東京商工会議所顧問(松久グループ代表)・神谷一雄が語る「賃上げと人手不足と中小企業経営者」

今年は日本の中小企業が生き残りをかけた正念場を迎える。原因は「賃上げと人の確保」である。経団連会長が「賃上げは2023年が起点で、2024年に加速、2025年は定着に努力する年である」と発言されている。

 また、労働組合の連合も、25年の賃上げ目標を大企業は5%、中小企業は6%以上を要求する方針を打ち立てている。どちらも、中小企業の実態をあまりご存知ではないのではなかろうかと、私は疑問を持つ1人である。

 日本は島国という特性もあり、これまで大企業と中小企業は下請け、孫請けという形で、国内でピラミッド型に連なってきた。全企業の70%、全労働者の99%を中小企業が支える一方、中小企業は大企業に頼らざるを得ない産業構造となっている。

 しかし、中小企業は大企業より十分な利益を得られてきたとはいえない。常にコストカットを求められ、そのうえ、90日、120日という長期の支払いにより、中小企業の資金繰りに大きな影響を及ぼしてきた。

 経済産業省は昨年4月に、関係団体に支払期間の短縮を要請するなどの文書を配布し、これを問題視、改善に動いている。また、大企業のトップ層はこの問題を認識していたとしても、現場の末端にまで届いているとは言い難いのではないか。

 末端の責任者は、どうしても自分自身や自分の部署の成績を上げることに熱心になるあまり、結果として、さまざまな面で取引先の中小企業にしわ寄せがいくケースが多く見受けられるからだ。

「脱大企業、海外展開、イノベーション」など、中小企業にはこれらが求められてきたが、資金面、人材面が十分でない中小企業が成功する事例は数少ないのが現実だ。長くデフレが続いてきた日本経済において、中小企業は非常に厳しい環境にさらされてきたのである。

 一昨年からの賃上げの流れにも、対応して切れていない中小企業が多い中で、25年は賃上げの定着と言われ、初任給の大幅アップ、大幅な賃上げの実現、という声に対し、「はい、そうですか」と賛同できる中小企業経営者は少ないだろう。

 年々、社会保険料の負担も増えており、何とか昇給しても、会社の負担ばかりが増えて、結果的に従業員の手取りは増えないということもある。

 このままでは、中小企業は若い人材、新しい人材を確保できないばかりか、社員の高齢化だけが進んでいく。また、後継者もおらず、近い将来、仕事を続けられなくなるのではと、不安と危機感を抱える経営者が多いのが現実だ。

 25年は中小企業経営者にとって大企業の賃上げと、それによる人手不足にどう対応していくかが問われる年となる。大企業は価格転嫁と賃上げを進め、業績を向上させていくだろう。一方、中小企業経営者は、その恩恵が回ってくることをただ待ち、過去を嘆き、時代の流れや周囲の動きに翻弄されてばかりではいけない。

 中小企業経営者は、自分の仕事は自分の責任であるとの自覚を強く持ち、物事に挑戦しなければならない。賃上げや利上げに負けないためにも、どのように利益を確保し、何をすべきかを必死に考えなければならない。

 政策面の助けも必要だ。中小企業が崩壊すれば、日本の雇用が崩壊する。雇用が崩壊すれば、日本の社会保障制度が崩壊してしまうからだ。中小企業経営者の皆さん、共に頑張りましょう。

『わたしの「対話人生」』国際社会経済研究所(IISE)理事長・藤沢久美「扉は開いている」