TSMCが米国で1000億ドル(約15兆円)の追加投資を行い、先端半導体向け生産体制を強化する計画が3月3日に発表された。

この投資は、すでに進行中のアリゾナ州での650億ドル規模のプロジェクトに加え、新たに3つの製造工場、2つのパッケージング施設、そして研究開発センターを建設するものである。これにより、TSMCの米国への総投資額は1650億ドルに達する見込みであるが、この動きについては、米トランプ政権側とTSMC側のそれぞれ異なる狙いが背景にある。

まず、トランプ政権側の狙いである。トランプ大統領は、米国経済の強化と国家安全保障の確保を最優先課題として掲げており、半導体の国内生産拡大はその中核を成す戦略である。

半導体は人工知能(AI)、自動車、軍事技術など、先端産業を支える基盤であり、その供給を海外に依存している現状は米国にとって脆弱性とみなされている。特に、TSMCが世界の先端半導体市場で9割以上のシェアを握り、その生産拠点が台湾に集中していることは、台湾有事や地政学的緊張が高まった場合に供給網が寸断されるリスクを孕んでいる。

トランプ氏は選挙期間中から、「台湾が米国の半導体産業を奪った」と批判し、輸入半導体への高関税(25%以上)を課す方針を示してきた。この関税政策は、海外企業に米国での生産を促す圧力として機能させる狙いがある。TSMCの15兆円規模の追加投資は、この圧力が具体的な成果を上げた形であり、トランプ氏は会見で、「高賃金の雇用をたくさん生む」「AI分野での米国の優位性を加速させる」とその意義を強調した。さらに、政権幹部の一人であるラトニック商務長官は、この投資が「関税を避けるため」と指摘しており、経済的なインセンティブと保護主義的政策が連動していることが伺える。

また、トランプ政権は、単に生産拠点を米国に移すだけでなく、半導体産業全体のエコシステムを国内で構築し、中国との技術覇権争いで優位に立つことを目指している。さらに、一部報道では、トランプ政権がTSMCに対し、経営難に陥るインテルの製造部門への関与を促しているとの観測もあり、米国内の半導体産業再編を加速させる狙いが見て取れる。このように、トランプ政権にとってTSMCの投資は、経済安全保障と国家安全保障を同時に強化する一石二鳥の施策と言えよう。

一方、これについてはTSMC側にも別の狙いがある。米国への巨額投資はリスク分散と顧客との関係強化を図るという戦略的な判断である。

TSMCは世界最大の半導体受託製造企業として、台湾での生産に集中してきたが、近年、中国による台湾への軍事的圧力が高まる中、生産拠点の地理的集中が事業継続性のリスクと認識されるようになっている。米国での生産能力拡大は、こうした地政学的リスクを軽減し、万が一の有事にも供給を維持できる体制を構築する狙いがあると考えられる。加えて、TSMCの主要顧客である米国のテック企業(Apple、NVIDIA、AMDなど)は、米政府の後押しもあり、国内での半導体調達を求める声が強まっている。2024年に成立したCHIPS法に基づく66億ドルの補助金や、今回の投資に対する25%の税額控除といった支援策も、TSMCにとって米国進出の大きな誘因である。これにより、顧客ニーズに応えつつ、コスト負担を軽減できる。

また、トランプ政権が示唆する関税強化は、台湾からの輸出に直接的な打撃を与える可能性があり、米国での現地生産はそれを回避する現実的な選択肢となる。魏哲家CEOは会見で、「AI技術の発展とスマートフォンの進歩を支えるため、米国で大量のチップを生産する」と述べ、数千人の雇用創出とともに、技術革新への貢献を強調した。

これは、TSMCが単なる生産移転に留まらず、米国での先端技術開発を進め、市場競争力を維持・強化する意図を示している。さらに、新設されるパッケージング施設は、TSMCにとって米国初の後工程能力となり、単なる製造にとどまらない付加価値の高いサービス提供を可能にする。これにより、TSMCは米国の半導体サプライチェーンにおける地位を一層強固なものにする狙いがある。一方で、台湾政府の承認が必要なこの投資は、先端技術の海外流出を懸念する国内の慎重論とバランスを取る必要があり、TSMCとしては米国と台湾双方の利益を調整する難しい舵取りが求められる。

結論として、トランプ政権側の狙いは、関税政策をテコにした国内生産の誘致、雇用創出、技術覇権の確保であり、TSMC側の狙いは地政学的リスクの分散、顧客との関係強化、支援策の活用を通じた事業基盤の拡大である。両者の利害が一致したこの投資は、米国の経済安全保障とTSMCのグローバル戦略が交錯する象徴的なケースと言えよう。