ispaceは6月24日、月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション2について、分析結果を報告した。ミッション2では、6月6日に「RESILIENCE」ランダーが月面への着陸を試みたものの、十分に減速することができず、失敗していた。同社はフライトデータの解析により、原因として考えられる要因を4つにまで絞ることができたという。

参考:ispaceの月面着陸ミッション2は失敗。初成功は2027年以降に持ち越し

  • 会見の出席者

    会見の出席者。左から、CTOの氏家亮氏、ミッション2開発統括の日達佳嗣氏、CEOの袴田武史氏、CFOの野﨑順平氏

降下中のランダーに何が起きた?

6月6日の会見の時点では、減速が不十分だったことと、レーザーレンジファインダ(LRF)の測距開始が想定より遅かったことが分かっていた。その後の分析で今回、明らかになったのは、このLRFの測距開始遅れによってランダーの減速が間に合わなくなり、着陸失敗に繋がったということだ。

  • 着陸シーケンス

    着陸シーケンスは、この6つのフェーズで構成されていた (C)ispace

なぜLRFの測距開始が遅れたのか?。LRFはレーザー光によって月面までの距離を計測するセンサーで、冗長構成としてランダーに2台搭載されているが、どちらも同じような出力結果を示しており、故障のような単純な不具合ではない。このあたりはやや複雑な話なのだが、それについては、あとで詳しく説明したい。

想定では、遅くとも高度3kmまでには測距が始まるはずだったが、実際に有効な計測データが初めて届いたのは、日本時間4時15分15秒、高度が893mまで降下した時点だった。ランダーはこれを受け、その1秒後からフルスロットルで減速を行ったものの、減速開始から10秒後、高度192mを最後に通信が途絶した。

  • 高度の推移

    高度の推移。想定が点線で、実際の結果が実線だ (C)ispace

減速を開始したのは高度650mで、降下速度は66m/s(237.6km/h)だったという。10秒間の逆噴射により、速度は42m/s(151.2km/h)まで落とせたものの、この時点で残りの高度は192mしかなく、減速が間に合わないのは確実。その5秒後、約50~72km/hの速度で月面に激突したと考えられる。これではとてもランダーは衝撃に耐えられない。

  • 速度も加えたグラフ

    速度も加えたグラフ。これも想定が点線、結果が実線 (C)ispace

その後、NASAの月探査機「LRO」が、ランダーの着陸地点を撮影。その結果、想定からは南に約282m、西に約236mの地点に落下していたことが分かった。当初の目標は4km四方だったので、それよりもかなり高い精度でランダーを誘導制御できていたといえる。

  • 「LRO」が撮影したRESILIENCEの着陸地点

    「LRO」が撮影したRESILIENCEの着陸地点。激突の衝撃の大きさが分かる (C)NASA/Goddard/Arizona State University

LRFの測距開始はなぜ遅れたのか?

ランダーの高度は基本的に、慣性計測装置(IMU)のデータから推測する。しかし、IMUは時間が経過するほど誤差が累積するという特性があり、その補正に使われるのが、月面までの距離を直接計測できるLRFだ。今回、LRFが高度を893mと計測したとき、IMUの推定値は824mだった。70mほどしか違いはなく、LRFの測距自体は正常だったと考えられる。

では、なぜ測距の開始が遅れたのか。同社がFTA(故障の木解析)によって調べた結果、浮かび上がってきたのは、以下の4つの可能性だ。

  1. 月面のアルベド(反射率)が想定よりも低かった可能性
  2. ミッション1との条件の違いに起因する可能性
  3. 高速移動時の性能が想定より悪かった可能性
  4. 航行中の放射線等で性能が劣化していた可能性

LRFはレーザー光を照射し、対象物で反射した光が戻ってくるまでの時間から、距離を算出する。着陸地点のアルベドの想定は0.2だったが、もしアルベドが低ければ、反射する光もその分、弱くなるため、もっと近づかないと検出できない、という事態が起こり得る。これが上記1の可能性だ。

前回のミッション1に比べ、今回のミッション2では、ランダーの姿勢の違いにより、地表に対するレーザー光の入射角が、浅くなっていた。また、ミッション1で使用したLRFは製造終了のため、ミッション2では同じものが使えず、レーザー出力はミッション1よりも弱くなっていた。これらの影響が上記2だ。

メーカーの仕様値では、最大14kmまでの測距が可能だったが、同社は独自に検証を実施。高尾山や東京湾で静止時の試験を行い、最大約7.5kmの測距が可能なことを確認し、高速移動時の性能劣化を最悪60%と見積もり、高度3km(=7.5km×0.4)までには測距できると判断していた。この想定が甘かったのでは、というのが上記3だ。

  • LRFの選定時に同社が行った性能確認試験

    LRFの選定時に同社が行った性能確認試験 (C)ispace

筆者が気になったのは、高速移動時の試験を、最高55.5m/s(200km/h)、最長1.5kmでしか行えていなかったということだ。これだと、実際の速度にも距離にも足りない。実際の条件を再現するため、航空機による試験も検討したものの、現実的な試験計画を立案できず、断念していた。

上記4のみ、着陸時ではなく、航行中の問題だ。放射線試験では、極端に強いレベルのときに性能の劣化が確認されているものの、今回のミッションで想定される被曝量からすると、やや考えにくい。ただ、放射線の影響については、可能性として完全に排除するのも難しいため、要因として残った。

今後のミッション3/4への影響は?

今回、失敗原因として4つの要因が考えられたものの、どれが本当の原因だったのか、原因は1つなのか複数なのかなどは、現時点で不明だ。ミッション2開発統括の日達佳嗣氏は「さらなる絞り込みは難しい」とした上で、「追加試験やミッション3/4の開発を通して改善策を検討していく」と、今後の方針を示した。

同社は今回の失敗を受け、第3者の専門家を含む「改善タスクフォース」の立ち上げを決定。さらに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からの技術支援も拡張していくという。

今回、LRFが原因であると特定できたことで、今後、着陸センサーの検証方法、選定基準、構成、運用方法などを見直し、改善していく。

ミッション1と2で使用したLRFは民生品で、フライト実績はなかったという。信頼性を重視する宇宙開発では、フライト実績があるコンポーネントを採用する場合が多いが、宇宙用の製品はコストが非常に高い。独自に放射線試験などを行った上で、安価で高性能な民生品を採用するのも、今ではそれほど珍しいことではない。

ただ、故障が即ミッションの失敗に繋がるクリティカルなコンポーネントについては、フライト実績が重視される。RESILIENCEでも、推進系と通信機については、フライト実績があるものを採用した。ただ、人工衛星全般で使われる推進系と通信機に比べ、LRFは使用自体が限られ、選択肢が少ない現状があった。

CTOの氏家亮氏は、「コスト、リードタイム、信頼性をトレードオフして判断した」と説明。現在、同社は2027年に実施予定のミッション3/4のために、より大型のランダーを開発しているところだが、「着陸センサーの構成や使い方を再考して、よりロバストなシステムにしたい」とした。

着陸センサーの再選定や試験によるコスト増は、ミッション3/4合計で最大15億円程度になる見込み。2027年という開発スケジュールについては、今のところ影響はないとのことだ。

ソフトにも課題はなかったか?

今回の失敗は、ハードウェアが直接的な原因ではあるが、ソフトウェアにも改善の余地はなかっただろうか。

前述のように、LRFの計測が始まる前でも、IMUによる高度推定が行われており、その誤差は大きくなかった。LRFの計測値が来なくとも、IMUの高度推定で減速を制御していれば、月面への激突は避けられたはずだ。

このときの挙動についてだが、LRFの計測が想定通りに始まらなかったため、ランダーのソフトウェアは、通常のモードとは違う動作になっていたという。

この状態では、ミッション1のように、実際の高度が推定より高かった場合を考慮。ミッション1では、高度5kmでホバリングを継続した結果、燃料が枯渇し、落下してしまった。その対策として、LRFの計測が始まらなかったときは、一定の速度を維持したまま降下し、LRFの測距開始を待つよう設計されていたという。

ただ、その降下速度の数値は、予定通り高度3kmまでにLRFの計測が開始されるという前提だったため、今回の場合には、逆に速度が大きくなるという結果になってしまった。結果論かもしれないが、IMUの推定高度が正しい可能性も想定し、せめて減速が間に合うギリギリの速度になるよう制御できなかったのか、と思ってしまう。

  • 速度のグラフ

    速度のグラフを再掲。事象3の時点まで、速度が上昇を続けた (C)ispace

降下中にはさまざまな問題が発生する可能性があり、そのすべてに対応できるよう設計するのは非常に難しい。あるケースを想定した対策が、別のケースでは裏目に出てしまうこともある。しかし、厳しいミッションの成功/失敗を分けるのは、まさにこの部分だ。どれだけの想定外を事前に考え、準備できていたかということに尽きる。

たしかに月面着陸は難しいミッションではあるが、今回の失敗については、「運が悪かった」というものではなく、「詰めが甘かった」のだと思う。前回の失敗も、事前に広範囲のシミュレーションをしっかりやっていれば防げたことであり、同社には不足していたところをしっかり認識した上で、今度こそ再起(RESILIENCE)を図って欲しい。

  • ミッション1とミッション2の失敗原因の比較

    ミッション1とミッション2の失敗原因の比較 (C)ispace