山口東京理科大学(山口理科大)とロータス・サーマル・ソリューション(LTS)は、次世代型電気自動車(EV)のインバータや高度情報化社会を担うデータセンターのサーバの熱問題を解消につながる、世界最高の放熱性能735W/cm2を達成したと6月3日に共同発表した。
同成果は、山口理科大 工学部 機械工学科の結城和久教授、同・結城光平助教、LTSの井手拓哉代表取締役、同・村上政明研究員、同・大串哲朗研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、熱プロセスを扱う学術誌「Applied Thermal Engineering」に掲載された。
省エネルギー技術のひとつとして注目を集めているのが、パワーエレクトロニクスだ。中でも近年は、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)などのワイドバンドギャップ半導体が、低電力損失の観点から期待されている。しかし、チップの小型化や大電流化に伴い、発熱密度は500W/cm2を超えるようになると推定されている。そのため、従来の強制循環式の水冷技術では、電力消費が既存の10倍以上に達する危機的な状況が危惧されている。
加えて近年は、生成AIの急激な活用拡大に伴い、データセンターの消費電力も大幅に増大しており、省エネルギー化が喫緊の課題となっている。特に、AIサーバの発熱密度は将来的に100W/cm2を超えると予測され、電力消費を抑えた新たな冷却技術が必須だ。
そうしたなか、これまで冷却用ポンプが不要な浸冷却技術に着目し、新しい冷却手法の開発を進めてきたのが上記の研究チームである。今回の研究では、液体の蒸発潜熱(気化熱)を応用した二相液浸冷却技術の開発に挑むことにしたという。
今回提案されたのは、グルーブ(溝)が施された冷却面上に、一方向性の気孔構造を持つ「ロータス銅」を貼り付けることで発現する「呼吸(ブリージング)現象」(人の呼吸現象に見立てた特殊な流動現象)を用いた新しい冷却技術。この技術は世界にも類を見ない、以下の3つの特徴を持つ。
- 冷却液の沸騰・蒸発によって発生する蒸気の排出経路と液の供給経路を分離することで、冷却限界が飛躍的に高められている
- 蒸気の排出に伴う自発的な液の吸い込み現象を利用
- 高い熱伝導性を有するロータス銅の内部での冷却効果も活用
冷却液に水を用いた平面での二相液浸冷却の限界値が110W/cm2であるのに対し、今回の冷却技術では、2021年時点で500W/cm2超を達成済みだった。その後、政府の成長型中小企業等研究開発支援事業(Go-Tech事業)の支援のもと、コンピュータ・シミュレーションを新たに実施。冷却液の供給経路の解明と、冷却面構造の最適化に関する検討が行われた。
これらの知見を実証試験へ反映した結果、今回、世界記録となる735W/cm2の冷却性能を樹立。これにより、従来技術では不可能だった7mm角の次世代SiC半導体素子に360Wの負荷を限界付与することが可能となる。これは、車載用インバータの高出力化に大きく貢献できものとした。
今回の技術は、EV用インバータの二相液浸冷却用ベイパーチャンバ(間接型二相液浸冷却)として、さらには大型サーバ用高性能CPUやGPUの二相液浸冷却技術としての応用が期待できるとする。実証実験では水を作動流体とする冷却試験が実施されたことから、データセンター・サーバへの技術応用(直接型二相液浸冷却)を視野に入れ、絶縁性冷媒FC-72を用いた沸騰試験も実施された。その結果、従来の世界最高性能レベルである100W/cm2を超える高い冷却限界の実証にも成功したとする。
これらの知見は、大成建設、篠原電機、RSIの3者がすで開発済みのに二相液浸冷却システム「爽空sola」に活かされている。「爽空sola」は、CPUやGPUの温度を20度近く低下させる性能を持つ。さらに、pPUE((サーバー電力+冷却電力)/サーバー電力)=1.04を実証し、既存の空冷サーバと比較して、サーバ室面積と冷却エネルギーをそれぞれ90%削減できることも示しているとのこと。
「爽空sola」の海外での商用化も始まり、日本発の冷却技術としてさらなるグローバル展開が図られており、イノベーションを創出するための国際競争力の構築が急務となっている。そこで、ステイクホルダーとの共創の場として「一般社団法人日本液浸コンソーシアム」が設立された。それにより、液浸のPOC支援や冷却性能の評価方法の標準化に向けた標準評価POC機の開発も行われた。
今後は、今回の研究成果に加え、対象の冷却技術分野における国際競争力の強化、国際標準化への取り組み、社会実装を一気に加速させる予定としている。