このシステムでは、ADIS16576が内蔵するデシメーション・フィルタを使用することにより、出力データ・レートを1/20(200Hz)に低減しています。農業の現場では、農作物の検査を担うドローンが強風下で稼働するといったより動的な状況も発生するでしょう。そのような場合、システムのプロセッサは安定性と操縦性を確保するために、最高のサンプル・レートでデータを取得して処理を実施する必要があるかもしれません。
超低ノイズ、超低消費電力の慣性センサー
農業分野のIoTシステムでは、重要な機能を提供するものとして慣性センサーが活用されています。その種のシステムは、例えば家畜の位置と生理的な状態を継続的に監視するために使用されます。そのためには、家畜の耳、尾、胴体にタグを装着します。それらのタグは、群れの位置の管理に役立ちます。さらに重要なのは、それらによって、活動状況、給餌時間、呼吸数といった家畜の健康に関する知見が継続的に得られることです。また、心拍数をはじめとするバイタル・サインを追跡可能な機能も実現できます。
家畜の首に、スマートな機能を備える首輪をはめる方法も使われています。その首輪は、畜牛の発情期、反芻、跛行、その他の状態を検出することが可能な貴重なツールとなっています。
上記のようなIoTシステムにおける中核的な要件は消費電力です。大規模な群れを対象とする場合、バッテリ(1次バッテリや2次バッテリ)の保守(交換や充電)は手間のかかる厄介な作業になるからです。この課題に対し、3軸加速度センサー「ADXL366」はこれまでにない機能を提供します。同センサーはレギュレータを内蔵しているので、バッテリに直接接続できるのです。しかも、1.1V~3.6Vの電源電圧に対応可能であり、約1μWの電力で100Hzのモーション・データを提供できます。つまり、コイン型電池の自己放電よりも少ないレベルまで消費電力を抑えられるということです。この加速度センサーを首輪で使用する場合、低消費電力モードと低ノイズ・モードの間をスムーズに移行させながら測定を実施できます。それにより、咀嚼、反芻、呼吸数を十分に区別できる3mg rms~8mg rmsの最小レベルの信号が得られます。
バイタル・サインの監視に適した3軸加速度センサーとしては「ADXL380」が挙げられます。同センサーは、4kHzの帯域幅にわたり従来品と比べて2桁ほど低いノイズ・レベルで動作します。200Hzの帯域幅で公平に比較した場合、同センサーの等価ノイズは0.4mg rmsとなります。このようなS/N比が得られることに加え、このセンサーは帯域幅が広いという特徴も備えています。そのため、このセンサーは心弾動図や呼吸、消化、その他の生理的機能に関連するさまざまな音を通じて心拍数の情報を収集可能な「聴診器」として使用できます。ADXL366とADXL380の主要な仕様を表1にまとめました。
ADXL366は低消費電力であることを特徴とする慣性センサーです。特に、IoTのノードにおいてシステム・レベルのパワー・マネージメント機能を使用できる点が重要です。同センサーは、専用のウェイクアップ・モードを備えています。検出されたモーション・プロファイルに基づいて発行される割り込み信号は、電子システムのパワー・サイクルで利用することが可能です。
図4にADXL366の標準的な使用例を示します。同センサーは、プログラマブルなパラメータを数多く備えているので、所望のモーション・プロファイルに対応して構成できます。最も重要なポイントは、全帯域幅にわたりウェイクアップとサンプリングを利用できることです。この能力は、エイリアシングや誤検出を防止する上で重要な意味を持ちます。ウェイクアップ・モードにおいて、ADXL366の消費電流は180nAという値になります。この機能を活用することで、消費電力の多いセンサーや無線用のコンポーネントなどを動作させる必要がないときには、それらをパワーダウンさせることができます。結果として、センサーのノードの有効寿命を延ばすことが可能になります。
予知保全に最適な慣性センサー
慣性センサーとAIによる分析を組み合わせると、スマート農業における予知保全を進化させられます。農場の規模が大きくなるにつれて、より多くの作物を生産するためには、高額な投資を必要とする機器に頼らざるを得なくなります。それらの機器は、過酷な環境や季節ごとの厳しい条件にさらされながらも、精密に動作するものでなければなりません。
短い植え付け時期や収穫時期に故障が発生すると、財務的な面で深刻な事態に陥る可能性があります。例えば、種まき機や収穫機といった精密な制御機器は、雨、風、ほこり、泥、岩片などが存在する悪条件の下で稼働する必要があります。そうした環境では、振動のアーティファクトの変化を監視することにより、問題の発生を事前に予測できます。その場合、需要のピーク時における生産性への影響を最小限に抑えられるタイミングで保守を実施できる可能性が高まります。機器の振動の解析(家畜のバイタル・サインの監視に類似)を実施すれば、欠陥のあるベアリング、軸のずれ、不均衡、緩み、ギアの故障など、機械的な要素のさまざまな故障とその発生時期を予測することが可能になります。例として、ベアリングの欠けや、完全な球形からの逸脱といった欠陥について考えてみましょう。プラットフォームには、それらの欠陥個所が機器の表面に接触するたびに衝撃が加わります。その結果、基本波の成分と広帯域の成分の両方を含む複雑な振動プロファイルが生成されます。図5に、そうした振動プロファイル(周波数スペクトル)の例を示しました。
予知保全を実施するためには、加速度センサーによって3つの重要なパラメータの値を取得する必要があります。そのためのセンサーは、低ノイズ(早期の予測が可能になる)、広帯域幅(すべてのスペクトル成分の検出と欠陥の分類が可能になる)であることに加え、十分に広い測定範囲を備えていなければなりません。最後の要件は見落とされがちですが、加速度の大きさは周波数の2乗(ω2)に比例します。そのため、高周波成分に対応できないセンサーを使用すると飽和してしまう可能性があります。これら3つの要件に対応する製品としては、3軸に対応するデジタル加速度センサー「ADXL382」が挙げられます。小型パッケージを採用したこの製品は、最大60gのフルスケール範囲、8kHzの帯域幅、55μg/√Hz未満の低ノイズ性能を備えています。
まとめ
農業に自動化などを目的とする技術を導入することは、地球規模の重要な課題に対処することにつながります。つまり、食糧安全保障、労働力の不足、環境保全といった課題が解消される可能性があるということです。農業の分野でAIやロボット、精密な機器といった革新的な技術を活用すれば、効率の向上とコストの削減を図れます。それにより、食糧の生産という面で、より持続可能性の高い未来を築くことが可能になります。このエコシステムにおいて重要な役割を果たすのが慣性センサーです。最も重要なのは、高い適合性と優れた機能を備えるセンサー製品を選択することです。
参考資料
- 「Global Agriculture Towards 2050(2050年に向けた世界の農業)」Food and Agriculture Organization of the United Nations、2009年10月
本記事はAnalog DevicesのTECHNICAL ARTICLE「Smart Farming Revolution: How Inertial Sensing Is Driving Precision and Productivity」を翻訳・改編したものとなります





