LINEヤフーはデータ活用の事例を共有するため、旧ヤフー時代から社内の表彰制度として、データアワードを行ってきた。データアワードは、ゴール賞、アシスト賞、Generative AI賞と3つのカテゴリーで表彰を行う。

ゴール賞は業績に貢献したこと、アシスト賞はデータを使う環境を整備したこと、Generative AI賞は生成AIを活用した効果が評価される。データアワードは平均して10~30名が関わっているプロジェクトが応募することが多く、メジャーなサービスのエンジニアが受賞するケースが多かったという。

しかし昨年、Generative AI賞のグランプリを受賞した顧客分析統括本部の松原吏志氏は単独での応募だった。同氏のどのような生成AI活用が評価されたのか。また、グランプリの賞金の100万円の使い道はいかに。

  • LINEヤフー 顧客分析統括本部 松原吏志氏

定量調査と定性調査に生成AIを活用

松原氏は、ユーザーの課題を理解してサービスの改善につなげるため、調査と分析を行っている。「大量のデータを用いて定量調査と定性調査を行っているので、まさに生成AIがはまります。生成AIが業務に直結しています」と、同氏は語る。

最初は手探りで生成AIを利用していたが、もともとAIに興味があったことから、活用が加速しているという。以前お伝えしたが、LINEヤフーは全従業員が生成AIを活用できる仕組みを構築している。具体的には、生成AIを利用するには研修を受ける必要があり、研修を経て独自アシスタントAI「ChatAI」や「GitHub Copilot」を利用できる。

松原氏は2022年11月から生成AIを使い始め、3カ月ほど経ったころ、調査分析における生成AI活用のコツをつかんだという。

「定量調査において、アンケートの設問文の選択肢のアイデアを生成AIに依頼したらうまくいくことに気づきました。ただし、プロンプトによる指示が曖昧だとそれなりの答えしか出てきません。適切な情報を与えてきれいな日本語でプロンプトを出すと、的確な答えが出てきます」(松原氏)

1行もコードを書かずにアプリを開発

こうして、試行錯誤を重ねて生成AIの活用スキルを磨いた松原氏が取り組んだのがアプリの開発だ。「1行もコードを書かずに、生成AIを活用してアプリを開発しました」と松原氏は話す。エンジニアではない同氏はプログラミングに明るくない。

Excelを多用する部門だったため、「ExcelならVBAが使えるという知識はありました。まあ、PythonならAIを扱えることも知っていました」と松原氏。そのため、生成AIで作ったアプリはVBAベースのものが多く、VBAで対応しきれない場合にPythonを用いたとのこと。アプリを作るときは、生成AIに対し「あなたはプロのVBAプログラマーです」と問いかけていたそうだ。

松原氏は生成AIを使って多くのアプリを作ってきたが、最短2往復で出来上がったこともある。とはいえ、アプリが使える状態になるまで、生成AIとのやり取りが繰り返されることもあり、「無制限で生成AIを使える環境だったからできたことです。ありがたいです」と松原氏は話す。

アプリは使いやすいUIまでこぎつけたところで、他の人に共有される。松原氏が所属する顧客分析統括本部はほぼ同じ職種の方が集まっているため、「自分が使いやすいものは他の人も使いやすいはずと考えています。実際、『このアプリはいいぞ』という声をもらっています」と松原氏。

試行錯誤を重ねて作り上げられた松原氏のアプリは好評を博しているようだ。

生成AIを活用して3つのアプリを開発

それでは、松原氏が生成AIを活用してつくったアプリを紹介しよう。今回、「FA分類ツール」「テキストフィルタツール」「Zoom文字起こし要約ツール」の3つのアプリを紹介してもらった。

FA分類ツール

FA分類ツールは、アンケートの自由回答を自動で分類するものだ。これまでアンケートの分類は人の手で行っていたため、時間がかかっていたという。自由回答について、ポジティブ、中立、ネガティブかを自動で分類できる。集計ボタンを押すと、隣のシートに構成比がグラフとして表示される。

以下がFA分類ツールの画面、ダミーデータは生成AIが作成したものだ。アンケートはデバイスについて聞くもので、デザインは好き嫌いが分かれるので、ポジティブとネガティブの両方の意見が集まっている。

  • 「FA分類ツール」の実行前の画面。GOボタンを押すと、マッチング処理が行われる

  • 「FA分類ツール」では分類が行われた後、グラフまで自動で生成される

テキストフィルタツール

テキストフィルタツールは、大量のテキストデータから必要なフレーズを探し出すもの。デモでは、趣味に関する8000件のデータを分類してもらった。こちらのツールもGOボタンをクリックすると実行される。

「このツールなら、どれだけフレーズが多くても一発で分類できます。また、映画、movie、ムービーといった言葉の揺らぎもAIが考えて集計してくれます」と、松原氏は語っていた。

  • 「テキストフィルタツール」の実行前の画面。「GO」ボタンを押すと、分類が行われる

  • 「テキストフィルタツール」の実行後の画面。関連する趣味にフラグが立っている

Zoom文字起こし要約ツール

Zoom文字起こし要約ツールは、ZoomとAPIで連携して、ZoomのログインIDを基に話者を判別するもの。30分程度で基本のロジックが出来上がったそうだ。このツールもGOボタンを押すと、会議で話された内容を話題や人別に整理する。

Zoomにも文字起こし機能があるが、松原氏は「まだ洗練されていなくて、精度が低い」と指摘する。

同ツールでまとめられた要約からは、ミーティングの流れやポイントをすぐに把握できる。松原氏は「一番のポイントは最後の10分で会議の振り返りができること。また、会議の内容を記録しないでいいので、会話に集中できます」と話す。

  • 「Zoom文字起こし要約ツール」で会議の発言を参加者別にまとめた場合

  • 「Zoom文字起こし要約ツール」で会議の発言を話題別にまとめた場合

賞金100万円は自分のために使わずに……

そして、気になるのが賞金100万円の使い道だ。松原氏に聞いてみたところ、生成AI関連の書籍を購入したそうだ。「生成AI活用に関する新たなヒントを得ました」と松原氏。

さらに、松原氏は「ジャストアイデアですが、賞金を原資にして非エンジニア向けの『生成AIハックデー』を開きたい」と話す。データアワードはエンジニアを含めた全従業員が対象であるため、非エンジニアの人は遠慮してしまうかもしれないが、非エンジニア限定とすれば、これまでとは違ったアイデアが出てくるかもしれないというわけだ。

「こんな便利なテクノロジーを使わない手はないので、社内にもっと生成AI活用の輪を広げていきたい」と、松原氏は意気込む。

どこまでも生成AI活用に熱い松原氏。そんな同氏だからこそ、グランプリを受賞できたのだろう。賞金をもらったら「美味しいものを食べよう」「今まで欲しかったアレを買おう」なんて人の手にグランプリは渡らないのかもしれない。

全社および部門内の横展開を進めたい

最後に、今後の展望について聞いてみたところ、松原氏は「2つやりたいことがあります」と述べた。

1つは、全社にわたり生成AI活用のノウハウを横展開することだ。「顧客分析統括本部ではノウハウを共有できているので、社内にもっと広く共有していきたい」と松原氏。

「生成AIは動きが速いので、あっという間に陳腐化してしまう。だから、やれるときにやれることをやりたいと思っています。他の会社が生成AIを活用していると差をつけられてしまうという危機感を持っています。できることを迅速にやっていくという機運を高めていきたいです」(松原氏)

もう1つは部門で立ち上げた生産性向上プロジェクトだ。同プロジェクトでは、部門内および効率化・分析に役に立つことを深めていくという。「部として、総力を上げて業務における生成AI活用を進めていきます」と、松原氏は力強く語っていた。