米国の宇宙企業ブルー・オリジン(Blue Origin)は現地時間8月12日、火星で衛星通信網を構築する「マーズ・テレコミュニケーションズ・オービター」(MTO)の構想を明らかにした。
MTOは、地球と火星間の継続的な通信を可能にする高速通信中継ネットワークを実現するとともに、将来の有人火星探査にも柔軟に対応できるという。早ければ2028年にも、通信サービスを提供できるとしている。
マーズ・テレコミュニケーションズ・オービター(MTO)の特徴
現在、火星探査車と地球との通信には、火星を周回する探査機に搭載されたデータ中継装置を利用している。しかし、これらの探査機は打ち上げから年月が経過して老朽化が進んでおり、最新の周回機でも2016年に打ち上げられた欧州の「トレース・ガス・オービター」にとどまる。さらに、これらは科学観測に適した軌道で運用されているため、通信効率に制約がある。
こうしたなか、2025年7月4日にドナルド・トランプ米大統領が署名した「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法」(One Big Beautiful Bill Act)には、火星データ中継衛星「マーズ・テレコミュニケーションズ・オービター」(MTO:Mars Telecommunications Orbiter)の商業調達に7億ドルを計上する条項が盛り込まれ、2028年12月31日までの納入を見込むとされている。
これを受け、ブルー・オリジンはMTOのコンセプトを提案した。同社は2000年、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏によって設立され、サブオービタル・ロケットや大型ロケットの運用に加え、月着陸船の開発も進めている。
ブルー・オリジンが提案するMTOは、主衛星と複数の小型衛星から構成される。MTOは打ち上げ後、化学推進と電気推進を併用して火星へ向かう。同社によれば、電気推進でエネルギーを効率的に補完できるため、化学推進のみでは到達できない時期でも打ち上げられるという。
火星周回軌道に到達後、主衛星から小型衛星群を分離し、それぞれ異なる軌道に配置することで、火星全域をカバーする通信網を構築する。主衛星は大型アンテナと中継器を搭載し、探査機や探査車と地球間の大容量データ通信を高速で実現する。一方、小型衛星は主衛星の通信範囲を補完する軌道に配置され、データを中継する役割を担う。これにより、火星上のあらゆる地点で安定した通信を確保できる。
さらに、複数の宇宙機との同時通信にも対応可能で、すでに火星にある探査車や探査機に加え、今後打ち上げられる予定の探査機の突入・降下・着陸時にも利用できるとされる。
さらに、高度なエッジ・プロセッシング、データ・ストレージ、AI機能を搭載し、将来の火星科学探査のニーズにも応えられるとしている。
MTOは同社の宇宙タグボート「ブルー・リング」(Blue Ring)を基に開発される。ブルー・リングは、科学機器を搭載して実験や観測に利用できる軌道上プラットフォームであるほか、複数衛星を異なる軌道に投入したり、他衛星にドッキングして燃料を補給したりするなど、多様なミッションに対応できる特徴をもつ。
スペースXやロッキード・マーティンも提案する“火星中継衛星”
火星データ中継衛星をめぐっては、米国航空宇宙局(NASA)も計画を進めてきた。NASAは、火星探査を低コストかつ高頻度で実施するため、民間企業による商用サービスの活用を検討し、各社にコンセプト提案を募って研究支援を行っている。その中には、火星探査機や宇宙船を輸送する宇宙タグボート、科学機器やカメラを搭載する探査機、地球と火星を結ぶ通信システムなどが含まれていた。
また、火星探査の高度化には広範囲をカバーする高速・大容量の通信網が不可欠とされ、NASAは1.5AUで4Mbps以上の通信速度を要求している。
この計画には、ブルー・オリジンのほか、スペースXとロッキード・マーティンも参加している。
スペースXは、地球で展開する衛星インターネット「スターリンク」に似た「マーズリンク」(Marslink)を提案している。複数の小型衛星を火星周回軌道に展開し、打ち上げには同社が開発中の巨大ロケット「スターシップ」を使用する。マーズリンクは、同社が描く火星移住構想にも役立つとされる。
ロッキード・マーティンは、同社が製造したNASAの火星探査機「メイヴン」(MAVEN)を基盤にした通信衛星を火星静止軌道に3機配備し、火星全体をカバーする計画を提示している。
ブルー・オリジンは当初、NASAへの提案では「MTO」という名称を用いておらず、コンセプトの中身も現在のものとはやや異なっていた。しかし、ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル法にMTOと明記されたことを受け、名称をMTOに合わせるとともに、新しいコンセプトを打ち出した。
今回の発表は、トランプ政権へのアピールであると同時に、わずか1カ月余りで新たな構想を打ち出したことは、柔軟性や対応力の高さを示す狙いがあるとみられる。
参考文献


