Armは11月7日、東京・品川にて「Arm Tech Symposia 2024 Tokyo」を開催した。

昨年のTech Symposiaは基調講演にEVP兼Chief Commercial OfficerのWill Abbey氏が登壇した事もあり、Armの全製品ポートフォリオを網羅する形の説明が行われたが、今年はDipti Vachani氏(Photo01)が登壇した事もあり、話は自動車向けが中心になった。

  • SVP兼GM, Automotive Line of BusinessのDipti Vachani氏

    Photo01:SVP兼GM, Automotive Line of BusinessのDipti Vachani氏。前回お会いしたのは2019年のCOMPUTEXにおけるラウンドテーブル。当時の同氏は前年の2018年11月にIntelのIoT部門から移動してきたばかりで、まだ突っ込んだ質問をカバーしきれていなかった感があったが、すでに現職で6年を経てすっかりビジネスに精通した感がある。ちなみに当初はAutomotiveとIoTの両方のビジネスを担当していたが、2022年10月からIoTビジネスはPaul Williamson氏(SVP兼GM, IoT Line of Business)に引き継いだ模様

そんなVachani氏の講演は、しかしまずはAIという話から始まった。AIによって可能になる事と言うか、可能になった事の例として、Vachani氏の姪御さんの話が例として取り上げられた。彼女は遺伝病を患っており、造血機能に深刻な問題を抱えている関係で、毎月輸血を受ける必要があったという。ところがAIを利用しての遺伝子治療が実現した事で、来週にはその治療を受けられる様になる、と説明した。この遺伝子治療には副作用が無く、成功率はほぼ100%に近いのだそうで、AIによって実際にこうした恩恵が身近なものになりつつある、とする。

ただしそうしたAIの可能性が広がる一方で、そのAIの利用に必要な計算能力、それに伴う消費電力の増大が大問題になっており、このままでは現在の進歩の具合を継続できないのも明白だ、と説明した(Photo02)。

  • 現在の全世界のデータセンターの合計消費電力はドイツ1国分を超えている

    Photo02:現在の全世界のデータセンターの合計消費電力はドイツ1国分を超えており、このままだと2030年にはインドを超えるとする

“No Power=No AI”というのはこれを簡潔にまとめた一言であるが、とにかくAIの発展のためにはより低い消費電力でより高い性能を実現しなければならないという、まぁ現状広く認知されている問題の再確認である。そしてArmは自身のAddressしている、Mobile/IoT/Automotive/Infrastructureという各事業分野で、この効率と性能(Power Efficiency + Scale)を実現する必要がある、とする。

そしてこれは、Hardware/Software/Ecosystemというすべての協力があって初めて実現する、とする(Photo03)。

  • Armは、IP Providerの中では群を抜いてさまざまなソリューションを提供できる

    Photo03:Armは、IP Providerの中では群を抜いてさまざまなソリューションを提供できる企業ではあるが、それでも全部を網羅することは出来ないというのはご存じの通り

そのために必要なのがこの(Photo04)3つの要素だとした上で、まずHardwareとしては現在Armは3つのCSS(Compute Subsystems)を提供しているとアピール(Photo05)。

  • Low PowerとHigh PerformanceをScalableでまとめてしまって良いのか? という疑問は若干ある

    Photo04:Low PowerとHigh PerformanceをScalableでまとめてしまって良いのか? という疑問は若干あるが、そうは言っても実際にはLow Powerに振るかHigh Performanceに振るかのどっちかであり、そこをScalableに選べるというのが現実解ということなのだろう

またSoftwareについては開発者に使いやすい環境を用意することが重要とした上で(Photo06)、容易性の一例として現在提供されているSoftware Stack/Environment/OSの一覧を示した。

  • :一貫性、容易性、移植性

    Photo06:一貫性、容易性、移植性というのはまぁ「言うは易く行うは難し」の代表例ではあるので、難しいのが実際のところである

  • Windowsプラットフォームも嘘ではない

    Photo07:Windowsプラットフォームも嘘ではない(Windows IoT Enterprise on Armがある)のだが、サポートされているのがNXPとQualcommのハードウェアというあたりが気になるところである

次いでエコシステムの話になる訳だが、ここではVachani氏の担当分野ということで「SOAFEE」の話になる。SOAFEEは2021年にスタートした取り組みであるが、そこからの3年で大きな進捗を上げている事をアピール(Photo08)した。

  • メンバー企業だけではない

    Photo08:単にメンバー企業だけでなく、Use-Caseやこれを開発工程に組み込むための環境なども増え始めた

同日にアナウンスされた、PAS(Panasonic Automotive Systems)との戦略的パートナーシップも、この一環と言える。

基調講演の最後では本田技術研究所(ホンダ)の小川厚氏との対談も行われ(Photo09)、SDVの実現のカギとなるのがソフトウェアであるのは当然であるが、そのソフトウェアをどんなプラットフォームで動かすのか、あるいはどうハードウェアとソフトウェアを協調させてゆくのかという事を含めて自動車会社がソフトウェアを開発してゆくことはチャレンジであり、その際にArmのCSS for Autoが助けになる事を小川氏は強調した。

  • 小川厚氏

    Photo09:右が本田技術研究所 常務執行役員 先端技術研究所担当の小川厚氏

今回はAIを散りばめながらも自動車向けの傾倒がやや目立つ内容であった。「車と言うのは要するにタイヤが付いたデータセンター」といった発言も出るなど、現在のArmが自動車のBody ECU向けからその先の自動運転やSDVを念頭に置いたプラットフォームに狙いを移す(というか、ターゲットの幅を広げる)戦略を取っており、その戦略の遂行にあたっては日本はその自動車会社の多さや存在感の高さから重要な位置づけにある、という意気込みを感じられるものであった。

ただ逆に言えば、現在の日本で重要視されているのは自動車向けのみ、という身も蓋も無い現状を反映したと言っても良いのかもしれない。救いがあるとすれば、基調講演の後で日本法人であるアームの横山社長が行ったパートナー対談セッションの中で、富士通の吉田利雄氏(Photo10)が「Monakaチップ」を示した事だろうか? こちらは2nmプロセスのCompute Dieが、5nmのCache Dieの上に積層され、それとやはり5nmのI/O Dieとつながるというチップレット構成のサーバー向けチップである。当然Armv9ベースのプロセッサであるわけで、自動車以外にもArmの先端IPを使った製品を開発している企業があるというアピールになった事で、辛うじて自動車向け一色というイメージから脱する事が出来た感はある。まぁ昨今の動向を考えれば、こうなってゆくのは致し方ないことなのかもしれない。

  • 吉田利雄氏

    Photo10:富士通にて富士通研究所 先端技術開発本部 エクゼクティブディレクターを務める吉田利雄氏