東北大学は3月25日、次世代の薄膜太陽電池や熱電変換素子への応用が期待される硫化スズ(SnS)を薄膜化する際、両元素の原子数比(組成)が1:1からわずかにずれることがあり、それが薄膜にどのような影響を及ぼすのかが不明だった中で、SnS薄膜の組成を精密に制御する手法を開発し、組成のずれが電気的特性や膜質に大きな影響を与えることを実験的に解明したと発表した。
同成果は、東北大 多元物質科学研究所の鈴木一誓講師、東北大大学院 環境科学研究科 先進社会環境学専攻の野上大一大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する材料科学を扱う学術誌「APL Materials」に掲載された。
SnSは、次世代の薄膜太陽電池や熱電変換素子への応用が期待される半導体で、どちらも地球上に豊富に存在し、大量に摂取するようなことがなければ人体に無害とされるスズと硫黄が1:1の原子数比で構成されている。しかし、硫黄はスズと比較して著しく蒸発しやすい元素であるため(例えば、500℃における硫黄の「飽和蒸気圧」(元素の蒸発のしやすさ)は、スズのそれよりも11桁も高い)、SnS薄膜を作製する際、スズと硫黄の比率が化学式通りの1:1からわずかにずれが生じることがあった。従来は「組成のずれは小さい方が望ましい」と一般的に考えられていたものの、具体的にどの程度の影響があるのかは実験的に検証されていなかった。
そこで研究チームは今回、SnS焼結体をターゲットとした通常のスパッタリングに加えて、プラズマ化した硫黄を薄膜堆積部に供給する新たな手法である「硫黄プラズマ援用スパッタリング法」を用いて、硫黄の量を精密に制御したSnS薄膜を作製。その電気的特性や膜質などを詳細に解析し、組成のずれが物性に与える影響を調査したという。
今回の研究において、SnS薄膜を作製する際に用いられた硫黄プラズマ援用スパッタリング法で使用された硫黄プラズマは、硫黄粉末をヒーターで加熱して得られる硫黄蒸気に高周波を印加することにより生成される。そして硫黄粉末の加熱温度を調整することで、硫黄プラズマの供給量を制御することが可能となり、薄膜中の硫黄量の緻密な制御が実現された。これにより、スズと硫黄の原子数比がわずかに異なる4種類のp型SnS薄膜(1:0.81、1:0.96、1:1、1:1.04)が作製された。これらの4種類の薄膜を詳細に解析した結果、わずかな組成のずれが電気的特性や膜質に大きな影響を与えることが突き止められた。
まず明らかになったのは、化学量論組成からわずかでもずれが生じると、粒子が粗く堆積し、空隙の多い膜質となるという点だ。ただし、硫黄が過剰な場合にはキャリア密度が急上昇する一方、硫黄が不足した場合のキャリア密度はほとんど変化しないという、事前の予想とは異なる結果が得られたという。研究チームはその理由として、硫黄不足によってアクセプタ型欠陥とドナー型欠陥が同時に生成され、互いに補償効果を示すためと推察した。
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(上)化学量論組成および非化学量論組成のSnS薄膜表面の電子顕微鏡像。化学量論組成では平滑だが、非化学量論組成では隙間が認められる。(下)薄膜の断面模式図。結晶子内部の斜線は、結晶の方位を示す(出所:東北大プレスリリースPDF)
これらの欠陥は、本来であれば太陽電池の性能を劣化させる要因となるため、回避すべきものだ。しかし、硫黄不足の影響がキャリア密度の変化として顕著に現れにくいことから、これまで多くの研究で見過ごされてきた可能性があるという。そして今回の研究結果は、これまで「化学量論組成」と認識されてきたSnS薄膜が、実際にはごくわずかに硫黄不足だった可能性を示唆しているとした。
その一方で、化学量論組成のSnS薄膜は、粒子が密に堆積した緻密な膜質を示し、正孔移動度が11cm2V-1s-1と非常に高く、太陽電池への応用に適していることが判明したとする。
これらの結果から、SnS薄膜を太陽電池に応用する際には、その組成の精密な制御が極めて重要であることが再確認された。また、特に硫黄の不足は電気的測定からは見逃されやすいことが示唆され、硫黄不足を抑制するようなプロセス技術の確立が重要であることが示された。今回の研究は、SnSを用いた薄膜太陽電池の性能向上に直接的に貢献する重要な知見であり、今後の素子設計において新たな指針となることが期待されるとした。
なお、研究チームはこれまでの研究において、n型SnSを用いたホモ接合SnS太陽電池の研究を継続的に推進してきたといい、その結果、n型層とp型層の両方にSnSを用いたSnSホモ接合太陽電池が高い出力電圧を得るのに適した構造であること、塩素をSnS薄膜にドーピングすることでn型SnS薄膜の作製が可能であることなどを明らかにしてきた。今回の研究で得られた知見はp型SnS薄膜に関するものであるが、ホモ接合太陽電池のさらなる高効率化にも大きく寄与することが期待されるといい、研究チームは今後、実際のデバイス応用を見据え、ホモ接合太陽電池の開発を進めていく予定としている。