理化学研究所(理研)、立教大学、岐阜大学、福井大学の4者は8月29日、大強度陽子加速器施設(J-PARCセンター)でのK中間子ビームによる「J-PARC E07実験」で得られた画像フィルムデータをAIで解析した結果、「ハイパー核」を検出し、その質量の測定手法を確立したと共同で発表した。

  • ハイパー核の2体崩壊事象、飛程による同定解析の結果

    深層学習で検出されたハイパー核の2体崩壊事象、飛程による同定解析の結果(出所:立教大Webサイト)

同成果は、理研 開拓研究所 齋藤高エネルギー原子核研究室の笠置歩 客員研究員(立教大大学院 人工知能科学研究科 助教)、同・齋藤武彦 主任研究員、同・仲澤和馬 客員主管研究員(岐阜大 教育学部 招へい教員/福井大附属国際原子力工学研究所 客員教授兼任)、立教大大学院 人工知能科学研究科の瀧雅人准教授ら約20名の研究者が参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、日本物理学会が刊行する理論物理と実験物理を扱う英文学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載された。

ノイズを排した解析手法で得られた新たな製か

原子核において、陽子と中性子の核子は、強い力(核力)によって結びついているが、それらが互いに潰れ合わないように働く反発力(斥力)については、その本質が解明されていない。この斥力の発生には、核子を構成するクォークの関与が推測されているが、核子を構成するアップ/ダウンクォークだけでは、その影響を区別して調べることは困難だ。

そこで期待されるのが、通常の原子核にストレンジクォークを含む粒子「ハイペロン」が加わった“ハイパー核”だ。これを用いることで、原子核の性質や核子間に働く力がクォークの種類によってどのように変化するのかを調べることが可能になる。

ハイパー核の中で最も軽量なのが、陽子1個、中性子1個、そしてハイペロンの一種である「Λ(ラムダ)粒子」で構成される「ハイパートライトン」(3ΛH)だ。この原子核は、その生成から崩壊までの寿命の測定値が、過去の「写真乾板」実験で得られた束縛エネルギーから予測される値よりも有意に短いという実験結果から、この矛盾は「ハイパートライトンパズル」と呼ばれている。だが、2020年以降の複数の発表により、このパズルの存在そのものに疑問が投げかけられていた。

  • 実験で使用された写真乾板

    (左)実験で使用された写真乾板。(右)光学顕微鏡で撮影した写真乾板の画像(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームは、K中間子ビームが照射された写真乾板のデータから、3ΛHの生成と崩壊事象を調べている。しかし、写真乾板は時間情報がないため、全粒子の飛跡が記録され、膨大な数の背景事象となってしまう。このため、従来手法ではハイパー核を画像から検出することは困難だった。そこで、齋藤主任研究員らは2021年、機械学習を用いた画像中の物体検出技術を応用し、ハイパー核の2体崩壊事象を検出する技術を開発。今回の研究では、この手法を用いてデータ解析を進め、3ΛHと、それに中性子を1個加えた「ハイドロジェン4Λ」(4ΛH)の検出数を増やすことを目指したという。

新手法は3ΛHと4ΛHの両方を検出できる。しかし、崩壊で放出される「パイマイナス中間子」(π-)のエネルギーが異なるため、その飛跡の長さから両者の識別が可能だ。今回の研究では、3ΛH46例、4ΛH95例が同定された。

  • 検出されたハイパー核の2体崩壊事象

    (左)検出されたハイパー核の2体崩壊事象。(右)π-中間子の飛跡の長さ分布(出所:共同プレスリリースPDF)

次に、同定されたハイパー核の質量算出が行われた。記録された粒子飛跡の長さを「Range-Energy式」で運動量に変換したところ、誤差の範囲を超えた値で一致しなかった。これにより、写真乾板には質量解析手法に不定性が存在することが示唆され、Range-Energy式の再構築が課題として浮上した。

そこで、写真乾板の製造元や種類によって異なる元素組成を考慮できる、ドイツの最先端の粒子飛跡計算ツール「ATIMA」が用いられた。また、π-と質量が近い「ミュープラス粒子」(μ+)の飛程を校正に用いることで、粒子種による不定性が可能な限り抑制された。

  • μ+粒子の放出反応と飛程分布

    写真乾板で観測されるμ+粒子の放出反応と飛程分布(出所:共同プレスリリースPDF)

この手法で再度ハイパー核を解析したところ、2体崩壊で放出された粒子ペアの運動量が一致することが確認された。さらに、測定の校正作業で最終的に求めるハイパー核の質量に与える系統的不定性を細かく検討し、3ΛHに対して50keV、4ΛHに対して60keVであることが明らかにされた。写真乾板を用いたハイパー核の質量測定についての系統誤差は、過去の論文では40keV程度と見積もられていたため、今回の成果は誤差の内訳を定量的に評価した初の事例となった。

今回算出されたハイパー核のΛ粒子の束縛エネルギーは、約50年前の測定値よりも大きかった。これは、当時の実験における2体・3体崩壊の取り扱い差や、見落とされていた不定性が示唆される。なお、今回の解析に用いられたのは、J-PARC E07実験のデータ全体のわずか0.6%にすぎず、今後の解析の高速化と効率化によって、さらなる精度の向上を期待できるとした。

  • 今回算出された束縛エネルギーと過去の実験結果との比較

    今回の研究で算出された束縛エネルギーと、過去の実験結果との比較(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームは今後、さまざまなハイパー核束縛エネルギーの精密測定を系統的に進め、核力の理解を深めるため、さらに技術の改善や拡張を進めていくとした。さらに、Λ粒子を2つ含むようなより希なハイパー核、ダブルΛ核の検出解析も、研究チームが確立したAI手法によって進行中としている。