宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月6日、欧州宇宙機関(ESA)が主導する二重小惑星探査機「Hera」に搭載された赤外線カメラ「TIRI」(Thermal InfraRed Imager)の2024年10月10日から16日まで初期チェックアウト運用を行って正常に動作することを確認し、その期間中(10~15日)に同赤外線カメラを用いて地球と月を断続的に観測(撮影)することに成功したことを発表した。

  • 2024年10月10日から15日にかけて撮像された地球と月の熱画像のアニメーション

    2024年10月10日から15日にかけて撮像された地球と月の熱画像のアニメーション (c) ESA/JAXA(出所:JAXA ISAS Webサイト)

Heraの目的地は、直径780mほどのS型小惑星「ディディモス」と、その衛星で約160mほどの「ディモルフォス」の二重小惑星で、科学的な探査に加え、小惑星の地球衝突による大きな被害を防ぐためのプラネタリーディフェンスのための探査も主目的の1つとしている。

ディディモスとディモルフォスの二重小惑星の太陽を巡る公転周期は770日で、遠日点は火星軌道よりも大きく外側まで行くが、楕円軌道のため、近日点付近では地球軌道とも交差している。地球に衝突する可能性がゼロではないことから、「潜在的に危険な小惑星」に分類されている。

今後100年以内に地球に衝突する可能性のある天体は直径100m以下の小型のものばかりなので、たとえ数mの大きさの探査機であっても、高速で衝突させることができれば、小惑星の軌道を十分に変えることが可能とされている。軌道の変化がわずかであっても、地球への衝突のタイミングからずっと早い段階で軌道を変化させることができれば、最終的に地球から遠くを通過することになり、衝突を回避できるというわけである。

小惑星の軌道を変えるために探査機を実際に衝突させる実験は、すでにNASAによって実施済み。今回のターゲットでもある二重小惑星のうちの衛星ディモルフォスに対し、探査機「DART」が2022年9月26日、秒速6kmで衝突。衝突前、ディモルフォスはディディモスの周囲を約11時間55分で公転していたが、衝突後には約11時間23分まで32分ほど短縮されたことが確認されている(事前予測は10分だった)。Heraは、どちらかの小惑星に衝突するわけではなく、このDARTの衝突による二重小惑星の軌道修正の効果を正確に評価することが目的の1つとなっている。

  • ディディモスを巡る衛星ディモルフォスのDART衝突前後の軌道

    ディディモスを巡る衛星ディモルフォスのDART衝突前後の軌道 (C)NASA (出所:NASA Webサイト)

また、人類はこれまでに初代「はやぶさ」のS型小惑星「イトカワ」、「はやぶさ2」のC型小惑星「リュウグウ」、NASAの「OSIRIS-REx」のB型小惑星「ベンヌ」からのサンプルリターンを実施しているが、それでも小惑星の詳細についてはわかっていないことも多い。衝突によって生じる軌道変化量は小惑星の密度や硬さによって変わってくるため、そうした情報を増やす必要もあり、Heraは二重小惑星の詳細な探査も行うことを計画している。

詳細な観察を行うことを目的としてHeraに搭載されることになったのが、はやぶさ2で実績のある非冷却ボロメータ搭載の赤外線カメラ(TIRI)であり(JAXAが開発し、明星電気が製造)、はやぶさ2に搭載されている中間赤外カメラ「TIR」(正式名称はThermal Infrared ImagerでTIRIと同じ)を進化させたものである。

今回の地球と月の撮影は、TIRIの初期チェックアウト運用において行われたもので、徐々に遠ざかっていく地球と月の熱分光像が観測(撮影)された。Heraは月の公転面を斜めに見下ろす角度から観測しており、地球とHeraの距離が撮影期間の10~15日の間に約140万kmから約380万kmまで遠ざかった結果、徐々に小さくなっていくのが見て取れるほか、月は地球から見た時の半月から満月に向かって、地球の周囲を公転していることも観測された。

なお、Heraはこの後、2025年3月の火星スイングバイを経て、2026年12月に二重小惑星系に到着する予定。その後、約半年間にわたって観測を実施する計画となっている。DARTが衝突した後の状態を調査して軌道修正の効率を求めることに加え、天体衝突・破壊を繰り返す惑星形成過程の解明につながる研究を進めて行くとしている。