みずほ証券チーフマーケットエコノミスト・上野泰也が指摘「『手取り増』の本筋」

 政治の世界では最近、有権者の「手取り増」につながる政策をアピールすればその政党の支持率上昇につながるという見方が広がっているようである。実際、マスコミの世論調査で政党支持率をながめると、そうした傾向が見て取れる。日本経済新聞がこの点について、「参院選を控え、財源を気にしないバラマキ合戦を誘発しかねない構図になっている」と厳しく指摘していた。筆者も同意見である。

「少数与党」内閣である石破内閣が予算案を国会で通そうとすれば、財政政策は拡張バイアスが増しやすい。与党は野党3党との政策協議で、「財源が確保できるか」という点を前面に出しながら議論を行った。そこでは財政規律が保たれているようにも見える。

 だが、物価高騰をうけて名目成長率の伸びが近年高くなっており、それに連動して税収が当初見積もりから上振れしやすい状況下、政府が編成する予算案の規模は膨らみがちになっている。やはり、財政規律は弛緩しているとみるべきだろう。

 野党との政策協議で与党が「財源確保論」を持ち出した背景には、責任政党としての財政規律への配慮も、もちろんあるだろう。だがそれ以上に、野党の要求を一部受け入れて予算案を修正するとしても、予算総額が増えない「国会修正」にとどめるのが年度内成立を目指す上では望ましく、「財源確保論」にはそれを実現するための交渉カードという面が、かなりあったのではないか。政府・与党は赤字国債の増発回避を「譲れない一線」(政府関係者)と位置付けたと、時事通信が報じていた。一般会計の予算総額が膨らむ増額修正は絶対回避であり、修正をかける場合には予算総額を増やさない(不変か、あるいは減らす)ということである。与党が日本維新の会と高校授業料の無償化などで合意した後に、政府は25年度予算案の減額修正に動いた。

 この間、与党と国民民主党による「103万円の壁」引き上げを巡る政策協議では、公明党が年収850万円を上限に4段階で控除額を上乗せする案を提示した。これが新たな与党案になり、予算案が修正された。25年度の国の予算で必要となる額(所得税の減収規模)は6210億円で、赤字国債を増やさない対応がとられた。

 国民民主党は、所得制限をかけるのは妥当でないという姿勢を崩さず、3党協議は合意に至らなかった。参院選に向けて、与党との対決姿勢を維持する判断だろう。

 最後に、筆者がこのところ疑問に思い続けていることを一つ。冒頭で述べた通り、「手取り増」が野党の攻め手になり、少なからぬ有権者から支持を得ている。だが、手取りを増やすための「王道」はあくまで、「働いて稼ぐ」ことだろう。公租公課が差し引かれる前の収入を自助努力で増やそうとするのが本筋であり、「他力本願」には自ずと限界があるように思う。