分子科学研究所(分子研)、筑波大学、琉球大学、広島大学、総合研究大学院大学(総研大)の5者は8月28日、分子と基板が作る界面で生じる極めて弱い結びつきである「ファンデルワールス相互作用」の存在を、電子の共鳴現象である「ファノ共鳴」として明瞭に捉えることに成功したと共同で発表した。

  • 今回の研究成果のイメージ

    今回の研究成果のイメージ(出所:分子研Webサイト)

同成果は、分子研の長谷川友里博士研究員(現・筑波大 助教)、分子研 極端紫外光研究施設(UVSOR)の出田真一郎助教(現・広島大 放射光科学研究所准教授)、同・田中清尚准教授(総研大兼務)、琉球大学 理学部の柳澤将准教授、分子研 光分子科学研究領域の解良聡教授(総研大兼務)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する物性物理を扱う学術誌「Physical Review B」に掲載された。

分子の“見えないつながり”を電子共鳴で可視化

近年、二次元材料や分子エレクトロニクスでは、あえて「弱くつなげる」ことで機能を引き出す設計が注目を集めている。これまでの研究で、有機分子と無機材料の接触界面では電子のふるまいが複雑に変化することはわかっていた。しかし、異なる材料間の界面の電子状態解析は金属や酸化物のような強く結合する系に限られ、弱く結合する系については未解明な部分が多かった。

ファンデルワールス相互作用は、原子・分子の電荷のゆらぎが互いを誘起して生じる弱い引力(分散力)のことで、共有結合やイオン結合を伴わない吸着や層間結合の主要因だ。この相互作用による吸着系は材料間の結びつきが極めて弱いため、その検出や解析が困難で未だ不明な点が少なくない。

そこで研究チームは今回、5つのベンゼン環が直列に連なった有機半導体分子「ペンタセン」を、炭素原子がシート状に積層された結晶である黒鉛(グラファイト)表面に一層だけ吸着させた。この弱くつながった界面系において、電子が共鳴的に振る舞うファノ共鳴を、「低エネルギー角度分解光電子分光法」(LE-ARUPS)で精密に観測したという。なおLE-ARUPSとは、真空紫外光で叩き出された光電子の運動エネルギーと放出角を計測し、物質中の電子のエネルギーと運動量の二次元分布を得る手法である。

  • 分子と基板の結合根拠を捉えた

    電子が励起される前の状態では、分子と基板が結合した影響が極めて小さく、現在の計測技術では観測にかからない。しかし励起状態の電子雲の空間的な広がりの大きさによって、その結合根拠を捉えることに成功した(出所:共同プレスリリースPDF)

ファノ共鳴とは、物質の離散状態と連続状態が干渉し、鋭いピークのすぐ横に深い谷(ディップ)が現れる、スペクトルに特有の左右非対称なピークである「ファノプロファイル(ファノ線形状)」を生じる現象で、この独特な形状は、2つの状態の結びつき方で見え方が変わる。今回の研究では、ペンタセンとグラファイトの界面で、分子内の離散状態と基板側の連続状態が干渉する様子について、励起光のエネルギーと電子の運動量の依存性が詳細に解析された。

  • スペクトルは左右非対称な「ファノ線形状」を示すことが確認された

    干渉位相のずれにより、スペクトルは左右非対称な「ファノ線形状」を示し、鋭いピークと抑圧ディップが隣接することが観察された(出所:共同プレスリリースPDF)

ペンタセンとグラファイトの界面において、電子は両物質の性質を持つ。具体的には、分子薄膜内に局在し、運動量によってエネルギー準位がほとんど変化しない電子状態である「離散準位」と、基板に広がるバンドで、運動量に応じてエネルギー準位が連続的に変化する電子状態である「連続準位」の2つの状態だ。つまり電子は、分子に閉じた状態と、分子と基板がつながった状態の両方を有するということである。

電子は、物質にエネルギーの高い真空紫外線(放射光)を照射することで励起される。今回の解析で、離散と連続の両準位への電子遷移が共鳴的に起こっていることが、励起光のエネルギーとスペクトルの強度変化の相関(ファノプロファイル)から確認された。つまり、一見して結合性がないように思われる界面でも、互いの電子雲がつながっている痕跡が直接的に示された。今回の研究は、このような弱い結びつきの効果を電子状態という物理量で可視化し、機能設計に活かす新たな指針を提示するものとした。

今回の研究成果は、フレキシブル電子材料、センサ技術、量子情報処理など、さまざまな応用が期待される分野に対し、新たな材料設計指針を与えるものとする。また、ファンデルワールス結合に基づく二次元材料の研究が進む中、“見えないつながり”を可視化するための基礎技術としても大きな意義を持つとした。今後は、他の有機・無機界面にも応用し、機能性材料開発に広く貢献することが期待されるとしている。