ボッシュは6月19日、2024年に開設した日本法人の新本社にて「ボッシュ・グループ 年次記者会見2025」を開催。同社の代表取締役社長であるクリスチャン・メッカー氏が直近1年間の同社の日本での取り組みなどについての説明を行った。
ドイツ国外に本社を置く唯一の事業部門が10周年
同社の二輪車関連の事業を担う「モーターサイクル&パワースポーツ事業部」のグローバル本部は、神奈川県横浜市都筑区牛久保にある同社横浜事業所に設置されているが、このたび設置から10周年を迎えたという。
独メーカーである同社が、ドイツ国外に本社を置く唯一の事業部門であり、横浜から全世界の二輪車メーカーに包括的なソリューションを提供する役割を担っているという。
同部門では2024年、ライディングの楽しさを損なうことなく、ライダーがライダーのために開発した二輪車向け安全運転支援機能として、レーダーを活用したアシスタンスシステムにおける6つの新しい機能を発表しており、メッカー氏は「ボッシュはこれからも、日本から世界中のバイカーに向けて、安全性を保ちつつも、エキサイティング、かつ快適な走行を楽しめる機能を開発していきます」とコメント。イベント会場にも同社のソリューションが搭載された4台のバイクを展示していた。
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ボッシュのソリューションが搭載されている4台の二輪車。手前からKAWASAKI Z H2、SUZUKI GSX-S1000GT、HONDA Rebel 1100、YAMAHA TRACE9 GT ABS
グローバルでは事業が停滞も、日本は3年連続で過去最高の売上高を達成
日本に注力する姿勢を見せる同社だが、グローバルで見た2024年のボッシュ・グループの業績は世界的な経済の低迷や自動車市場の軟化などの影響もあり、売上高は前年比1.4%減の903億ユーロに留まった。
しかし、日本市場だけで見ると、同年の第三者連結売上高は約4280億円で、コロナ禍で業績が低迷したものの、2022年以降、売り上げは右肩上がりとなっており、3年連続で過去最高の売り上げを達成したという。
業績好調が後押ししたわけではないが、同社は2024年に新本社を稼働させ、隣接地にある「都築区民文化センター」のネーミングライツを取得。「ボッシュ ホール」として2024年9月に竣工セレモニーを実施。その翌日にはボッシュ新本社の1階に「café 1886 at Bosch」をオープンさせるなど、地域に溶け込む取り組みを推進。同年11月には横浜市都筑区と「地域活性化に関する包括連携協定」を締結し、ボッシュの本社、ボッシュ ホール、両施設間に位置する全天候型広場の一帯を「Bosch Forum Tsuzuki(ボッシュ・フォーラム・つづき)」と名づけ、12月には地元団体と協力する形でクリスマスイベントも実施するなど、現在は多くの人が訪れる場所として親しまれているという。 。
ボッシュと横浜市都筑区の連携協定と地域の拠点となる新本社、ボッシュ ホール、そして新本社1階にあるカフェ「café 1886 at Bosch」。同カフェのPOSデータによると、2024年9月のオープン以降、2025年5月末までの約9か月間で5万件の注文データが登録されていたという (提供:ボッシュ、以下すべてのスライド同様)
横浜国大と油圧工学分野の研究・教育で連携
この流れを踏まえ、さらに2025年には横浜国立大学(横浜国大)との産学連携の取り組みも開始。ボッシュ・グループ内の産業機器テクノロジー事業セクターを担う、ボッシュ・レックスロスが、横浜国大と油圧工学の教育・研究における連携活動を開始することを明らかにした。
具体的な連携の第1弾として2025年秋には、同大機械工学系の研究室内に、ボッシュ・レックスロスが油圧テスト機器を無償提供する「フルードパワートレーニングラボ」を開設する予定とするほか、2025年度後期の授業にて、ボッシュ・レックスロスのCEOを務めるステファン・ハーク博士が油圧技術に関するレクチャーを提供することも予定しているという。
油圧機器は、自動車や、建設機械、産業機械、航空機、船舶、鉄道車両など幅広い分野で活用され、ものづくり産業を支える重要な役割があるが、近年の高等教育においてはITやエレクトロニクス分野の教育が重視されるようになっている。例えば、ロボット工学の分野でも、海外では油圧制御を利用したロボット技術の開発も行われているが、日本ではモーター制御が大半であり、油圧に対する壁があることを課題とするロボット研究者も実際にいるなど、大学や大学院で油圧工学の特長やメリット・デメリットを学ぶ機会そのものが減っていると言える。そのため、実際にそうした技術を教えることができる教員や設備も不足気味となってきており、今回の取り組みは、そうした課題の解決に向けた取り組みとして今回の連携を推進することにしたとする。
日本で進めるインテリジェンスな自動車の開発
理系学生の教育のみならず、同社は自社内での研究開発にも余念がない。同社取締役副社長の西村直史氏によると、日本におけるボッシュ・グループの全従業員数は約6300名、そのうち25%以上が研究開発業務に携わっており、この割合はグローバル平均の20%(従業員数41万7000名)よりも多い。
また、新本社は研究開発施設も兼ねており、運転支援や自動運転技術などの開発の拠点としての役割も担っている。例えば、今回のイベントでは、画像認識ソフトウェアやAIを活用して機械式駐車場に自動で車両を入れてくれる運転支援システム「パレット ガレージ アシスト システム」が披露された。
機械式駐車場を使ったことがある人は分かると思うが、駐車のために入れるタイヤスペースには余裕がなく、また壁や柱が近くにあることも多く、荷物を取り出すためのスペースなども限られていることもある。このシステムを活用すれば、大きな荷物などを先に下ろして、あとは勝手に車両が駐車の作業をしてくれるようになるという。
このほか同社は2024年秋から、SAEレベル2の運転支援と自動運転の試験走行を横浜・東京周辺で開始し、都市部における交通標識や大小さまざまなトラックの認識、路上に駐車されている車両を避けた走行や、複雑な交差点での判断などにも対応できることなどを確認してきたという。西村氏はレベル2と説明していたが、後で技術説明を行っていた開発スタッフに確認したが少なくともレベル2++クラスの性能は実現できているとしていた。
LiDARやレーダー、光学カメラなどのセンサからの周辺データを取得し、車両の周辺状況を正確に理解するプロセス全体をAIが一貫して担うエンドツーエンドAIをベースにしたADASスタックの実現を目指したもので、同社は実証事件を引き続き行っていくことで技術の向上を目指していくとする。
真のSDVの提供を目指すボッシュ
車両のインテリジェンス化と並行して、次世代自動車のアーキテクチャとして期待される「ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)」についても、同社は積極的に研究開発を進めている。
同社のSDVに対するスタンスを、同社取締役副社長の松村宗夫氏は、「ブレーキ、ステアリング、パワートレイン、サスペンションなど、車両制御のためのさまざまなアクチュエーターを統合制御する、包括的なソリューション『ビークルモーションマネジメント』の開発に注力している」と説明する。
これはどういうことかというと、SDVではソフトウェアアップデートで、クルマの価値をアップデートできる、という言い方を一般的にはされるが、これを具体化しようというもの。例えば、ソフトウェアの設定1つで、同じ車両でありながら、状況に応じてアーバン、スポーツ、ラグジュアリーといったようなさまざまな車の走行モードに変更して、必要な機能をシーンごとに提供することを可能とすることで、家族を乗せて運転する際には揺れを少なくする、1人でツーリングを楽しむときはハンドルやアクセル、ブレーキのレスポンスを早めて、走りそのものを楽しむといったことを実現することができるようになる。まだ、開発段階で、走行中にモード変更はできないようだが、通常はアーバンで走行しているが、高速道路で追い越しをかけたいときだけスポーツに変更し、追い越しをしやすくしてくれたり(AIが追い越しのタイミングをサポートしてくれたりするとさらに良いだろう)するといったことも期待できるようになるかもしれない。
SDVの概念をすでに導入している新興自動車メーカーも登場してきているが、そうしたメーカーが採用しているSDVというものは、従来の自動車開発に求められるすり合わせの機会を減らし、より簡単に自動車を開発するための手法と言えるが、ボッシュの提案するSDVは、真に走りを楽しむためのものであると言えるだろう。
VRやAIなど、さまざまなデジタル技術を活用して事業を活性化
このほか同社は新たな取り組みとしてVRの活用を推進している。例えばVRを活用したバーチャルショールームでは、iBoosterやESC(横滑り防止装置)といったビークルモーション事業部の製品を、仮想空間のショールームに展示することで、遠方の顧客などに写真だけではわかりにくい特徴などを伝えることを可能にしたとする。
また、社員研究として、その製品に携わらない担当者がVR上で体験して製品理解を深めたり、社員トレーニングにも活用を進めているとする。例えば、同社の栃木工場は2026年に次世代ESCの製造ラインの導入が予定されているが、そうした新たな製造ラインの導入の際には、担当者が数か月単位でドイツに出張し、製造ラインで使用する機械の操作方法などを学ぶ必要がある。VRでのトレーニングをそこに介在させると、研修に行く前に製造ラインで用いる複数の機械の使い方を予習したり、帰国後の製造ラインが稼働するまでの間であっても、製造機器の使い方の復習が可能となり、実機がなくても空き時間などを使った学びの機会を得ることができるようになるといったメリットを得ることができるようになるという。
さらにAIの社内での活用も同社は推進している。独自の教育プログラム「AIアカデミー」を展開。日本を含むグローバル6万5000人以上の従業員にAIトレーニングを提供しているとするほか、2023年より社内向け生成AIツール「AskBosch」を提供し、従業員は文章の要約や翻訳、テキストや画像生成、データ分析など日常的な業務でAIを活用しているという。とはいえ、まだまだほかの地域・国と比べて利用頻度が少ないことから2025年は、国内におけるAskBoschの平均月間アクセス数5万回以上を目指すとしている。
日本発の空調・エアコンビジネスが稼働へ
このほか、2025年半ばにはグローバルで、ジョンソンコントロールズと日立製作所が行ってきた住宅および小規模商業施設向けHVAC(暖房・換気・空調)ソリューション事業の買収が完了する見通し。これにより、日本におけるエアコンビジネスなども日立から継承し、事業拡大に期待がかかるとメッカー氏は語る。
同社は1911年に日本で事業を開始して以来、2025年で114年目となる。そんな同社のコーポレートスローガンは「Invented for life」というものであり、中心である自動車産業のみならず、産業機器や空調なども含め、あらゆる事業分野で、人々の生活を豊かにする取り組みに注力していきたいとしている。