YKK・日本が中核の「スマートファクトリー」戦略、「デジタル技術で世界の工場をつなぐ」

苦戦していた市場でも成果が

「世界、グローバルレベルで、いかにして持続的な競争力を付けるかを根幹に据えて、前進してきた」─こう話すのは、YKK社長の大谷裕明氏。

 世界5極・6つの事業地域でのグローバル展開を進めているYKKは、新たな事業方針を打ち出した。第6次事業方針から引き続き「より良いものを、より安く、より速く、よりサステナブルに」を掲げるとともに、第7次では「業界をリードするわくわくする商品。サービスの提供」を掲げた。

 第6次事業方針の遂行中にはコロナ禍が起き、それ以前の事業環境とは様変わり。まさに「新常態」となった。

 その中で打ってきた施策が数字に表れたのが、ファスナーの販売数量。2024年度の見通しでは前年比約113%となる約101億本となった。100億本の大台に乗せたのは18年度、21年度に続き3回目。

 大谷氏は24年末に「以前は苦戦していた中国の内需や競争の激しさを増してきたベトナム、バングラデシュの市場が、今は他の地域以上に数字がよく、全体を引っ張ってくれている状況」と話し、これまでの取り組みが成果を上げていることを強調。

 これを実現したのが、YKKが意識して強化してきた「コスト競争力」、「商品開発力」、そして「納期・スピード」。商品のバリエーションを増やしながら、顧客が望む納期での対応ができている。

 だが、事業環境は変化し続けている。顧客のサステナビリティ意識の高まりから、ファスナーの素材は変化を求められている他、顧客ニーズが多様化する中多品種・少量・単品化のモノづくりができるかも問われる。さらには地政学リスクが高まり、サプライチェーンの見直しが全世界的に進む。

 この状況に対応するために、「第6次中期経営計画から製造設備を含めた、モノづくりそのものの徹底的な見直しを進めてきたが、それを進化させていく」と大谷氏。

 そこで実現を目指しているのが24時間・365日稼働することが可能な、無停止・無人生産ラインの構築、「スマートファクトリー」の基盤確立である。

 前述したような、顧客の要望に応える納期の実現を継続していく狙いがあるが、日本では人口減少による労働力不足が深刻化している。その中で商品の品質を確保し、生産性を向上させなければいけないという難しい課題を抱えている。

 いま働いてくれている人材に、これ以上の負荷をかけてしまうと、モチベーションの低下、時には離職といった結果を招いてしまうことにもなりかねない。「スマートファクトリー」は人手不足解消につながるし、顧客、従業員、双方の課題を解決することにもつながる。

 実現の鍵を握るのはデジタル技術。第6次中計期間中に、YKKは「デジタル業務推進部」を設置し、デジタル技術を活用した業務変革を進めてきた。グローバルでの基盤を整備し、データや業務オペレーションを標準化することで、無駄を削減したり、事業のスピードや従業員の働きやすさを向上させることを目指しているが、「スマートファクトリー」実現にも重要。

 これにより「世界全体のYKKの工場がつながり、『適時・適材・適量』をより高いレベルでお客様に提供することにつながる」(大谷氏)。

 グローバルに拠点を持つYKKだけに、各極の工場が競い合う状況になっている。これにいかに横串を差すかという状況。「スマートファクトリー」構築では「生産技術力のレベルから考えると、進捗は日本が一歩進んでいる状況」ということで、日本の立ち位置は世界の中核拠点という位置づけ。

 同社が「技術の総本山」と位置づける富山県・黒部工場を、YKKの代表的なスマートファクトリーの拠点として確立し、それを全世界に横展開していく考え。他国のYKKの工場も、その先陣役を担うべく技術を磨いており、社内での切磋琢磨も起きている。

 課題は「検品」の部分だという。ここはAI(人工知能)も活用しながら画像検査をし、品質を安定させることを目指す。

新体制で難局に臨む

 新たな取り組みが進む中、YKKは25年4月から新たな経営体制がスタートする。社長には副社長の松嶋耕一氏が就任。社長の大谷氏は代表権のある会長、会長の猿丸雅之氏は取締役となる。

 松嶋氏は1968年9月大阪府生まれ。91年大阪経済大学経済学部卒業後、YKK入社。これまでイタリア、ポーランド、中国、インドネシア、バングラデシュと、幅広く海外での勤務経験がある。

 会長の猿丸氏は松嶋氏について「環境変化が大変激しく、厳しい。そして事業環境の先行きが見えない中で、グローバルでの経験を生かして力強くカジ取りをしてくれることを期待している」と語った。

 YKKは24年に創業90周年を迎えた。松嶋氏はそれを踏まえて「次なる100周年に向けて、その礎を築いていきたい。顧客、社会に価値貢献し、社員がワクワクして、活気ある会社にしていきたい」と抱負を語る。

 米トランプ政権が高関税策を打ち出すなど、グローバルでモノづくりをしているYKKにとっても一筋縄ではいかない状況が続く。コスト競争力を武器にした新興国メーカーの台頭も著しい。その中で存在感を示し続けるためにも、「スマートファクトリー」の実現が、松嶋氏に課せられた大きな課題だと言える。