東京大学(東大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンターの3者は10月9日、近年、第3の磁性体として注目されている「交代磁性体」の「マグノン」のスペクトルの観測に成功したことを発表した。
同成果は、東大 物性研究所のリウ・ゼユアン大学院生、同・益田隆嗣教授(トランススケール量子科学国際連携研究機構 教授/KEK 物質科学研究所 客員教授兼任)、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の伊藤晋一教授らの研究チームによるもの。詳細は、「Physical Review Letters」に掲載された。
これまで磁性体は、強磁性体と反強磁性体の2つに分類されてきたが、最近になって、第3の磁性体として「交代磁性体」が提案された。電子スピン周辺の結晶構造まで含めた対称性により磁性体を分類するという、新しい概念を導入することで現れた磁性体で、回転させることによって重なるような対称性を持つ結晶構造をもち、かつスピンが反平行に配列していることを特徴として分類されている。
交代磁性体では、スピン流を運搬できる準粒子である「キラルマグノン」という物理状態が予想されていた。これまでのキラルマグノンは、強磁性体のものが注目されてきたが、スピントロニクスデバイスとして見ると、低周波数(ギガヘルツ)でしかデバイスが動作しないという課題があったという。また、有限の磁化を持つため、デバイスとしては望ましくない漏れ磁場もあるとする。そして反強磁性体では、高周波数(テラヘルツ)での動作が期待されているものの、マグノンの「キラリティ」が完全に打ち消しあってスピン流を運ばないため、デバイスとして動作させることが困難とされていた。
キラリティは、右手と左手のように、基となる状態とその鏡像が重なり合わない状態のことをいう。物体が回転している場合も、時計回りと反時計回りでは重なり合わないため、特定の方向に回転している状態はキラリティを有する状態となる。マグノンには、スピンが反時計回りに歳差運動するキラリティのものと、時計回りに歳差運動するキラリティのものと2種類がある。
強磁性体と反強磁性体には長所と短所が存在するが、その両者のいいところ取りをしたのが交代磁性体といえる。同磁性体のマグノンは、高周波数で大きくキラル分裂することが理論的に予想されており、超高速スピン流の生成が期待されている。これは反強磁性体のようにスピン配列が反平行となっていて磁化がゼロであり、漏れ磁場の心配がないにも関わらず、磁化が有限の強磁性体のようなキラルマグノンを有している点で新しいというわけである。
このことから、交代磁性体のマグノンを直接観察することは、その物質が交替磁性を有するか否かの判定のためと、デバイス応用の可能性を探るための両方の意味で重要だという。しかし、交代磁性体の候補物質は数多くあるが、これまでマグノンの観測には成功していなかったとする。そこで研究チームは今回、交替磁性のマグノン分散を観測するため、交替磁性候補物質「テルル化マンガン」(MnTe)を分析することにしたという。
MnTeは、磁性が観測されやすいMnイオンを含んでおり、かつ、交替磁性の特徴の1つである電子バンドの「スピン分裂」(スピンの上向きと下向きがそれぞれ異なるエネルギーを持ち、電子のスペクトルが分裂していること)が光電子分光実験で報告されていたため、マグノンのキラル分裂の観測にも適切であろうと予想された。
非弾性中性子散乱実験により、中性子スペクトルでは、が観測された30meV以上の高エネルギーで、約2meVのマグノン分裂が観測された。一方、低エネルギーの小さな運動量領域の周りのマグノン分散は、反強磁性体に似て、直線的に立ち上がっていたとする。それらは、交代磁性体の存在を示す重要な証拠だという。
また、別の運動量領域での高エネルギースペクトルが調べられたところ、分裂したマグノン分散が運動量軸に沿って交替に伝播している様子が明瞭に観測されたとした。さらに、マグノン分散が計算された結果、観測された中性子スペクトルを完全に再現したとする。
加えて、反時計回りのキラリティと時計回りのキラリティ、低エネルギーでは2つのキラリティが打ち消しあうが、高エネルギーでは2つのマグノンは異なるキラリティを有し、それぞれが明瞭に確認され、キラリティが交替的に変化することも確認されたことから、観測されたマグノンはスピン流を運ぶキラルマグノンであることが判明したと研究チームでは説明している。
-
(a)強磁性体(第1の磁性体)、(b)反強磁性体(第2の磁性体)、(c)交代磁性体(第3の磁性体)におけるスピン構造(上)とマグノンのエネルギーと運動量の関係「分散関係」(下)の概略図。Mは磁化が示されている。分散関係に描かれている赤と青の矢印付き回転円は、各々反時計回り(右旋性)カイラリティ、時計回り(左旋性)カイラリティが表されている (出所:東大 物性研Webサイト)
なお、今回の研究からキラルマグノンの存在が実証され、それによってスピン流生成をもたらすことが明らかとなったことから研究チームでは、今回の発見により、将来的にはより高速で効率的な電子デバイスが実現する可能性があるとしている。
-
(a・c)MnTeの中性子スペクトル。それぞれ異なる運動量領域を示しているが、h=1.33(a)と、l=-1.33(c)は同じ運動量(-1.33、0、-1.33)となっている。この運動量では約2meVのマグノン分裂が観測されている。(b・d)計算されたマグノンのカイラリティ。赤色と青色は、それぞれ異なるカイラリティを持つマグノンが示されている。灰色の実線および破線は、計算されたマグノン分散が示されている (出所:東大 物性研Webサイト)
2024年12月14日訂正:記事初出時、「交代磁性体」を「交替磁性体」と記載しておりましたため、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。