有田プロマネが提案した“とんでもないアイデア”

機体把持装置のような支持構造の検討段階で出てきた「さまざまなアイデア」の中には、有田氏が提案したものもあった。

「実は、それがなかなかとんでもないものだったんですよ」と、有田氏は笑って振り返る。

  • JAXA宇宙輸送技術部門 H3プロジェクト・マネージャーの有田誠氏 <br />(2025年5月、JAXA筑波宇宙センターにて編集部撮影)

    JAXA宇宙輸送技術部門 H3プロジェクト・マネージャーの有田誠氏
    (2025年5月、JAXA筑波宇宙センターにて編集部撮影)

有田氏は、機体把持装置のように機体を押さえつけるような仕組みは、「エレガントではない」と感じたという。そこで、高層ビルの制振技術を応用した機構を提案した。

高層ビルには、屋上近くに巨大な重りをバネで保持し、地震の際に揺れに応じて重りが動くことで建物全体の揺れを抑える「チューンド・マス・ダンパー」という装置がある。この技術をロケットに応用し、インタータンク部または段間部(第1段と第2段の間)に着脱式の重りを設置する。重りはバネを介して動き、その結果ロケット本体の揺れを抑える役割を果たす。

シミュレーションや模型作成によって、「いける」という手応えもあったという。しかし、ロケットの質量を考慮すると、揺れを抑えるためには最低でも約2トンの重りが必要であることがわかり、それだけの重りをロケットに付け外しする仕組みや運用は現実的ではなかった。

さらに、この重りを適切な周波数に調整した固有振動数にするためのバネを探す必要もあったが、「なかなか良いものが見つからなかった」という。

結局、有田氏のアイデアは原理的には可能だったものの、こうした運用面やコスト面の制約もあって、最終的には自ら提案を取り下げたという。

もし実現していれば、通常のロケットでは見られないような、異形の外装をまとった機体が姿を現し、やがてそれが取り外されて本来の姿を見せ、そして発射される――まるでロボットが拘束具を脱ぎ捨てて飛び出していくような、印象的な光景になっていただろう。

“縁の下の力持ち”、H3ロケット7号機で初使用へ

機体把持装置は、2024年の時点でML5に設置され、同年5月のH3ロケット5号機の極低温点検で検証が行われる予定だった。しかし、最終段階での調整に時間を要する見込みとなり、実施が見送られたという経緯がある。

このとき判明した課題のひとつが、剛性に関する問題だった。前述のように、設計でとくに重要なのは、機体把持装置とロケットを組み合わせた際の全体の剛性を適切に確保することだった。しかし、複雑な構造と機能をもつ機体把持装置を、既存の発射台に組み込むという都合上、設計や解析だけでは完全に把握しきれない難しさがあった。

また、装置とロケットとのクリアランス(隙間)も問題となった。この点も設計段階で考慮はされていたが、実際に組み上がったあとに調べると、もう少しクリアランスを確保した方が運用上望ましいと判断された。

そこで改修作業が行われたのち、2025年7月のH3ロケット6号機(30形態試験機) 1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)において、機体把持装置の作動確認が実施された。

試験では装置の昇降を3回実施し、ロケットを把持したのちに解除・退避するといった、一連の運用シーケンスが正常に作動することが確認された。

  • H3ロケット6号機CFTにおいて、機体把持装置が動く様子が見られた <br />(C)鳥嶋真也

    H3ロケット6号機CFTにおいて、機体把持装置が動く様子が見られた
    (C)鳥嶋真也

そして、10月26日に予定されているH3ロケット7号機の打ち上げで、初めて実際に使用されることとなった。

機体把持装置は、風の影響を受けやすいH3-22形態およびH3-24形態で主に使用される。とくに7号機で使用されるH3-24形態は、SRB-3を4本装着しているため機体が重く、固有振動数が低くなる。このため、比較的弱い風でも機体が共振しやすく、装置の導入が不可欠とされた。

SRB-3を2本装着するH3-22形態でも、基本的に使用する方針だが、運用実績やデータの蓄積によって、将来的には、たとえば風の弱い条件下では使用しない可能性もあるという。

一方、SRB-3を装着しないH3-30形態では、基本的に機体把持装置は使用しない。

30形態は機体質量が軽く、固有振動数が比較的高いため、通常の運用時に想定される低い風速(平均16m/s)ではカルマン渦による振動と共振しにくく、機体が揺れにくい。さらに30形態の特徴として、発射台下部にある「ホールドダウンシステム」によって発射直前まで機体をしっかり固定していることもあり、機体把持装置を使う必要はない。

  • 機体把持装置の検証が行われたH3ロケット6号機 <br />(C)鳥嶋真也

    機体把持装置の検証が行われたH3ロケット6号機
    (C)鳥嶋真也

H3の打ち上げを支える機体把持装置が、試行錯誤と設計上の難題を乗り越え、ついに完成した。この技術者たちの挑戦と工夫の結晶は、H3のこれからの運用に、安全と信頼をもたらすだろう。

ロケット本体と比べると、決して目立つものではなく、打ち上げ前にはすでに役目を終えて待避している、まさに縁の下の力持ちだ。しかし、そこに込められた技術者たちの努力を知れば、頭の中にかつてテレビで聞いたあの音楽が流れ出し、興奮とともにその一挙手一投足を見守らずにはいられないだろう。