人間の平均寿命は、世界的に延びています。より良いヘルスケアを受けやすくなったことで、世界の平均寿命は2000年から2019年までの間に6年以上延び、73.4歳になりました1)。世界保健機構(WHO)によると、世界人口に占める60歳以上の人の割合は2015年から2050年までの間に12%から22%と、ほぼ倍増するとみられます2)

長生きする人が増える中、効果的で手頃なヘルスケアサービスが必要となります。技術が貢献できる大きな分野のひとつが医療用ウェアラブルです。この分野では、超低消費電力動作の進歩が急速な成長を牽引しています。電力効率の高い動作により医療用ウェアラブルに変革がもたらされ、バッテリの充電や交換までに長時間動作が可能なコンパクトな機器が実現しています。

ヘルスケアにおいて、ウェアラブルに求められる重要な要件は、連続モニタリングにより正確かつ高品質なデータを提供することによって、個人の健康状態に関するリアルタイムで実用的な知見が得られることです。ウェアラブル機器は、小型・軽量で使いやすく、機密データを不正アクセスから保護するのに十分なセキュリティを備えていなければなりません。

本稿では、糖尿病モニタリングを例にして、最先端の医療用ウェアラブルを作るために、超低消費技術をどのように利用できるかを探求します。ここでは、Bluetooth Low Energy(BLE)技術と持続血糖モニタリング(CGM)機能を統合したオンセミの「CEM102」および「RSL15」ソリューションを取り上げます。

糖尿病の持続モニタリング

患者がウェアラブルの恩恵を受けることができる慢性疾患や慢性状態には、さまざまなものがありますが、最も一般的なものの1つが糖尿病です。米国だけでも3,800万人が糖尿病を患っており、糖尿病予備軍の米国人はさらに9,800万人にも及んでいます3)

糖尿病は深刻な合併症を引き起こす恐れがあるため、安全に管理するには効果的なモニタリングが不可欠です。従来、これには血糖値を測定するための血糖測定器(BGM)が必要でした。血糖測定器(BGM)は、指先を刺して血液サンプルを採取し、その時の血糖値を測定するものです。

最近では、糖尿病患者は持続血糖モニタを利用しています。このモニタはより便利になっており、間欠的ではなく連続的に収集されたデータからの知見を即座にフィードバックします。持続測定により、血糖値が1日の間にどのように変化するか、食事や活動にどのように反応するかを詳しく知ることができます。

CGMの信頼性は一段と向上しています。CGMはA1C(血糖)のレベルを下げ、低血糖症を軽減し、目標の血糖値範囲に収まる時間を長くするのに役立つことが実証されています4)

持続血糖モニタは通常、エレクトロケミカル(電気化学)センサを使用して、血管と細胞の間の液体である間質液内の血糖値を測定します。この種のセンサでは、被試験物質の粒子が「作用電極(WE)」に触れると電気化学反応が起こります。この反応における電子の喪失または獲得により電流の流れが生じ、それを測定することができます。

CGMは皮膚貼り付け型デバイスであり、可能な限り小型・軽量にする必要があります。これを実現するために、多くの場合はコイン型電池で駆動されます。また、CGMは動作時間を可能な限り長くする必要もあります。そのためには、機器の半導体コンポーネントは小型かつ低消費電力であることが必要です。

これらの要件を満たすために、CGMには一般的に、必要なA/D、D/A、および入出力機能を統合したアナログフロントエンド(AFE)コンポーネントが搭載されています。また、AFEに加えて、BLE技術などのワイヤレス機能を備えたマイクロコントローラ(MCU)も搭載されています。そのため、この対話式ブロックダイアグラムに示すように、ユーザーのスマートフォンや専用の外部コントローラと通信することができます。

小型で低消費電力のCGMソリューション

オンセミのCEM102エレクトロケミカル・センサAFEとBluetooth 5.2を搭載したRSL15ワイヤレスMCUをベースにしたCGM用に開発されたソリューションの一例を見てみましょう。

CEM102は、低電流かつ高精度のエレクトロケミカル・センシングを可能にするAFEで、最新世代の物理的に小型のセンサによって生成される微弱な電流を正確に測定する上で重要です。CGMなどの医療用ウェアラブルだけでなく、小型フォームファクタで低消費電力であるため、ガス検出、食品加工、農業モニタリングなど、低消費電流の測定が必要な各種アプリケーションに活用できます。

  • CE102アナログフロントエンド

    図1:CE102アナログフロントエンド(AFE)

CE102は、低消費電力BLE MCUであるRSL15と併用するように設計されているため、最適なシステム消費電力および電源電圧での動作など、さらにいくつかのシステムレベルでの利点が追加されます。

このシステムは1.3V~3.6Vの広い電源電圧範囲で動作でき、通常1.5Vの酸化銀電池1個または3Vのコイン型電池1個を使用します。CEM102の消費電流は、ディスエーブルモードでは50nA、センサバイアスモードでは2μA、18ビットADCが連続的に変換するアクティブ測定モードで3.5μAです。このため、3mAhの電池1個だけで14日間の動作が可能です。これよりも大容量の電池を使用する場合は、数年間の動作が可能になります。

RSL15は、Arm Cortex-M33プロセッサをベースにした低消費電力MCUで、Bluetooth 5.2をサポートしています。このMCUは、パワーマネジメント、柔軟なGPIOとクロック方式、および豊富なペリフェラルセットを内蔵しているため、設計の柔軟性が大きく向上し、高性能で超低消費電力のアプリケーションを実現できます。RSL15は80 KBのRAMを内蔵し、284KBまたは512KBのフラッシュオプションが備わっています。

どちらのデバイスも小型フォームファクタで提供されます。CEM102は1.88mm×1.84mmの小型フットプリントで、RSL15はQFN40(5.0mm×5.0mm)またはWLCSP40(2.3mm×2.5mm)パッケージで提供されます。他の製品と比較すると、このソリューションは、より高い精度とノイズ低減を実現しており、ワイヤレス通信の消費電力は低く抑えています。また、部品表(BoM)を簡素化でき、キャリブレーションが簡単で、製造の複雑さを軽減できます。

システムやファームウェアの開発を加速させるために、オンセミはCEM102の評価/開発ボード(EVB)を提供しています。このボードには、CEM102に加えてRSL15も搭載されています。両方のデバイスでセットアップと測定を実行するためのサンプルコードが提供されており、またiOSおよびAndroidのスマートフォンやタブレット用アプリも準備しています。

CEM102とRSL15利用ガイド

結論:ウェアラブルによるヘルスケアの変革

CEM102とRSL15を併用することで、エレクトロケミカル・センサは、低いシステム消費電力と広い電源電圧範囲で動作しながら電流を正確に測定できます。これにより、CGMで血糖値の数値を導き出すことが可能です。そのデータをBLE技術を介してクラウドに接続されたシステムに送信し、分析、保存、措置を実行します。

これら2つのコンポーネントのハードウェアとソフトウェアをシームレスに統合することにより、コンパクトなサイズと優れた電力効率を実現しながら、CGMモニタを小型で目立たないものにすることができます。超低消費電力なので、バッテリの充電や交換までの動作時間が長くなり、実際には最長で数年まで延ばすことができます。

CEM102/RSL15ソリューションは、ヘルスケアウェアラブルのアプリケーションの要求に下記のように対応しています。

  • 連続モニタリング:センサ変換時のシステム電流が3.5μAと少ないため、高頻度のサンプリングと長時間動作が可能
  • データの品質と精度:18ビットADCによるCEM102の高精度センシング
  • 利便性(小型で軽量):低い消費電力により電池を小型化でき、着装性のよい小型フォームファクタを実現
  • プライバシーとセキュリティ:RSL15に内蔵されているハードウェアアクセラレーション暗号化サービスにより、取得した患者のデータを保護

アプリケーションの一例として血糖モニタリングを取り上げましたが、医療用ウェアラブルで使用される小型で低消費電力のコンポーネントには、他にも数え切れないほどの用途があります。例えば、心拍数、動き、温度、皮膚インピーダンスなどの要素のモニタリング、インスリンや他の薬剤の定期的な投与などが挙げられます。データを継続的に入手でき、リアルタイムに応答する機能があると、連続的かつ閉ループのフィードバックを使用して、ウェアラブル向けに現在のシステムを超える新たなアプリケーションを開発できることになります。例えば、CGMとインスリン投与を連携させた閉ループ・フィードバックシステムによって「人工膵臓」を実現できます(図2参照)。

  • 人工膵臓のブロックダイアグラム
  • 人工膵臓のブロックダイアグラム
  • 図2:人工膵臓のブロックダイアグラム

高い利便性と信頼性を備えた機能を提供することで、現世代のウェアラブルには世界中の何百万もの人々のヘルスケアを変革する可能性があります。電力効率が向上し、半導体デバイスの小型化が進み、機能が充実するのに伴い、有益な変化が生まれる機会が大きく広がります。

参考資料

  1. https://www.who.int/data/gho/data/themes/mortality-and-global-health-estimates/ghe-life-expectancy-and-healthy-life-expectancy
  2. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/ageing-and-health
  3. https://diabetes.org/about-us/annual-reports
  4. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK279046/

本記事はonsemiが「Embedded Computing Design」に寄稿した記事「Low-Power Tech Transforms Medical Wearables」を翻訳・改編したものとなります