京都大学(京大)は6月24日、宇宙誕生直後のインフレーション期における「原始ブラックホール」の形成予測のための理論的枠組み「セパレートユニバース近似」を拡張し、その適用範囲を広範なモデルに拡大できることを明らかにしたと発表した。
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インフレーション中に量子ゆらぎが増幅される様子が、模式的に示されたもの。赤の領域は高密度領域、黄の領域は低密度を表す。極端な高密度領域は重力崩壊し、原始ブラックホールを形成する可能性がある(出所:京大プレスリリースPDF)
同成果は、京大大学院理学研究科の田中貴浩教授、同 ダニーロ・アルティガス博士(日本学術振興会特別研究員)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
宇宙誕生から10-36((100京×100京)分の1)秒後から10-34((10京×10京)分の1)秒後という極めて短い時間に、宇宙は光速を超えるすさまじい勢いで空間的に膨張した。この現象はインフレーションと呼ばれ、例えば原子よりも小さかった宇宙が、瞬く間に天の川銀河ほどのサイズになったと理論的に予測されている。インフレーション後、高エネルギーの真空が低エネルギーの真空へ相転移し、その結果膨大なエネルギーが発生し、とてつもない高温状態のビッグバンを迎えたと多くの科学者は考えている。
量子力学では、すべての力学的な自由度に量子ゆらぎが不可避的に付随する。インフレーション期の宇宙には、この量子ゆらぎを比較的大きな古典的ゆらぎへと成長させる仕組みがあり、その結果として星や銀河へと成長する初期密度ゆらぎが生まれたと考えられている。
インフレーション期に量子ゆらぎが増幅されると、極端な密度のゆらぎにつながり、重力崩壊によって原始ブラックホールが形成される可能性がある。一般的なブラックホールが大質量星の重力崩壊で誕生するのに対し、原始ブラックホールは形成した時期もメカニズムも異なる。
原始ブラックホールの形成予測には、セパレートユニバース近似という理論的枠組みが広く用いられている。インフレーション中のゆらぎの時間発展を調べるには非線形方程式を解く必要があり、大規模シミュレーションに頼らずに理論予測を得るには近似が不可欠だ。セパレートユニバース近似は、インフレーション宇宙の特定の性質を利用した手法である。十分長波長のゆらぎに対して空間微分が無視できる、つまり周囲に影響されないという性質を活用し、空間の各点の時間発展を一様等方宇宙モデルで近似する。この手法は、インフレーション宇宙をパッチワーク宇宙のようにして記述することで計算を大幅に簡略化可能だ。しかし、ゆらぎを大きく増幅する超スローインフレーションモデルに適用すると、大きなエラーが生じると考えられていた。
インフレーション期が終了し、現在の宇宙の誕生へとつながるためには、インフレーションを駆動する仮想的なスカラー場である「インフラトン」が、時計のような役割を果たす必要がある。標準的なインフレーションモデルでは、このインフラトン場の働きにより、特定の条件下で自然に加速膨張が終了するとされている。
超スローインフレーションは、この「時計」の進みが極めてゆっくりになる時期があるインフレーションモデルであり、対応するスケールのゆらぎが増幅され、原始ブラックホールが形成される可能性が高まる。今回の研究では、京大の佐々木節名誉教授と田中教授が1998年に発表した論文で展開させたセパレートユニバース近似を基礎とし、その拡張を試みたという。
その結果、セパレートユニバース近似の枠組みに空間曲率を取り入れた拡張手法「δNフォーマリズム」の理論的成立が示された。これにより、従来適用が困難とされた超スローインフレーションモデルへの適用も可能となった。
今回の研究成果は、原始ブラックホールの形成量を正確に見積もる上で基礎となる考え方を提供する。セパレートユニバース近似をベースに拡張した今回の「δNフォーマリズム」は多くの可能性を秘めているが、その応用はまだ十分に活用されているとはいえないとした。
近年、原始ブラックホールはダークマター候補や重力波源として研究が活発化している。また、原始ブラックホール形成の副産物として重力波生成を伴うことが認識され、重力波検出技術の進展と共に、原始ブラックホール形成に関してより精密な議論が求められている。研究チームは、今後の研究の進展が期待されるとしている。