米国がUAEとAI関連で協調する狙い
米国とアラブ首長国連邦(UAE)は5月、UAEが米国製の最先端AI半導体を大量に購入する枠組みで合意した。この合意は、トランプ米大統領の中東歴訪中に発表され、UAEの首都アブダビに世界最大級のAIキャンパスを建設する計画と連動しているが、UAEが大量購入でトランプ政権と一致した背景にはどういった狙いがあるのか。地政学的観点から考えてみたい。
まず、現代の地政学、地経学において、AI(半導体)は軍事、経済、情報分野での覇権を左右する核心となる。中国の技術革新を警戒する米国は、AI半導体の輸出を厳格に管理することで、中国の技術進歩を抑制する姿勢を鮮明にしている。たとえば、バイデン政権下では、UAEを含む中東諸国へのAI半導体輸出に制限が課され、中国への技術流出リスクが懸念されていた。特に、UAEのAI企業G42は過去に中国との関係が精査され、米国はそれに強い警戒を抱いてきた。
しかし、トランプ氏の大統領復帰に伴い、政策は大きく転換した。トランプ大統領は、UAEを重要な国家と位置づけ、バイデン時代のAI拡散ルールを撤廃した。このルールは、AIチップの輸出先を3段階に分け、UAEへのアクセスを制限していたが、トランプ政権は個別の政府間協定によるライセンス制度を採用し、UAEへの半導体供給を可能にした。この背景には、米国の技術覇権を維持しつつ、中東での影響力を強化する狙いがあろう。
米中双方が狙う中東での存在感強化
中東は、経済的・戦略的重要性が高い地域である。UAEやサウジアラビアは、豊富な資金力でAIや半導体分野への投資を強化している。UAEは、2035年までに米国に4400億ドルを投資する計画を発表し、AIインフラや半導体、エネルギー分野での協力を強化している。一方、中国は中東諸国との経済・安全保障面での関係を深めており、米国はこれに対抗する必要に迫られている。UAEへのAI半導体の供給は、米国が中東地域の技術生態系を自国側に引き込むための戦略である
また、今回の合意の狙いは、米国の経済的利益と地政学的優位性の確保にある。まず、経済面では、米国の半導体企業、特にNVIDIAやAMDにとって、UAEは巨大な市場となる。年間50万個のNVIDIA製H100チップの輸出は、数十億ドルの収益をもたらし、米国の半導体産業を強化する。また、UAEが建設するAIキャンパスは、莫大な電力供給を備え、米国のクラウドサービス企業が運営を担う。これにより、米国企業はアフリカ、ヨーロッパ、アジアの顧客にサービスを提供する新たな拠点を確保することになる。
米国が目指すUAEとの長期的なパートナーシップ
安全保障面では、米国は技術の管理を厳格化することでリスクを軽減している。合意には、AIチップを使用するデータセンターが米国企業の監督下に置かれること、技術の不正流出を防ぐ監査システムの導入が含まれる。これにより、中国への技術流出リスクを最小限に抑えつつ、UAEのAI開発を支援する。さらに、UAEの経済多角化戦略とも連動している。UAEは、石油依存からの脱却を目指し、AIや先端技術を成長分野と位置づける。米国製チップの導入により、UAEはスマートインフラや自動運転技術などの分野で競争力を高め、地域の技術ハブとしての地位を確立する。この点で、米国はUAEの野心を支援することで、長期的なパートナー関係を強化する。
しかし、この合意には、リスクも伴う。UAEは中国との貿易関係が深く、技術流出の懸念が完全に払拭されたわけではない。米国内では、議員や一部の安全保障専門家が、トランプ政権の性急な決定が中国のAI開発を間接的に助長する可能性を指摘している。また、大量のAIチップを中東に輸出することで、米国の国内産業が空洞化するリスクも議論されている。今後のトランプ政権によるAI外交から目が離せない。