今日ではあらゆるものがクラウドに保存されていますが、クラウドは一体どこにあるのでしょうか?
その答えはデータセンターです。写真、動画、その他のメディアデータに対する尽きることのない需要により、データセンター業界は活況を呈しています。
国際エネルギー機関(IEA)によると1)、人工知能(AI)分野の爆発的な成長により、データセンターの電力需要が大幅に増加しており、2022年から2025年までの3年間で電力消費量が2倍以上に増加すると予想されています。コスト増に加え、老朽化した電力インフラへの負荷も深刻化しています。その電力インフラはすでに限界に達しており、新たな投資が必要となっています。
データセンターの電力使用量の急増は、ネットゼロを目指す中で、電力を効率的に変換してコスト削減と温室効果ガス排出量の削減を実現するパワー半導体の需要拡大につながります。また、システム全体のコスト削減と小型化を実現する電力システムを求める動きも続いています。
データセンターにとって冷却もまた大きな問題であり、現在、ほとんどのデータセンターでは電力使用量の40%以上を占めていると推定されます2)。実際、電源の効率について語る場合、無駄になるエネルギーは単に熱として放散され、データセンターの空調システムで除去する必要があります。したがって、電力変換の効率が向上すると発熱が減少し、冷却にかかる電気代も減ります。
データセンターにおけるAC-DC変換の要件
データセンターの電力システムに具体的に何が必要なのか、また、コンポーネントベンダーがこれらの課題にどのように対応しているかについて、もう少し詳しく見ていきましょう。
データセンター内の電力密度は急速に高まっており、電源ユニット(PSU)のベンダーは、標準的な1Uラックに最大の電力能力を詰め込むよう取り組んでいます(図1)。わずか10年ほど前には、ラックあたりの平均密度は4~5kW程度でしたが、今日のAmazon、Microsoft、Facebookなどのハイパースケールクラウド企業は、一般的にラックあたり20~30kWを想定しています。一部の専門システムでは、さらに厳しく、ラックあたり100kW以上を義務付けているところもあります3。
このような高電力密度には、小型フォームファクタに収まるコンパクトな電源が必要です。また、電力変換損失による熱を放散して管理するためのスペースが限られているため、高い効率も必要とされています。
しかし、課題は全体的な効率の改善だけではありません。電源はデータセンター業界の特定のニーズにも適合しなければなりません。例えば、すべてのAIデータセンターのPSUは、厳格なOpen Rack V3(ORV3)基本仕様に準拠している必要があります。
最近、サーバーラックのプロバイダーが、公称入力範囲が200~277VACで出力が50VDCの新しいAC-DC PSUを発売しました。これは負荷30%から100%の条件で97.5%を超えるピーク効率、負荷10%から30%の条件で94%の最低効率を要求するORV3規格を満たしています。
サーバーラック用電源ユニットのトポロジーの選定
PSUのAC-DC変換の重要な部分として、力率補正(PFC)ステージで高い効率を達成することが不可欠です。PFCステージは、入力電流を整形して、入力電力全体に対する有効電力の比率を最大化します。PFC設計は、IEC 61000-3-2等の規制での電磁両立性(EMC)への適合、およびENERGY STAR等のエネルギー効率仕様への準拠においても重要です。
多くのアプリケーション、特にデータセンターにおけるPFCステージへの最良のアプローチは、「トーテムポール」PFCトポロジーです。これは一般的に、データセンターの3kW~8kWシステム用電源のPFCブロックに使用されます(図2)。MOSFETをベースにしたトーテムポールPFCステージは、容積が大きく損失の多いブリッジ整流器をなくすことで、AC電源の効率と電力密度を向上させます。
しかし、ハイパースケールデータセンター企業が要求する97.5%以上の効率を達成するには、トーテムポールPFCでは、シリコンカーバイド(SiC)などの「ワイドバンドギャップ」半導体材料を使用したMOSFETが必要です。今日、すべてのPFCステージでは、高速スイッチングレグにSiC MOSFETを使用し、位相レグまたは低速レグにシリコンベースのスーパージャンクションMOSFETを使用しています。
SiC MOSFETはシリコンMOSFETに比べて性能が高く、効率も向上しています。高温でも優れた性能を発揮し、堅牢性も向上し、より高いスイッチング周波数で動作できます。
シリコンベースのスーパージャンクションMOSFETと比較すると、SiC MOSFETは、出力容量に蓄積されるエネルギー(EOSS)が低くなっています。これはPFCステージにおける主要なスイッチング損失が、EOSSとゲート電荷が比較的高いデバイスによって引き起こされるため、低負荷状態において重要です。EOSSが低いためスイッチング時のエネルギー損失が最小限に抑えられ、トーテムポールPFC高速レグの効率向上を実現します。さらに、SiC MOSFETはシリコンベースのスーパージャンクションMOSFETに比べて、熱伝導率が3倍優れているため、RDS(ON)の温度係数がより良好な(正の)値を示しています。
以下のプロットは、650V SiC MOSFETのオン抵抗と接合部温度の関係を示しています(図3)(接合部温度175℃でのオン抵抗は室温時の1.5倍)。
同様に、以下のプロット(図4)は、650VスーパージャンクションMOSFETのオン抵抗と接合部温度の関係を示しています。接合部温度175℃におけるオン抵抗は室温時と比較して2.5倍以上になります。
同様な定格のRDS(ON)デバイスをシリコンベースの650VスーパージャンクションMOSFETと650V SiC MOSFETで比較すると、650VスーパージャンクションMOSFETのRDS(ON)は、接合部温度(Tj)が175℃になると約50m ohmに増加するのに対し、650V SiC MOSFETのオン状態抵抗(RDS(ON))は、Tjが175℃でも30m ohm前後のままです。したがって高温動作時には、650V SiC MOSFETの方が導通損失を低く抑えられます。
トーテムポールPFCの低速レグブロックおよび LLCブロックでは、導通損失が全体の電力損失の大半を占めます。SiC MOSFETは、接合部温度が高くてもRDS(ON)は低いため、システムの効率が向上します。
SiC MOSFETは、高温でのRDS(ON)の増加が小さくEOSSが優れているため、トーテムポールPFCトポロジーに適しています。これらは両方とも効率の向上とエネルギー損失の低減に寄与します。
SiC MOSFET技術で高いシステム効率を実現
「NTBL032N065M3S」および「NTBL023N065M3S」を含むオンセミの650V M3S EliteSiC MOSFETは、高いスイッチング性能を提供し、PFCおよびLLCステージにおけるシステム効率を改善します。M3S EliteSiC技術は、ゲート電荷を50%低減、EOSSを44%低減、出力容量蓄積電荷(QOSS)を44%低減し、従来技術を凌駕しています。この優れたEOSS の数値により、PFCステージでハードスイッチングトポロジーを使用した場合、軽負荷時のシステム効率が向上します。また、QOSSが低いため、LLCステージでのソフトスイッチングトポロジーの共振タンクインダクタンス設計が簡素化されます。
M3S EliteSiC MOSFETは、優れたスイッチング性能と電力効率のため、放熱量が少なくなっています。M3S EliteSiC MOSFETは、データセンターの冷却要件を軽減するのに役立つだけでなく、電気自動車(EV)用ウォールボックスDC充電器など、動作周波数が高いPFCおよびDC-DCブロックでも「クールに動作」します。
さらに、M3S EliteSiC MOSFETは、電圧クラス内で高い性能のゲート電荷量Qgを提供し、ゲート駆動損失を低減します。優れたQgsとQgdは、スイッチングのターンオンおよびターンオフ損失の低減にも役立ちます。LLCブロックでは、VDSがオフ状態からダイオード導通状態に遷移するには、出力容量を充電する必要があります。これを迅速に行うには、過渡出力容量(COSS(TR))を低く抑える必要があります。この場合、過渡COSS は、共振タンクからの循環損失を最小限に抑え、LLCのデッドタイムを短縮して一次側の循環損失を低減できるため、非常に重要です。オン状態抵抗が低いため導通損失が抑えられ、またEOFFが低いことでスイッチング損失が抑えられます。全体的に見て、システム効率の高さが最も重要な性能基準であり、それによってSiC MOSFETがデータセンターのPFCおよびLLCステージにおける最適な選択肢となっています。
新しいEliteSiC MOSFETは、太陽光発電(PV)装置、エネルギー貯蔵システム(ESS)、無停電電源装置(UPS)、EV充電ステーションなどのエネルギーインフラ用途にも適用可能です。設計エンジニアは、動作周波数の向上に役立つM3S EliteSiC MOSFETを使用することで、システム全体のサイズを縮小できます。システムの視点からすると、設計エンジニアはM3S EliteSiC MOSFETを使用することで、シリコンベースの650 VスーパージャンクションMOSFETよりもシステムコストを削減できます。
全体として、新しいEliteSiC MOSFETは、同じRDS(ON)を基準とした場合、コスト、EMI、高温動作、スイッチング性能において、市場で入手可能なスーパージャンクションMOSFETに対して競争力があります。650V M3S EliteSiC MOSFETは、同じパッケージのスーパージャンクションMOSFETよりもRDS(ON)が低く、LLCトポロジーでのシステム効率が向上します。他のシリコン代替品に比べて優れている点は、スイッチング損失が低いことです。
結論
この記事では、ハイパースケールデータセンターの電力需要の増加に伴って、効率的な電力変換に対する新しい厳格な要件が設定されている状況について、簡単に説明しました。AIが世界を変革することが期待される中で、既存の電力網がAI主導のクラウドコンピューティングの急速な拡大に対応できるよう、この効率化が必要です。
SiC MOSFETにより、PFCおよびLLCステージの効率を改善することができます。オンセミの650V M3S EliteSiC MOSFETは、ハイパースケールデータセンターのPFCおよびLLCステージの効率を改善します。650V M3S EliteSiC MOSFETは、ゲート電荷量、EOSS、QOSSを低減し、PFCおよびLLCステージで使用されるハードスイッチトポロジーの効率を高め、設計を簡素化することで、電力使用量の削減と運用コストの削減に役立ちます。
本記事はonsemiが「EE POWER」に寄稿した記事「How SiC MOSFETs Address AI Data Center Efficiency」を翻訳・改編したものとなります
参考文献
1) https://datacentremagazine.com/data-centres/ai-boom-will-cause-data-centre-electricity-demand-to-double
2) https://theodi.org/news-and-events/blog/data-centres-cloud-infrastructures-and-the-tangibility-of-internet-power/
3) https://www.sdxcentral.com/articles/analysis/data-center-rack-density-how-high-can-it-go/2023/09
Wonhwa Lee(ウォンファ・リー)