海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、生命の存在が示唆される土星の第二衛星「エンケラドス」(エンセラダスとも)の氷の下の地下海では、生命にとって重要な金属元素が不足している可能性があることを解明したと3月19日に発表した。
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エンケラドスの内部イメージ。衛星表面の分厚い氷の層の下に地下海があり、海底は岩石で構成されている。南極側にある氷の割れ目「タイガーストライプ」からは、地下海からの海水が間欠泉的に噴き出しており、NASAの土星探査機カッシーニがその吹き出る海水の中を通過し、有機物が含まれていることを確認した。土星の潮汐力により、衛星そのものが重力で変型することで、海底には海底熱水環境が存在していると思われる。海底の岩石からはさまざまな成分が溶け出しているが、生命に必要な金属は溶け出しにくく、不足している可能性があることが今回明らかにされた
(出所:JAMSTEC Webサイト)
同成果は、JAMSTEC 超先鋭研究開発部門の丹秀也Young Research Fellow、同・渋谷岳造主任研究員、東京科学大学 地球生命研究所の関根康人教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国地球物理学連合が刊行する惑星科学を扱う学術誌「Journal Geophysical Research: Planets」に掲載された。
現在、太陽系において地下海の成分が直接的に調べられている唯一の天体が、エンケラドスだ。米国航空宇宙局(NASA)のカッシーニ探査機により、その地下海には水素や二酸化炭素(CO2)に加え、有機分子、そして地球型生命にとって必須の元素であるリンなどが確認されている。さらに、同衛星の海底には熱水環境も確認されており、これは地球型生命に必要な、液体の水、有機物、エネルギーという3つの条件が満たされていることを意味する。
地球において、生命が誕生した可能性が高い場所のひとつとして有力視されているのが、海底熱水環境だ。このような環境には、水素とCO2をエネルギー源として利用してしている「メタン生成菌」が生息する。この事実は、エンケラドスの海底熱水環境においても、同様の生命が存在しうる可能性を示唆している。
しかし、検出されているエネルギー源やリンが、実際に生命に消費されているのかどうかは、現時点では確認されていない。一方、これらの物質の存在自体は、エンケラドスにおける生命存在の可能性を支持する。研究チームは今回、これまでとは異なる視点から、同衛星における生命活動の可能性を探ることにした。
今回着目したのは、これまで詳細に検討されてこなかった、エンケラドスの地下海に存在するであろう微量の金属元素だ。コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、モリブデンといった微量金属は、地球のメタン生成菌が生命活動を行う上で重要な役割を担う。これらの微量金属は、ヒトをはじめとする生物の生命維持にも必要であり、地球の海洋においては海底熱水環境が供給源のひとつとなっている。しかし、その存在量が極めて少ないため、これまで同衛星の海水中からは検出されていなかった。
そこで今回は、エンケラドスの海洋環境を模擬したCO2などを含む水溶液と、同衛星の海底の岩石に似た組成と考えられる炭素質隕石の粉末を高温で反応させる実験が実施された。これは、同衛星の海底における岩石からの成分の溶け出しを再現することが目的だ。
その結果ニッケルと亜鉛、モリブデンは岩石粉末から比較的容易に溶け出し、地球のメタン生成菌が必要とする濃度に達していることが判明した。一方でコバルトと銅は、メタン生成菌が必要とする濃度までは溶け出さなかったという。
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実験と結果の模式図。エンケラドスの海水と海底の岩石を模擬した水溶液と岩石の粉末を使い、これらを高温で反応させる装置により実験が行われた。岩石と反応した後の水溶液は、ニッケルなどの金属については比較的多く溶け出した一方で、コバルトと銅は非常に低い濃度だったという
(出所:JAMSTEC Webサイト)
微量金属の海水中における濃度は、岩石中の硫化鉱物から溶け出す化学反応によって決定される。研究チームの計算によれば、ニッケルはエンケラドスの海底熱水環境下では、一般的な海水よりも濃度が高くなる可能性が示唆された。しかしコバルトについては、海底熱水環境においても、メタン生成菌が必要とする濃度には達しないことが明らかになった。
その理由としては、同衛星の海底熱水環境が地球の熱水環境と比較して低温であるために鉱物が溶け出しにくいことと、地下海の水質が水素を含むアルカリ性であるためにコバルトの溶解度が低い可能性が指摘されている。
これらの結果から、仮にエンケラドスの生命が地球のメタン生成菌と同程度の量の微量金属を必要とする場合、コバルトや銅が海中で不足し、これらの微量金属の不足が生命活動を抑制している可能性があるとした。このため、現在の同衛星に豊富に存在するエネルギー源やリンは、生命によってあまり消費されることなく残っていることも推測されるとしている。
現在の地球では、メタン生成菌のような生命は、しばしば厳しい環境下でエネルギー源や栄養素が不足するため、その活動が抑制されることがある。なかには、エネルギーの獲得方法を変えることで適応した微生物も発見されている。
一方エンケラドスでは、生命にとって十分なエネルギー源と栄養素が存在するにも関わらず、一部の微量金属が不足していることで、生命活動が抑制されている可能性がある。仮に同衛星に生命がいる場合、エネルギー不足に対して適応している地球上の微生物とはまた異なる、微量金属の欠乏に対する独自の適応メカニズムを持っていることも考えられるとした。
今回の研究は、地球外の海における、生命活動に関わる微量金属の濃度や挙動を初めて実験的に検証したものであり、今後の宇宙生命研究に新たな視点を加えるものとしている。