広島大学、慶應義塾大学(慶大)、山形大学の3者は9月17日、素粒子物理学における仮説上の素粒子である「アクシオン」と「右巻きニュートリノ」の存在を考えることで、宇宙誕生初期の超高温状態から宇宙膨張で冷却する過程で生じた一次元の欠陥構造「宇宙ひも」が、ねじったり伸ばしたりしても解けない結び目(トポロジー的な結び目)を形成し、それが「量子異常効果」(古典物理学における対称性が量子力学では破れる現象)によって安定して存在することを発見したと共同で発表した。

  • 結び目優勢期を伴った宇宙の歴史の概略図

    結び目優勢期を伴った宇宙の歴史の概略図(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、広島大 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2)の新田宗土特任教授/Visiting Professor(慶大 日吉物理学教室(商学部) 教授/慶大 自然科学研究教育センター(REC for NS)所員兼任)、同・衛藤稔 Affiliate Member(山形大 理学部 教授/慶大 REC for NS 訪問研究員兼任)、ドイツ電子シンクロトロンの濱田佑 日本学術振興会海外特別研究員(慶大 REC for NS 訪問研究員兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

宇宙での物質-反物質の非対称性を説明できる新たな成果

物質を構成する基本粒子や相互作用を記述する「標準理論」は、現代素粒子物理学の極めて優れた理論だ。しかし、ダークマターの正体、ニュートリノの質量、インフレーションの起源、物質・反物質の非対称性など未解決の複数の問題が残されており、まだ改善の余地がある。

その中でも大きな謎が、現在の宇宙が圧倒的に物質優勢である点だ。宇宙誕生直後、物質と反物質は同数生成され、対消滅で何も残らないはずだった。しかし何らかの原因でバランスが崩れ、物質だけが多量に残されたとのこと。この物質と反物質の非対称性は、宇宙が超高温の状態から冷えていく過程で生じた「対称性の自発的破れ」に関係していると推測されている。

標準理論を完成させるため、これまでさまざまな拡張理論が提案されてきた。その1つが、“宇宙ひも”の存在だ。宇宙は誕生直後、極めて高温だったが、宇宙膨張で温度が下がる過程で、物理的対象に備わっていた対称性が自発的破れによって何度も損なわれたと考えられている。宇宙ひもは、その際に生じた可能性のあるひも状(1次元)の位相欠陥であり、氷に例えるならば、綺麗に結晶にならなかった際に生じる割れ目やひずみに相当するものだ。

そこで研究チームは今回、この宇宙ひもに着目。その結果、アクシオンと右巻きニュートリノの存在を仮定することで、宇宙ひもがトポロジー的な結び目を形成し、それが量子異常効果により安定して存在することが明らかになったという。アクシオンはダークマター候補の仮想粒子であり、非常に軽く、通常物質とはほとんど相互作用しないという特徴を持つ一方、右巻きニュートリノは、標準理論で扱う左巻きニュートリノに質量を与える仮想のパートナー粒子だ。なお右巻きや左巻きとは、粒子のスピン(自転)の向きを示す。

宇宙ひもの結び目は、形成された直後には宇宙全体のエネルギーに対し、ごくわずかにしか存在しないのだが、安定した構造であるため宇宙に長時間残り続ける。やがて宇宙の温度が下がるにつれて、結び目のエネルギーが相対的に増加し、どこかのタイミングで結び目が宇宙の主要な成分となる。この期間を研究チームは“結び目優勢期”と呼んでいる。

  • 発見された結び目のパターンの3次元図

    今回の研究で発見された結び目のパターンの3次元図(出所:共同プレスリリースPDF)

そしていずれ結び目は、量子力学的なトンネル効果により崩壊し、結び目優勢期は終わりを迎える。今回の研究では、この結び目の崩壊過程で、物質が反物質より多く生成されることが示された。これは、現代宇宙で物質が圧倒的に優勢である理由を自然に説明する新しいメカニズムとなり得るとする。

結び目優勢期の存在は、宇宙初期に放たれた重力波の波形に痕跡を残している可能性があるといい、特に今回の研究では、宇宙ひもそのものが放射する重力波のスペクトラム(波形)が、結び目の存在によって傾くことが理論的に示された。またこれは、欧州宇宙機関の宇宙重力波望遠鏡「LISA」や、米国の次世代地上重力波望遠鏡「Cosmic Explorer」、日本の国立天文台の宇宙重力波望遠鏡「DECIGO計画」など、将来の重力波観測計画によって検証が可能であることも解明された。

  • 宇宙ひもから放射された重力波スペクトラム

    宇宙ひもから放射された重力波スペクトラム。結び目が無い場合のスペクトラム(赤点線)が、結び目の存在により影響を受ける(青・オレンジ・緑の実線)(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームは今回の成果により、今後より現実的な理論モデルの構築と数値シミュレーションを通じて、結び目構造の形成確率や崩壊過程の詳細、そして重力波信号の予測精度を高める研究が進展することが期待されるとしている。