宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、JAXAが運用するX線分光撮像衛星「XRISM」を用いて、天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール「いて座A* (エースター)」から数光年の近距離にある超新星残骸「いて座Aイースト」の爆発噴出物に含まれる鉄イオンの量子状態を精密測定。その結果、電子殻が過剰に剥がされた(イオン化された)鉄プラズマの存在を明らかにし、その電子殻の剥がれ具合を温度で表すと、5,000万度を超えることを4月3日に発表した。

  • いて座Aイーストの電波とX線画像。+印はいて座A* の位置を示す。電波画像は米国国立電波天文台NRAOのアーカイブから、X線画像はNASAのX線天文衛星「チャンドラ」の観測データから作成された
    (C)JAXA
    (出所:ISAS Webサイト)

同成果は、国内外の約140名の研究者が参加する国際共同研究チームXRISM Collaborationによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。

太陽のおよそ8倍以上の質量を持つ大質量星は、寿命を迎えると超新星爆発を起こし、秒速数千kmもの衝撃波を星間空間に放出する。この衝撃波は、周囲の星間ガスや爆発時の放出物を加熱し、高温のプラズマ状態へと変化させる。

その結果として生成される高温の自由電子(原子核に束縛されずに自由に動き回れる電子)は、重元素と衝突してその電子殻を破壊し、イオン化を引き起こす。超新星爆発は宇宙規模で見れば非常に短い現象だが、重元素のイオン化は一般的に数万年かけてゆるやかに進行する。

しかし、一部の超新星残骸で観測されるプラズマは、イオン化(電子殻の剥がれ方)から推定される温度が、自由電子の温度よりも高い「過剰電離」状態を示しており、特異な進化過程をたどったと考えられている。実際にどのような物理過程を経たのかを解明するには、天体のプラズマ状態のより精密な理解が必要だ。

イオンの量子状態(原子に束縛された電子の数やエネルギー準位、スピンなどの物理量によって決定される原子の状態)を精密に測定することで、自由電子の温度や電子殻の剥がれ方を正確にとらえ、現在の状態に至るまでの過程を詳細に議論することが可能になるとされる。

天の川銀河全体を重力的に支配するいて座A* は現在は穏やかだが、宇宙の時間スケールで見ればごく最近である数百年ほど前の時代には激しく活動していたという説がある。もしそれが事実であれば、いて座Aイーストにもその痕跡が残されている可能性がある。

研究チームは今回、JAXA7番目のX線天文衛星であるXRISMを用いて、いて座Aイーストを観測し、爆発時の放出物に含まれる鉄イオンの量子状態を精密測定することにした。

原子番号26の鉄は、通常26個の電子を持つが、今回の精密分光の対象となったのは、24個の電子が剥ぎ取られて2個の電子のみとなった「ヘリウム状」の鉄イオンの輝線放射の微細構造だ。その結果、通常の超新星残骸の鉄イオンで起こりやすい自由電子の衝突による輝線と、過剰に電子殻を剥がされた鉄イオンで起こりやすい自由電子の再結合による輝線とを、初めて分離することに成功。これにより、ヘリウム状鉄イオンと水素状鉄イオン(25個の電子が引き剥がされた鉄イオン)の数比を精密に測定することができたという。

電子殻の剥がれ具合をプラズマの温度に換算すると約5,400万度となり、これは電子を剥ぎ取る役割を持つ自由電子の温度である約1,900万度を大幅に上回る。この結果は、日本の5番目のX線天文衛星「すざく」(運用期間:2005年7月〜2015年8月)による過去の研究でも示唆されていた、過剰電離状態を明確に示すものとなった。

この異常な状況は、過去に急速な電子の剥奪が起きたことを意味しており、その原因の有力候補の1つは、数千年前にいて座A* から放たれた強いX線フレアが考えられるとのこと。もしそうであれば、いて座Aイーストは、いて座A* の活動の歴史を記録した貴重な考古学的資料といえるだろう、としている。

  • (上)通常の超新星残骸のプラズマと、いて座Aイーストで見られた過剰電離プラズマの進化過程の比較。(下)いて座AイーストのXRISM軟X線分光装置(Resolve)、軟X線撮像装置(Xtend)によるヘリウム状鉄イオンの輝線のスペクトルとプラズマモデル
    (C)JAXA
    (出所:ISAS Webサイト)

今回の研究は、銀河中心領域に位置する超新星残骸いて座Aイーストが、特異なプラズマ状態にあることを明確に示した。特殊な進化をたどった超新星残骸の量子状態を測定した貴重なデータは、超大質量ブラックホールの活動や超新星爆発直前の恒星の活動について、新たな視点からの情報をもたらすという。

また、科学的意義に加え、XRISMが初めて可能にした、広がったX線天体の精密なプラズマ分光が強力な研究手段となることを示した点でも重要であるとした。XRISMや将来のミッションにより、今回のケースのように特殊な進化経路をたどった超新星残骸の系統的な理解が進むことで、恒星進化の物理的理解が飛躍的に深まる可能性があり、今回の成果はその方法論を示す先駆けとしての役割も果たしたとしている。