私たちが日常の中で行うあらゆる行動や判断は、蓄積された記憶の上に成り立っている。一方で「覚える」という行為が苦痛で、難解に感じることも少なくない。特に英単語や歴史的事実の暗記は、多くの人にとって苦行のようなものだろう。
モノグサが提供する記憶定着のための学習プラットフォーム「Monoxer」は、まさにこの問題に挑んでいる。「記憶を日常に。」とのミッションを掲げ、誰もが無理なく、自然に記憶を定着できるよう支援することを目指す。
従来の個人任せの学習方法に代わり、Monoxerは情報を整理し、効率的かつ効果的に記憶をサポートする。それにより、語学や資格試験、さらには日々の会話や趣味に至るまで、人々の可能性を無限に広げることができる。こう話すのはモノグサ 代表取締役CEO 竹内孝太朗さん。
今回は竹内さんに、記憶や学びなどのトピックを交えながら、モノグサ・Monoxer(以降、モノグサは会社、Monoxerはサービス名として記載)のこれまでとこれからについてお話を伺った。
20年で「記憶の常識」を変革する
2016年8月に設立されたモノグサ。約2年後の2018年5月、Monoxerは本格的にサービス開始となり、塾や予備校を中心に有償導入が進んでいった。2019年には大手塾で導入され、業界内外でさらに注目を集めるように。サービス開始からわずか2年で導入教室数は2,500教室を突破し、学習回数も1億回を超えるまでに成長した。
2021年にはシリーズBラウンドの資金調達を実施し、グローバル・ブレインをリード投資家に迎え、複数の投資家から総額18.1億円の第三者割当増資を実施。さらに広範囲にわたる教育支援の実現を目指して、着実に成長を続けてきた。今日までの約8年を振り返り、竹内さんはこう語る。
「創業初期の売り上げ1億円に到達するまでは不安が大きく、不確実な中でリスクを取っている感覚が強かったです。しかし、創業時からの“記憶をもっと容易に、より日常にする”という目標は一貫して変わっていません。
私と共同代表(畔柳圭佑さん)は『きっとうまくいく』という信念を持っていました。自分たちのやりたかったことを粛々と進めてきた感覚です。今年(2024年)は飛躍するタイミングだと感じています。後から振り返ってみると、今年がターニングポイントだったと言える年になるかもしれません」
竹内さんはMonoxerを通じた「記憶が誰にでも、負荷なく自然に行えるようになる世界」の実現には20年ほどを要すると考えている。リリースから5年が経ち、残り15年でサービスを広げていくとともに、記憶のプラットフォームを今やITのインフラとして存在するGAFAMレベルにしていく絵を描いている。
竹内さんは20年という期間について、具体的な数字に基づいた根拠があるわけではないとしつつも、検索という行為を日常に根付かせたGoogleを参考にしていると話す。他にも日常化した行動の例として「服を着る」「歯磨きをする」ことを挙げた。
「みんな当たり前に服を着ますが、それが当初から当たり前だったわけではありません。徐々に『服を着るべきだ』という価値観が浸透し、今では誰もが無意識に服を着ています。自己表現の手段としても使われ、日常に溶け込んでいるなと感じます。また、『歯磨き』も同様に日常化した行動の一例です。1980年代には虫歯になる人が多く、私が生まれた1987年ごろの大人たちは虫歯だらけだったのではないかと思っています。しかし、今では誰もが歯磨きをするようになり、これも日常化しています」(竹内さん、以下同)
さらに、「検索という行為が一般化するまでに約20年かかりました。私たちも20年の期間の中で、記憶に関する行為が日常の一部になると信じています」と言い、将来的には「覚えられないならツールを使えばいい」という考え方が主流になる可能性も描いている。
共同創業者・畔柳さんという大きな存在
ここまでサービスを拡大してきて、理想とする未来を一貫して描き続けられるのは、高校の同級生でもあった共同創業者の代表取締役CTO 畔柳圭佑さんの存在があってこそだと竹内さんは話す。
高校卒業後は竹内さんが名古屋大学、畔柳さんが東京大学へ進学し、別々の道を歩んだが、共通の友人を通じて再び接点が生まれていなければ、Monoxerは今のような形にはなっていなかったかもしれない。その友人から誘われた起業イベントで畔柳さんと再会したことが、大きな転機となったことは間違いない。
「久しぶりに会った畔柳は相変わらず優秀でした。高校時代はプログラミングが注目される時代ではなかったのですが、大学に入るとその重要性が増し、畔柳はプログラミングで周囲から尊敬を集めていました」
その後も2人はSNSなどでやりとりしていたが、頻繁に会うわけではなかった。竹内さんがリクルートに就職、畔柳さんはGoogleでインターンをしていたころにアルゴリズムを開発し、正式にリリースしたことで注目を集めた。竹内さんはそのころ、Monoxerのアイデアを考え始めており、畔柳さんに協力を依頼する。
「畔柳とのつながりが続いていたのは、私が究極の八方美人だったからかもしれませんが、それ以上に彼が非常に優秀だったことが大きな要因です。彼が示してくれた才能や能力があったからこそ、事業をする際は彼に声をかけるべきだと確信していました。彼がいればどんな形でも成功していたでしょうし、彼は人類に大いなるインパクトを与える人間だと思っています」
畔柳さんに対する尊敬を語る竹内さんは、さらに「ハーゲンダッツのアイス」の例を挙げ「バニラアイスはバニラビーンズがなければバニラアイスにはならない。しかし、バニラビーンズがなくても、“それ以外の材料”があれば何らかのアイスになる。ただ、そもそもアイスそのものがないと、アイス自体にはならない。自分はバニラビーンズで、畔柳はアイスのような関係性だと思っています」と同志を高く評価する。
「魔法は存在する」と知ってもらうために
理想を形にしていく優秀な開発者である共同代表がいたからこそ、モノグサというチームが1つの形を作り上げることができたのは間違いない。一方で、竹内さんというサービスの構想者がいなければ、Monoxerはこの世に登場していなかった。
中学1年生のころから「教育格差の是正を通じて世界平和に貢献したい」という大きな夢を抱き、自身が人生をかけて取り組むテーマを「教育」に定めた竹内さん。学生時代には、成績が振るわない子どもたちの学習を支援し、彼らが成長していく姿を目の当たりにして「誰でもやればできる」という確信を深めてきた。これらの経験が、Monoxer誕生への道筋となったことは、まさに必然だったのかもしれない。
そんな竹内さんは大学卒業後リクルートに入社し、中古車領域で広告営業に従事。その後、2011年に中古車領域として初、同時に最年少で営業部門の全社表彰を受賞するという輝かしい実績を残した。2013年からは「スタディサプリ」にて高校向けサービスの立ち上げや学習到達度測定テスト、オンラインコーチングサービスの開発など、教育分野におけるビジネスの知見を増やしてきた。
「開発を担当する畔柳とは役割分担を明確にしていて、私は営業や提携の拡大を担っています。私は彼の役割を『真理の追求』、自分の役割を『共感の獲得』と捉えています。畔柳はいかに苦しくなく記憶できるか、より簡単に覚えられるかといったことを追求してくれています。一方、私はその技術を外部に伝え、評価を獲得する役割です」
技術を含めてMonoxerというプラットフォームを知ってもらい「この方法なら、誰でも記憶できるようになる」「このツールは有効だ」といった評価を得るために働きかけてきた。
顧客がすでにMonoxerの価値を理解している場合、営業は比較的スムーズにいく。しかし、自分の抱えている問題に気づいていなかったり、こんな魔法のようなツールが存在するわけがないと思っていることも顧客も少なくないという。だからこそ竹内さんがMonoxerというプロダクトの価値を伝え、納得してもらう必要がある。
同社では、ビジネスサイドが顧客との接点を大切にし、評価を獲得することでプロダクトの改善を図っている。「現在と将来の目標とのギャップを埋めるために評価を獲得し、プロダクトをさらに改善していくことが重要だと考えています」と竹内さんは語る。
生徒は柔軟な学習が可能に、教員はより丁寧なサポートができるように
現在、Monoxerは学校や塾といった教育機関を中心に導入され、主要顧客は教育関連企業・組織、言い換えると教育市場ともいえる。広く普及しているように見えるが課題もあるようで、竹内さんは教育市場の特性についてこう語る。
「教育市場はロングテール市場で、売り上げや市場全体の大部分が、多くの少量商品やサービスによって構成されている点に特徴があります。どんなに大きな企業でも市場全体の1割を占めることはなく、これは他の業界では非常に珍しいことです」
コンビニや自動車メーカーでは、こんなことはあり得ない。しかし、教育市場では市場を独占できる企業が存在しないということだ。竹内さんはさらに、教育市場に乗り出す企業として、「ここを押さえたら勝ち」というような明確な決定打がないことにも触れた。
子どものために塾選びをするとき、保護者は進学実績を見て選ぶこともあれば、アニメキャラクターや著名人を起用したCMに惹かれて問い合わせをすることもある。何を選ぶかという基準の多様さも「これを使えば絶対にうまくいく」という状況を生まれにくくしているといえる。
さらに、他業界に比べて技術革新が起こりにくいことについても「自動車業界ならば、新しい素材が開発されたら各社がすぐに採用しますが、教育ではそのような統一的な動きが見られません。そのため、今もゲリラ戦のような感覚で取り組んでいます」と説明した。
一方、想定外のことも起きている。竹内さんはMonoxerが予備校で広く採用されている現状に触れた。
「予備校に通う浪人生は多いですが、予備校に通っている浪人生のほとんどがMonoxerを使っている現象が今年報告されました。これは歴史的にも珍しいことで、多種多様な予備校が存在していて、それぞれが競合関係にある中で、Monoxerという1社のサービスを一斉に導入するなんて、これまで聞いたことがありませんでした」
しかし、「オンライン予備校がMonoxerを使っているから他の予備校も導入する」とまでの動きはなく、市場全体が一気に変わる状況に至っていないことは課題感としてあるものの、確かな変化の手応えをこう語った。
「教育市場は依然として難しい部分がありますが、『単語帳を買って覚えるのは個人の努力だ』という考え方から、『Monoxerを使えば誰でも覚えられる』という認識に変わりつつあります。この変化には時間がかかりますが、少しずつ成果が出てきています」
豊富な事例の中から、府内外の有名国立・私立中学への進学実績も高いことで知られる、大阪の私立城南学園小学校の例を紹介したい。Monoxer導入後の児童・教員の変化について先生はこう語る。
「従来の漢字学習では、漢字ノートに繰り返し書く作業が中心で、効率が悪かった点が改善されました。漢字に強い子は無駄な作業が減り、時間を有効活用できるようになりました。また、独自の『はげみ学習』(小学校で習う6年分の漢字を連番にした問題集をこなす同校独自の学習方法)にMonoxerを導入し、子どもたちが各自のペースで進めやすい仕組みが作られ、柔軟な学習が可能になった点が大きな利点です。
Monoxerの導入により丸付け作業がなくなり、教員の負担が大幅に軽減されました。また、丸付けのストレスが減り、教員に心の余裕が生まれたことで、子どもたちへのケアがより丁寧にできるようになりました。さらに、管理画面で学習状況を簡単に確認できるため、学習していない子へのピンポイントサポートも可能になりました」(同校教員へのインタビュー)
ユーザーが英単語や漢字、歴史、数式など覚えたい内容をインポートすると、記憶定着に最適な問題を生成するMonoxer。さらに、リアルタイムで個々の学習状況を解析し、知識の定着度を可視化。そのデータを基に問題の難易度や出題頻度を自動で最適化する。このシステムは教育現場の負担を減らし、より良い学習環境をもたらしていると、全国から感謝の声が届いている。
従業員教育をはじめ、大人の学びの支援も
躍進を続けるモノグサにとってさらなるステップアップとなったのは、教育市場を超えてさらなる領域に踏み出したことだ。具体的には従業員教育という新ジャンルへの進出である。竹内さんが大きな転換期だったと話すのは、東京海上がMonoxerを使い始めたことだ。それをきっかけに他の企業も続いたという。
教育と一口に言っても子どもたちへの教育と従業員の教育については大きな違いがある。子ども向けにはテストがあり、覚えたら成果が出るという精査されたコンテンツがある。そのためモノグサとしては「苦しくなく覚えられる」ことを証明すればよかった。しかし、従業員教育になると新たな課題が出てくる。
「そもそも定義しているコンテンツに問題がないか、それが本当に覚えるべき内容なのか、覚えた結果が営業などの業務に効果をもたらすのか、といった論点が多く現れました。教育市場とは違い、テストや精査されたコンテンツがない領域への進出は、モノグサにとって大きなターニングポイントとなりました。
また、従業員教育は今年が転機になると思います。この1~2年で私たちのプロダクトが従業員教育向けにしっかりフィットしてきました。特に大手企業での導入が進んできているのは大きな一歩です」
竹内さんが例として挙げたのはコーセーだ。ハイプレステージブランド「コスメデコルテ」を扱うビューティーコンサルタント(BC)の美容専門知識の記憶定着に向け、2024年6月末よりMonoxerが本格導入された。
「多くの企業がAIを省人化のために導入しますが、今回の取り組みは『人をエンパワーメントするためにAIを導入したい』ことも大きな目的のひとつでした。これは非常に大事な考え方です。また、従業員教育市場全体に目を向けると、かつてのように『OJTで先輩の姿を見て学ぶ』だけではなく、大人になってからも勉強できる環境を整えるべきだという声が増えています。技術の進化や業界の流動性が高まる中で、企業も大人の学びを支援する必要があると考えられています」
また、建設業界に特化した人材サービスを展開するウィルオブ・コンストラクションとの取り組みについても言及した。
「業界未経験者が多い中で建設現場でスムーズに働けるサポートとして、Monoxerを使って専門用語の学習や資格取得を支援し、自信を獲得していただく取り組みを始めました。『自分でもやればできる』という成功体験を通じて、大人になってからも知的成長が可能であることを伝えたいと考えています」
こうした従業員教育ならではの意義が、竹内さんにとっても大きな励みとなっていると語る。
記憶が人生を豊かにする社会へ
最後に、今後の展開について聞くと、現在は特にヘルスケア分野への進出を視野に入れているという。
「医療系の大学と協力して、補助人工心臓の移植時に必要なテストの準備にMonoxerを活用いただいています。特に高齢者が新しい知識を覚える場面で、Monoxerが役立つ可能性があります」
記憶を忘れないためのサポートや医療機器を正しく使いこなすための教育、生活習慣の管理といった分野にもMonoxerが貢献できると強調する。
さらに竹内さんは、もう1つの大きなテーマとして「消費のための記憶」を挙げた。生産性向上だけでなく、趣味や文化的体験を豊かにするためにも記憶は重要になると話す。
「たとえば、ある人が『キャッツ』のミュージカルを観に行った際、舞台上のセリフや動きを覚えていたことで、より楽しめたと言っていました。知識の深まりが消費体験を充実させるのは明らかです」と竹内さん。記憶は人生のさまざまな場面で価値を生むのだ。