『サンダーバード』や『エヴァンゲリオン』の発進シーンは、世代を問わず胸が高鳴る。巨大な扉やエレベーター、発射装置などの構造物がゆっくりと、しかし力強く動き、主役のメカを送り出す。まるで儀式のようなその一連の動作は、裏方でありながら、ときに主役よりも人を惹きつける魅力を放つ。
日本の主力ロケット「H3」の発射台にも、そんな装置が新たに導入された。「機体把持装置」と呼ばれるこの装置は、ロケットを風による揺れから守るため、まるで巨人の腕のようにしっかりと、しかし優しく支える。そして、不要になれば打ち上げに支障が出ないよう、するりと身を退く。
ロケットを安全、確実に打ち上げるために導入された、この装置の仕組みと意義を解説する。
機体把持装置とは何か
機体把持装置はロケットが地上にある間に、風で生じる揺れ(動揺)を抑えて、安全性を確保するために開発された。
H3は、従来の主力ロケット「H-IIA」よりも機体が大きい。そのため、とくに推進薬が充填されていない状態の機体は、風の影響を受けやすい。
厳密には、単に風に吹かれて揺れるのではなく、やや複雑な現象である「共振」が関係している。共振とは、物体がもつ「固有振動数」と、外からかかる「揺れの周期」が一致したときに、物体の揺れが増幅される現象だ。
H3の場合、地上風によって機体に非線形な共振現象が発生し、ある風速(共振風速)を超えると、機体の動揺が急激に増加する可能性があった。この状態が続くと最悪の場合、ロケットが倒れる危険性もある。
一方で、そんなことは起こらないという意見もあった。こうした現象は、一定の流れで吹いてくる風のときに起こりやすい。しかし、実際の自然の風はきれいには吹かない、だからロケットが倒れるほどにはならない――という理屈だった。
しかし、万が一にもロケットが倒れれば大惨事となり、さらに搭載している人工衛星も含めると、金銭的損失は甚大なものになる。
H3のプロジェクト・マネージャーを務めるJAXAの有田誠氏は、「こうした現象を完全に理解するのは非常に難しいです。『絶対に倒れることはないと言い切れるのか』、『発生確率がゼロだと証明できない限り、対策を講じるべきだ』という議論を経て、機体把持装置の開発を決定しました」と振り返る。
機体把持装置は、H3用の移動発射台(ML5)の、マストと呼ばれる2本の高い鉄塔の間にある。円筒形のロケットを掴むための半円状の部品と、その部品を昇降させるための腕のような部品で構成されている。
普段は腕を下げるような状態で待避しているが、いざロケットを掴むときには、体育の授業などでおなじみの「前へならえ」のように、腕状の部品がロケットの両脇まで上昇する。そして半円状の部品が、手首を内側にひねるように回転し、第1段の中央部(液体酸素タンクと液体水素タンクのつなぎ目)をしっかり抱え込む。
その状態で、移動発射台とロケットはVAB(大型ロケット組立棟)から射点まで移動する。配管接続などの作業を終えたあと、ロケットに推進薬が充填され始める。満タンになるとロケットは重くなり、風の影響をほとんど受けなくなるため、機体把持装置を装着時と逆の手順で外し、腕を下げた状態へ待避する。
駆動機構は、地上設備から供給される油圧によって動く。また、動きを制御するためのスイッチやリレーなどの制御系統は、故障しやすいことから2重故障許容(2FT、2-Fault Tolerance)の設計が採用されている。ただし油圧回路そのものは巨大化を避けることと、また壊れにくいこともあり、冗長化はされていない。
ロケットを把持する部分、すなわち機体に直接触れる部分は、ゴムホースや消防ホースのような、ガス圧をかけて膨らませることで非常に硬くなる部材が使用されている。これによって適度な弾力を持ちながらも、機体の揺れを確実に抑えられるようになっている。
ちなみに、機体把持装置の英語名は「H3 Airframe Jitter Inhibitor」、略して「HAJI」となっており、ちょっとした遊び心が光るユニークな名前になっている。
困難を極めた、機体把持装置の開発
H3はもともと、機体把持装置のような支持構造を取り付けることは想定していなかった。
過去のロケットを振り返ると、H-IIAでは「機体支持装置」という、MLのアンビリカルマストから機体のインタータンク部で支持する装置があった。H-IIBでは、第1段機体の直径が太くなったことによって全体の剛性が上がったため、このような支持構造は不要になった。
H3はH-IIBと同じ機体直径をもつため、当初はH3も支える装置は必要ないのではないか、と考えられていた。しかし、実際にMLと組み合わせて剛性を確認したり、風洞試験で横風を与えたりしたところ、前述した共振現象が起こる可能性があることがわかったという。
そのため、すでに設計・製造済みのMLに、機体把持装置を後付けすることになった。
最も苦労したのは、機体と装置のインタフェースの剛性を適切な値に設定することだったという。剛性が高すぎる、つまり頑丈に造りすぎるとロケットが損傷してしまい、逆に弱すぎると動揺を防止するという本来の目的を果たせない。この難しさは、後述するように装置の開発の遅れにもつながった。
また、ロケットとMLは、移動発射台運搬車(ドーリー)の上に載せて射点まで運ぶが、その積載能力には限界がある。重量の制約がなければ設計の自由度も高くできるが、この制約により装置を過度に重くすることはできなかった。
検討段階ではさまざまなアイデアが出たものの、最終的に現在の形に落ち着いた。
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